2024年元日、新年のご挨拶に代えて…
日本海側の被災地の方々には、どうかご無事であること、また早く元の生活に戻れる日が来ることをお祈り申し上げます。
突然、異質の軋むような音がして、部屋の扉がガタガタと音を立てた。
夕方になる少し前の大きな揺れ。
普段つけないTVをつけた。TVは1ヶ月以上ぶりかもしれない。
緊急地震速報と津波の警報。
私は被災地域からは離れてはいるけれど、かなり長い時間そこそこの揺れを感じた。
今日は元日なのに…
私は、生きているなかでとてつもなく恐れていることがある。幼少期から異常なほどに地震が怖い。
家族からはもちろんすぐに連絡が来たし、このことを知っている長年付き合いのあった方からもLINEが来て、『大丈夫?』と電話もかけてきてくれた。
過去にはできることを知るため(怖さのあまり克服の意図もあったけれど)災害看護の授業を受けている。
それでも、いつでも少しの揺れを感じると、あのときの地震やあのときの地震やあのときの地震や…と記憶が甦ってしまう。
ある意味『曝露』という形での克服とはなっていなかったよう。
SNSでの情報はとても早く、そのうち本当かそうでないのか判断のつかない情報も流れ始めて、戸惑ったし本当でないとしたらがっかりする気持ちになった。
非常時に混乱させるような情報を流すその意図は?
思いやりがなさすぎない?
本当に助けを必要とする人の声が埋もれちゃうんだよ?
どうかどうか、地震にまつわる被害が最小限で二次被害も最小限であることを願う。
さて、昨年の私は多少の大変な経験をした気がする。
私に関わるたくさんの人に支えてもらった。この場を借りて、本当にありがとうございました。
たくさんのあたたかで柔らかい言葉たちや、距離感や気遣いをもらった。
そして、やや強引にも引っ張り上げてくれた人もいて、また前を向いて頑張りたい!と思えるようになれた。
どれも本当にありがたいと思うことばかりで、感謝してもしきれない。
だから、私は私のできる形で今つらさを抱える人や困難のある人たちを、また支えたいと思えるようになれたのだと思う。
そうやって循環するような、目に見えないものは大切にしていきたい、この先もずっと。
本当にありがとう。
今年はどんなことが待っているだろう。
やりたかったことに挑戦したい。新しいことをまだまだ見つけたい。
大切なことやものを大事にしながら、たくさんの楽しいを感じたい。
運はたぶん自分で見つけて運んでくるもの。待っていて運ばれてくるものではないと思う。
努力もそのなかのひとつなんじゃないかな。
センスもちろん要素だろうけど、それを理由に諦めたりはしたくない。
やれることをやりきる。不安がらずに飛び込む。そして楽しむ。
そんな一年にしていこう。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
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