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[ショートショート] カバー小説:臆病者 [明桜生さんの詩をカバー]

カバー小説を書く試みです。
原作はこちらの詩です。

臆病者

 ふらっと入った小さな画廊で、私は一枚の絵に釘付けになってしまった。

 それはそれほど大きくない油絵だった。

 中央に朱色の鳥居が立ち、夕焼けの空におおきな金魚が泳いでいた。
 それからよく見ないとわからないのだけど、並んでいる灯篭の下に日本人形が並んでいるのだ。
 その暗がりに浮かび上がる着物の赤が実に不気味だった。

「その絵がお好きですか?」

 後ろから声をかけられて振り返った。
 スラっと背の高い、モデルのような人が立っていた。
 女性なのか男性なのかわからない中性的な人だった。

「あ、はい…あの…この絵の作者さんですか?」

 私は思い切って聞いてみた。

「いいえ。私はその絵の作者ではありません。この絵を描いた方はお名前も非公開で、その絵も非売品なのですよ」

 …それではなぜこの絵を画廊に出しているのだろう…。私は不思議に思ったが、この人に聞くことではないと何となく判断した。
 絵の説明をしてくれた人は、私に微笑みかけると、画廊の奥へと戻って行ってしまった。
 ここのスタッフだったのかもしれない。

 改めて声を聞いてもやはり男性なのか女性なのかわからない人だった。

 私は絵に視線を戻した。

 見れば見るほど不思議な絵だった。
 心の奥の方の何かが揺さぶられるような。

 誰かが言っていた、絵と出会うってこういうことなのかも…と少し思った。

 私はしばらく絵を眺めてから画廊を後にした。

 その晩、私は絵の夢を見た。
 まるで絵の中に入ってしまったかのような夢だった。

 赤い鳥居の前に私は立っていて、夕焼けの空には巨大な金魚が泳いでいた。
 足元には日本人形がまるで私を迎え入れるように並んでいた。

 向こうから誰かがやって来た。
 浴衣を着た少女だった。

 頭に鬼のお面を乗せて、無表情でこちらを見ていた。
 どことなく画廊で会った人に似ている気がした。

 私は見つかってしまった…と思った。
 この少女から逃れようとしていたのに、やはり私はここに戻って来てしまった…。

『愚かな臆病者、貴方は何故に生きている?』

 低い声が響いた。少女が言ったようにも思えたが、そうでない気もした。
 諭すようなその声はとても静かで、優しさすら感じられるようだった。

 だけれども私は知っていた。
 これは、そんな優しいものではない。

 私は少女に背を向けて走り出した。

 逃げなければと思った。

 だけれども、走っても走っても前には進めなかった。
 振り返ると少女がすぐそこまで来ていた。

 その目に移るものは虚無…。
 私は悲鳴を上げて飛び起きた。

 真っ暗な自分の部屋で目を覚ました。
 時計を見ると夜中の三時だった。何もこんな時間に目覚めなくても…と思った。

 体中、冷たい汗でぐっしょりだった。
 部屋着が肌に貼り付いて気味が悪かった。

 服を着替えて階下に降りると水を一杯飲んだ。

 家族の誰も起きていないようだった。
 家に独りきりの感覚になった。

 私は急いで自分の布団に潜り込んだが、結局朝まで眠ることはできなかった。

 翌日、再び例の画廊に行ってみた。

 画廊は昨日と同じ内容の展示だった。
 昨日と違って今日は何人か絵を見に来ている人がいた。

 昨日の中性的なあの人が来客の対応をしていた。
 私が入って来たのを見ると、その人が小さくお辞儀をしたので私も頭をペコリと下げて応えた。

 あの絵は今日も同じように異様な存在感を放って壁にかかっていた。
 だけれども、その絵の前で足を止める人はいなかった。

 この絵の前を素通りできるなんて、私には信じられなかった。

 しばらく絵を眺めていると「また来たんですね」と声をかけられた。例の画廊の人だった。
 いつのまにか他に来ていた人は全員いなくなっていた。

「昨日、この絵を見たからか、変な夢を見たんです」

「…どんな夢です?」

「この鳥居の場所が出て来て…」

 そこまで言うと、急に気分が悪くなり、目が回るような感覚に襲われた。
 世界が回転して立っていられなくなった。

 思わず膝をついてしまったところで、吐き気に襲われて私は嘔吐した。

「…大丈夫ですか? こちらへ」

 私は画廊の人に支えてもらって事務所のソファーに寝かされた。

「すみません…」

 画廊の床を汚してしまったことが気になって私は行った。画廊の人は「気にしないで休んでください」と言って私の口の周りを拭いてくれた。

 それから画廊の方に戻って行ったので私は一人になった。
 グルグル世界が回っていた。強烈な吐き気は治まったが、気持ち悪かった。
 体を起こすとまた吐いてしまいそうだったので私は大人しく体を横たえて目をとじた。

