ガストホーフ_ツァ_ムルデンタールシュペレ

夢遊病状態かと思う美しい絵画、『ピーター・ドイグ展』感想

東京国立近代美術館で開催していた『ピーター・ドイグ展』へ。
チラシやポスターへ使用されていた『ガストホーフ・ツァ・ムルデンタールシュペレ』のシチュエーションが幻想的で、色使いがとても綺麗で気になっていた。
対対称的な色の服装の二人が並んでこちらを見ているのは、鑑賞者を迎えてくれているようだ。細い道なりの壁はカラフルで目をひくし、夜なのに薄いモヤのような明かりが全体を覆っていて、空にはオーロラのようなものまで見える。どこか遠いところへ来てしまったような、そんな感覚になる絵画だ。

ガストホーフ・ツァ・ムルデンタールシュペレ

以下は公式サイトによるのピーター・ドイグの紹介を一部抜粋したもの。

ピーター・ドイグ(1959-)は、ロマンティックかつミステリアスな風景を描く画家です。
彼は、ゴーギャン、ゴッホ、マティス、ムンクといった近代画家の作品の構図やモチーフ、映画のワンシーンや広告グラフィック、自らが暮らしたカナダやトリニダード・トバゴの風景など、多様なイメージを組み合わせて絵画を制作してきました。
私たちが彼の作品に不思議と魅せられるのは、どこかで見たことのあるようなイメージを用いながらも、全く見たことのない世界を見せてくれるからだと言えるでしょう。
本展は、ピーター・ドイグの初期作から最新作までを紹介する待望の日本初個展です。絵画から広がる想像の旅へみなさんをお連れします。
1959年、スコットランドのエジンバラ生まれ。カリブ海の島国トリニダード・トバゴとカナダで育ち、1990年、ロンドンのチェルシー・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザインで修士号を取得。1994年、ターナー賞にノミネート。2002年よりポート・オブ・スペイン(トリニダード・トバゴ)に拠点を移す。

まず、入ってすぐに展示されている絵画は作品サイズが大きくて最低でも2~3mはある。作品の迫力や細密描写が魅力の画家ではないが、美術作品は大きいだけで鑑賞者を引き込める価値があると考えているので、やはり大きいのは良い。また、自然豊かな島国やカナダで育ったというだけあって、水面や森がモチーフになっていることが多いのだがサイズが大きいことで自然の中に入り込んだ気持ちになれる。

人物や動物、植物などは抽象的に描かれており、筆致には勢いがある。色の使い方も大胆で人肌が青かったり、水面が鮮やかなグリーンであったりする。そうして時折亡霊のような人物が描かれているのだがそこに恐怖はなく、どちらかというとユーモラスな印象を受ける。公式サイトで「ゴーギャン、ゴッホ、マティス、ムンク」のイメージを組み合わさっているというのがなるほど、分かりやすい例えだ。

どの作品も幻想的で美しく、夢の中で出会ったことがあるかのような不思議なシチュエーションばかりだ。『ガストホーフ・ツァ・ムルデンタールシュペレ』ももちろん良いのだが、『夜の水浴者たち』『天の川』『赤いボート(想像の少年たち)』あたりも気になる。

夜の水浴者たち

天の川

赤いボート(想像の少年たち)

自然豊かな美しい瞬間をすくい取っているのだが、対象物は抽象的に描かれているのために、幻想的で詩的な世界へと引き込んでくれる。ずっと眺めているとチルアウトミュージックを聴いているのと同じような感覚になる。

また、ただ美しいだけでなく色使いのセンスやモチーフの描き方に時代の空気感を意識したファッション性もある絵画という印象。こういうのは、過去の印象派の巨匠たちの絵画から感じることは無いのでピーター・ドイグという人はいまどきの時代感覚を持った画家なのだと思う。

スピアフィッシング

そんななかでも異色だと思うのが『スピアフィッシング』という作品で、月夜にオレンジのウェットスーツを来た男と、黄色い服を来た亡霊のような女性が緑色の舟に載っているのだ。水面には舟だけが映り込んでいて二人の人物は映り込んでいない。だいたい夜に銛を持って何を狙っているというのだ。(しかもやる気無さそうに銛を持っている)そうして色使いは派手なのだが不思議と雰囲気は静かで落ち着いた作品となっている。何だかこの馬鹿馬鹿しいシチュエーション含めて気になってしまう。

ラペイルーズの壁

『ラペイルーズの壁』の開放感のある風景も爽やかな暑さを感じさせてくれる。男性の影は壁の影と同化するほど濃いため陽射しの強さがあるが、抜けるような空の色は淡い。淡い空とピンクの壁との色の対比と日傘の柄は少し可愛らしくまとまっていて、マイク・ミルズの映像のようでもある。

画像10

『スキージャケット』は、ぱっと見た感じは溶けたストロベリーアイスにカラースプレーがトッピングされているかのように見えたが、日本のスキーリゾートの広告を参照しているらしい。雪山にカラフルなウェアをまとったスキーヤーが点在しているのだがこれもどことなく可愛らしい雰囲気だ。

展示は後半に自作の映画ポスターが展示されていて、どれもピーター・ドイグ独自の解釈でつくられているために、とても興味深いのだが作品サイズが小さいためか、残念ながら前半の絵画作品ほどの魅力は無い。
(これは好みの問題かもしれないが)文字のノセ方や画面構成がどれも単調なためにポスターとして見るとグラフィックデザインとしは緊張感の足りない作品となっているからかもしれない

改めて思い直してみると、大胆な色使いと勢いのある筆致の想像で描かれた絵画というのが、荒井良二の絵に雰囲気が近いなという印象を持った。図録の装丁も気に入っていて、黄色い地色へ文字感覚の空いたサンセリフ体の「 P E T E R D O I G 」が潔い。

図録

チラシ

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余談だが、同じチケットで観覧出来る『北脇昇 一粒の種に宇宙を視る』も、数学的な美しさが絵画で表現されていてとても良かった。日本人のつくる美術は真面目過ぎてとっつきづらいことがあるのだけど、これくらい抽象的になっていると気楽に鑑賞出来る。

北脇昇 一粒の種に宇宙を視る


残念ながら、東京国立近代美術館が3/15まで臨時休館となってしまったが、このままでは展示開始3日間しか開館していないことになってしまうので、ぜひとも再開して欲しい。閉塞的な空気のときこそ心が豊かになる美しいものを鑑賞したいものだと思う。

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