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『クララとお日さま』読書感想文

発売当初から読みたいと思っていた『クララとお日さま』がもう文庫本になっていて、このままだと忘れると思い手に取りました。

カズオ・イシグロさんがノーベル文学賞を受賞した後に書かれた作品なので、タイミング的には、映画『生きる-LIVING』の脚本執筆とも同じ時期でしょうか。幼少のころに渡英して映画好きの父親と日本映画を観ることは、イシグロさんにとって自身のルーツとつながる重要な時間だったという記事を読んだことがあります。1月8日にちょうど黒澤明監督作の映画『生きる』をNHKで放送していたので録画して3回ほど観てから『クララとお日さま』の本を開きました。


主人公のクララは、AF(人工親友:AIロボット)です。物語はクララのモノローグで進むので、表現も独特ですし、独自の単語も多くで出てきますが、そこをあえて説明することもなく、文筆力で読ませてくれました。

クララが繊細さんなことや、謙虚で思慮深くもあり、時に大胆に行動し、信仰心を持つ様子は、人であるように錯覚してしまいます。お日さまを崇拝している姿は、まるで巫女さんのようで、太陽光発電で動くからという見方をする方が難しいです。クララは病弱なジョジーのAFになりますが、ジョジーに対する献身は愛そのものでした。

映画『生きる』でも献身は重量なテーマです。黒澤監督は私たちを次のように戒めています。『称賛されるために何かをすれば失望することになる。ほかならぬ自分の満足のため、夢を実現するためにやるのだということを学ばなければならない』と。

この戒めをクララは体現しているため、クララの献身には魂が宿っているようにも見えます。AI技術がもっと進み人間の経験や知識や感情を人工知能にインプットしたらほぼ魂を持つAIロボットがつくれるのか?そんなことを思いながら読みました。イシグロさんが綴った答えはNOでした。わたしもNOですが、その理由はイシグロさんとは違うものなのでこのテーマはもう少し考えてみたいです。

もうひとつのテーマは能力至上主義への警鐘でしょうか。スマホの登場で社会の仕組みが一変したように、常識だと思っていた社会がガラリと変わるスピードが近年とてつもなく早くなっている気がします。これは世界がつながりを持ったことで、より早く、より多くの叡智が集めることができるようになったからでもあります。作品のブラックエピソードでもある、能力を向上させるために健康を害しても、遺伝子操作の選択しなければ二極化する世界を生き抜けないことは、コロナのワクチンや企業面接のために整形することが当たり前になりつつある今の現状と全く違うものとは言い切れません。

物語は社会のあり方を問うテーマがとても身近なシーンと共にたくさん盛り込まれていますが、イシグロさんが一番書きたかったのは、死から生に向かう境界線にあるクララの献身(愛のあり方や人のあり方)でそこに向けてすべての物語があったのかなと感じました。クララが役目を終えた最後のシーンはとてもつらいと思うと同時に、生きる者がいずれ皆、死を迎えられることは尊いのだと思いました。


【おまけ】
『クララとお日さま』は映画化が決定しています。(公開日は未発表)
作品に登場する近未来の世界、草原の緑、お日さまの光模様、そしてクララがどんなふうに映像化されるのか今から上映が楽しみです。

イシグロさんが影響を受けた黒澤明監督作品がNHKBSで放送されます。
1月21日 午前10:30~ 椿三十郎
1月28日 午後02:00~ 隠し砦の三悪人

興味のある方はチェックしてみてください。
いつも読んで下さりありがとうございます



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