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壁越しに「御臨終」に立ち会ったあの日の話

前回の続きです。

徹夜明けで疲れているのでどこまで書けるかわかりませんがとにかく思い出すままに書きます。

下の子の出産は予定帝王切開で行われました。ゆえに出産前日を含めた入院4日目までは個室で過ごしたわけです。

総合病院の産婦人科病棟個室には、ガンなどの病気で入院している方が数多くいます。私が入った個室の隣もおそらくそのような方だったと記憶しています。

入院当日、検査などのために廊下を何度も行き来していましたが、その時ドアが開いていた隣の部屋が見えました。患者さんは洗面台の前に立ち、鏡を見ておられました。

頭に毛糸の帽子をかぶっていらしたのでおそらくガンなのだろうとは思いましたが、本当に普通に動いていらしたのでまさか次の日に容体が急変するとは夢にも思いませんでした。

次の日帝王切開が行われ、途中で麻酔が切れて七転八倒の苦しみを味わいながらも元気な子どもが生まれました。

術後の傷と産後の子宮収縮の痛みは相当なものでしたが、それでも痛み止め(一種の麻薬ですね)を打っていたので、うつらうつらと眠れる程度には痛みが治まっていました。

ところが、通常なら数時間は効き目があるはずの麻酔が30分ほどで切れ、傷の痛みが耐えがたいものになってきたため、ナースコールを押そうとしたところ、突然何か重いものがずしんとおなかに乗る感触がありました。

驚いて何事かと頭を動かそうとすると、今度は頭と腕を強い力で押さえつけられ、ナースコールが押せない状況に陥りました。

一体何が起こったのか全く分からず混乱していたら、やがて隣の部屋で人が慌ただしく出入りする足音と、看護師と医師の切迫した会話が聞こえてきたのです。

最初はぼんやりとした頭でそれを聞いてきましたが、だんだん頭の中がクリアになってきて、壁越しに緊迫した様子がひしひしと伝わってきます。その間もずっとまるで人が1人私の上に乗り、胸のあたりを強く押さえつけるような感覚を覚え、だんだん呼吸が苦しくなってきました。

やがて身内の方と思われる女性が何度も患者さんの名前を呼ぶ声が聴こえてきました。医師がその人に「親しい方に連絡してすぐ来てもらって下さい」という旨の言葉をかけると、病室から慌てて外に出ていく足音が聞こえました。

しばらくすると男女を交えた何人かの方がお見えになり、口々に声をかけていました。その間にも医師と看護師は慌ただしく動き回って必要な処置を行い、器具などがカチャカチャ動く音とともにますます切迫した様子がはっきりと聞こえてくるのです。

そして身内の方の声かけが大きくなり、医師が緊迫した声で何かを言う声が高くなり、心臓マッサージが始まりました。それにつれて私にかかる重力はますます大きくなり、窒息寸前になりながらも指一本動かせない状況に陥っていたため、なすすべもなく危篤状態になった隣の方の様子をただ聴くしかありませんでした。

そして。

突然、それまでかかっていたものすごい重みがすうっと取れて楽になりました。それと時を同じくして

「御臨終です」

と淡々と述べる医師の声と、身内の方の悲痛な泣き声が鳴り響いたのです。

そこで自由に腕を動かせるようになった私は、ようやくナースコールを押すことができました。

今思えば、なぜ危篤から臨終までの間限定で体に重みを感じ、指一本動かせなかったのか理由がわかりません。また、その理由を科学的に証明する術もありません。

ただ、亡くなった隣室の患者さんは見た目の年齢が今の私よりもずっと若い方だったので、恐らくまだ死にたくはなかったのだろう、この世に心残りがあったのだろうということだけはわかりました。

そう考えると、やはりあの時は手術でたまたま体が弱っていた私の下にその方の魂のようなものがやってきて、私に助けを求めていたのかもしれません。いえ、もしかすると一緒に私をあの世に連れて行こうとしたのかも……

そんな事を書くと話が飛躍しすぎですが、あまりに不思議で悲しいその出来事は、今でもこうやって文章で説明できるほど強烈に、一生忘れられないほどの記憶に残ってしまっていることだけは確かです。

その出来事以来、私は「虫の知らせ」のようなものをより敏感に感じ取るようになりました。また、以前よりはるかに勘が鋭くなりました。そのこともまた科学的には証明できないのですが、やはりあの夜の出来事とは無関係だとは思えないのです。

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