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大学の頃、行政書士試験を全力で受けた話

高速バス日記 第一弾
本日は8/22(月)、酷暑だかバスの中はエアコンが効きすぎて震えるほど寒い。

いつもは院試や統計、就活の話とかを書いているのですが、自分の人生で意外なターニングポイント、「全力で行政書士試験に挑んだ」という経験について書こうと思います。

プロローグ

事の発端は大学1年の終わりの春休み。

浪人してまで行った大学なのに、特に大した勉強もできず、関心のある分野にも出会えず、遊びまくっていた毎日。

そんなある日のこと、学校と提携している某大手会社からパンフレットが届いた。

TOEICから簿記など様々な資格対策講座があったが、僕は一つの対策講座に目を奪われた。

「行政書士」

その時の自分は、行政書士という言葉すら知らなかったが、説明欄のところに法律の専門家という言葉が妙にかっこよくみえた。

僕は法学部ではなく社会学部に属していたが、「法学部でもないのに、法律家の資格を持っている大学2年生ってかっこよくない?」といった安直な動機で即申し込みした。

このきっかけから始まる半年間が大学2年生の記憶のほとんどとなった。

キャラの濃すぎる受講生たち

試験日は11月で、申し込みしたのは3月。
約8ヶ月の時間があった。勉強時間としてはネット曰く十分らしい。

実際、資格講座を受けてみると、ぼくを含め、学校全体で4人受講していた。一人は法学部の一年生の女性、一人は3年生のギャルっぽい女性、一人は真面目そうな男性、そして僕だ。

その4人と共に、約半年間、毎週2回の授業を受けることになった。

鮮明に記憶に残っているのだが、この周りのメンバー3人がなんとキャラの濃いこと、、。

一年生の子は、石原さとみ似の可愛らしい女の子。本人曰く、何も勉強しなくて堕落する未来が見えたから、あえてこの講座をとったらしい。
その意気込みは素晴らしいのだが、その子は毎日授業に出るなり、ものの10数分後に爆睡するのだ。そして、高確率でよだれをたらし、その瞬間に慌てふためき、起き上がる。それを横目に見ていたのが懐かしい。

三年生のギャル的な女性は、謎多き人だった。本人の自己紹介では法学部で1番のイケイケダンスサークルに所属しているとのこと。
ただ、授業開始1分前くらいに到着しては、授業終わるや否や、猛ダッシュで帰宅する。
唯一会話したことのない方で、他の2人とも会話したことがないらしい。

最後の4年生の男性は、授業初回から仲良くして頂いた。身なりは毎日オシャレなスーツで登校する人で、人の多い大学でも、すぐに見つかるくらい目立っていた。先輩はバイトをほとんどしていなかったらしいが、身につけているものは高額なアイテムで揃っており、ご飯にいく際はどんな高級な場所でも毎回奢ってくれた。

お金のある理由はあまり深くは聞かなかったが、色々と訳があったらしい。この先輩は、今では交流はないが、ほとんど毎日一緒に勉強するくらい仲良くなった。

今ではやめたタバコだか、吸い始めたきっかけとなったのはこの先輩による誘いだった。
元々少し興味があったので、何の躊躇いもなかった。21〜22時まで勉強しては、一緒に一服して帰ると言うのが日課になった。

実際に勉強をしてみて

実際、勉強してみると法律はただの暗記だけでは太刀打ちできないことがわかった。六法も読み方があるので、その技術を身につけるのもかなり時間がかかった。やはり法学部ではないのでそこのハンディキャップは大きかった。

かっこよさのためだけというのに、何故か毎日やる気があり、友達との遊びの約束もいくつも断った。
ただ、勉強が進むにつれ、今まで全く知らなかった世界が見えてくるのが実感でき、毎日の勉強が楽しくて仕方なかった。

試験当日

試験当日は実家から近い大学が試験会場であったため、先輩と2人で受験しに行くことになった。
緊張はしてきたが、試験直前の模擬試験の結果は、合格のボーダーラインまで上がった。もう悔いのないくらいまでには勉強することができた。

二人でグータッチをして、試験会場に向かった。試験会場の受験生は平均年齢がとても高かったことに驚いた。学生はかなり少数派だっただろうか。

いざ試験を解いてみると、かなり難しかった。特に、一般教養の試験が難しく、防犯カメラについての法律や、風営法の問題がでてきたことに、「こんな問題が一般教養とかどんな世界線で生きたら知ることができるねん」と頭の中でつっこんだのを覚えている。

試験を終えて

先輩とは、試験が終わった当日に答え合わせをするのはやめようと約束していた。

それは、大手の資格対策の会社は、試験後に一斉に解答集をネットにあげるのだが、せっかく試験が終わってほっとしているときにどん底に落とされたくないといった理由からであった。

しかし、二人で晩御飯を食べている最中、先輩は居ても立っても居られなくなり、ついに答え合わせを始めてしまった。
僕は止めたのだが、先輩は赤ペンを止めなかった。

途中で先輩は赤ペンを持つ手が震え出し、最終的にはペンを地面に投げつけてしまった。
一般教養の足切りに届かなかったのであった。
僕は結局最後まで自己採点を行わなかった。いや、怖くてできなかった。

結果についてだが、ここ4人のメンバー全員が落ちた。ほぼ毎日のように8時間以上は勉強していたが、まだ足りなかったらしい。

結果を受けて

もう一年頑張って再度チャレンジする選択肢もあった。しかし、大学3年生からはゼミも始まり、就活の時期ということもあって、行政書士試験は諦めることになった。

大学3年生は2年生と異なり、やるべきことも明確だったので、試験に注いでいた熱量をそのままゼミ活動に向けた。結果、それが幸いな方向へと向かった。

もう一年やったとしても落ちている可能性も十分にあっただろう。でももしかしたら受かっていたかもしれない。そしたら一体自分はどうなっていただろうか?行政書士として働くことになったのだろうか?それとも資格をもったまま、別の就職先を見つけていたのだろうか?少なくとも大学院に進学していたことはなかっただろう。
 
先輩は大学院に進学しながら(法学系ではない)、もう一年チャレンジすることになったらしい。

そこから、交流は次第になくなっていき、実際先輩がどうなったかはいまだに知らない。

僕は結局、当時考えもしなかった大学院に進学し、データサイエンティストとして就職したこの現在。何が起こるか本当にわからない。

でもこれだけは言えるのが、そこで勉強をたくさんしたことで、自分にとって最適な勉強方法が少しずつ身についたことは確実だった。
様々な勉強方法を試すことで、今の自分の勉強方法に繋げることができた。

あの時間は全く無駄ではなかった。

大学2年生の約8ヶ月は自分にとって、忘れる事のない青春だった。

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