 グニャグニャした模様が瞼の裏に見えた。目を閉じても回転系の眩暈は治まらなかった。

 しばらくそうしていたら、いつの間にか眠ってしまった。
 目を開けると、私は見知らぬ場所にいた。

 どこかの山道だった。
 私は土の上に寝そべっていた。

 体を起こすと、もう眩暈は治まっていた。

 私は立ち上がり、周りを見渡した。
 登り道の向こうに鳥居が見えた。

 ドキリとした。
 あの絵の鳥居にそっくりだったのだ。

 私はここで坂を下りて行くべきだったのかもしれないけれど、私の足は鳥居へと向かっていた。
 鳥居の下までやって来ると、夢で見たとおりの浴衣の少女が立っていた。

 少女の姿が見えると全身の血が地面に吸い込まれるような感覚がした。
 手足が冷たくなる。

 少女を恐れているのに目が離せない。

 少女はゆっくりとその白く細い腕を伸ばして私を手招きしているような素振りを見せた。

 鬼のお面から覗いている顔を見ようとするけど、よく見えない。
 知っているような知らないような面影なのだ。

『愛する臆病者、貴方は何故に生きている?』

 またあの声がした。聞き覚えのある声だった。
 少女の声でない…。

 そう、あの画廊の人の声だ。
 それは画廊の人の声だった。

 そう思った瞬間、私のすぐ横に人の気配がした。
 そちらを向くと、画廊の人がそこに立っていた。

 私の腕を取り、ゆっくりと少女の方へと歩き始めた。
 私はそれに逆らえず、目を逸らすこともできずになすがまま、隣で歩みを進めて行く。

 少女の元まで辿りつくと、画廊の人はそっと私に微笑みかけた。

「契約の口づけを…」

 少女の可憐な声がそっと囁く。

 画廊の人の顔が近づいてきて、唇が重なる。

 そうして私は逃れられないことを知る。
 私は囚われの身だ。どこにいたって見つかってしまう。

 私は契約の接吻を受け入れ目を閉じた。

 そして再び目を開けると、例の画廊の例の絵の前に立っていた。

「お持ち帰りになります?」

 声をかけられて振り返るとどこかで見覚えのあるおばさんが私に向かって話しかけていた。
 この人、誰だっけ?

 思い出せなかった。

「あ、あの…」

「今日、その絵のお引き取りでしたよね」

 おばさんはニコニコしながら、例の絵を壁からはずした。
 そして丁寧に包装すると私に手渡してくれた。

「いつもすばらしい絵のご提供ありがとうございます。新作、またお待ちしていますよ」

 私はわけも解らないまま、絵を受け取ると、お辞儀をして足早に画廊を出た。

 心臓がバクバク鳴っていた。

 …これは私が描いた絵だったのか?

 急いで家に帰ると私は唖然とした。
 私の部屋はまるでアトリエのように絵の具が飛び散る部屋になっていて、何枚もの油絵が置かれていたのだ。
 その全てがあの鳥居の絵だった。

 …私は囚われている…この絵の中に囚われているんだ…。

『愛する臆病者、貴方は何故に生きている?』

 またあの声が聞こえたような気がした…。

 …描かなくちゃ…。

 私は立てかけてある中から真っ白なキャンバスを取り出すと、一心不乱に絵を描き始めた。
 まるで突き動かされるように、私はこうやって何枚も鳥居の絵を描き続けなければならない。

(おしまい)


ちょっと長くなってしまった。

椎名ピザさんの『カバー小説』に挑戦です。

あとがき的な

このお話は明桜生さんの詩から想像を膨らませて書きました。

映像的に入って来る詩でしたので、本当は絵にしたり音楽にしたいなとも思ったのですが、せっかくカバー小説という企画なので、物語にしてみました。

詩を元に物語を書くのは文学の世界ではよく行われることかなと思うのですが、やってみると難しく面白かったです。

明桜生さんの詩には人名が出てきませんので、私も名前は出さずに書いてみました。
詩の世界では少女とそれを見ている人の二人がいるように読めますが、『愚かな臆病者 貴方は何故に生きている?』と言っているのが少女ではないかもしれないと感じまして、第三の人物を出してみました。

鳥居や空を泳ぐ金魚、日本人形など印象的な赤を連想させるキーワードが出て来て、まるで絵を見ているような、夢の中にいるような詩だなと思いまして、こんな物語に発展しました。

美しくも不気味で混沌とした明桜生さんの詩の世界が表現できてたら嬉しいです。

ありがとうございました☆

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