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デミセクシャル下戸女が初めて新宿二丁目に行ったときのこと

先日、生まれて初めてあのゲイタウンと名高い新宿二丁目に行ってきた。

新宿二丁目がゲイタウンであって、そこにはたくさんのゲイバーがあるということはもう何年も前から知っていた。そしてゲイバーに比べればその数は少ないものの、レズビアンバーがあるということも知っていた。

そんな二丁目に行ってみたいと思ったのは、自分がレズビアンかもしれないと思いはじめてからさほど時間はかからなかった。

当時はインターネットで色々な情報に触れられる一方で、今ほど世間の関心はLGBTQ+に向いていなかった。二丁目にはハッテン場というワンナイト目的の場があるらしいとか、新宿という大都会の雑踏に紛れるようにひっそりとゲイが集まる場所だとか、ちょっと薄暗くて危険なニオイのする、暗に近づいてはいけないという雰囲気があった。
この画面からも漂ってくる「寄せ付けなさ」は、当事者が自分達の大切な居場所を侵されまいと必死で守り続けてきたプライドだったのだろう。今回行ってみてそう感じた。
あるいはそんなものは元から存在せず、近寄りがたさを感じていたのは、自己の揺らぎやその受け入れ難さという私自身の問題だったのかもしれない。

レズビアンアプリで出会った人たちと、新宿駅から新宿二丁目へ向かった。

ルミネエストを背に新宿三丁目駅に向かって進み、マルイアネックスを超えたあたりで北上する。少し行けばもうそこは日本屈指のゲイタウンだ。

二丁目エリアに足を踏み入れると、そこはただの路地だった。
なんてことはなかった。
別に何も危なくなかった。よくある日本の、東京の、路地だ。

周りを見渡せば、確かに男同士で歩いている人が多い。
男と女のペアは、ここでは少数派だ。

でも、ただそれだけだった。
彼らがあちらこちらで好き勝手やってるわけでもない。
ごく普通の光景。何も特別感や異質感はなかった。強いていえば外国人が多かったくらいか。

安心した。行きたいと思ってもなんだか怖くて近づけなかったところが、なんてことのないただの街だったから。

まずは友人たちが行き慣れているという、GOLD FINGERに向かった。
ここはバーというより小さなクラブといった雰囲気で、天井にはミラーボールがあって音楽が立派なスピーカーから流れている。
大きな窓から店内を覗くことができ、覗いてみると中はまあたくさんの女性で溢れ返っていて、入り口にはオーダーを待つ人の列ができている(当日は女性オンリーの日)。
しばらく並んでようやく中に入ると、声をかけて通らないといけないくらいに混み合っていた。
ここにいる人たちは皆もしかしたら女性が好きな女性なのかもしれないと思うと、それは実際に見えているよりも多く感じた。
外国人も少なくなかった。日本語が達者な人もいたし、英語やほかの言語も聞こえてきた。

ここに集まる女性は、本当にさまざまだった。年齢的なボリューム層は20代と言ったところだが、見た目は男性だと言われれば信じてしまうような人もいれば、女子大学生のような人もいるし、ジャニーズにいそうな人もいれば、その辺のOLみたいな人もいる。高校生みたいな子もいれば、大人のお姉さんという雰囲気の人もいる。
女性が集まる場所というのは、百貨店なりおしゃれスポットなりスイーツ店なりいくらでもあるけれど、こんなに様々な個性が一堂に会する場は見たことがない。まさに色とりどりという言葉が相応しい。見た目にして多様だ。

似たようなセクシャリティの人が集まっているはずなのに、ここにはいろんな人がいる。それだけでとてもワクワクした。

2軒目は艶桜に行った。ここも友人が行き慣れているお店だ。
ここは小さなバーだった。カウンター席の他に椅子がいくつかあって、立って飲んでいる人もいる。お店は繁盛していて、ここでもオーダーするのにちょっとだけ並んだ。
GOLD FINGERと同じで店は1階にあり、外から中が見えるので安心して入れる。
どちらもチャージ不要のため、ドリンクの料金だけ払えば良い。

もちろん、店にはソフトドリンクがあるのでお酒が飲めなければそれを頼めば良い。
お酒じゃないものを頼んだからって嫌な顔はされない。お酒と同じように出してくれ、酒好きと同じように接してくれる。客が何を頼んだか、そんなことは大して誰も気にしていない。
友人がお酒が飲めなくても大丈夫だと言うので恐る恐る来てみたが、本当にその通りだった。
お酒が飲めないことで申し訳なく感じる必要は全くない。むしろそんなことで行きにくさを感じていた自分が馬鹿みたいに思える、そういう空間だった。

艶桜では常連さんらしき女性に話しかけられて、そのまま少し喋った。
初対面の人と話をすることは仕事柄得意ということもあり、楽しく話して連絡先を交換した。

大人になるとなかなか友人を作りにくくなると言われるが、ここ二丁目ではその当たり前は当たり前ではないらしい。当たり前が崩れ、思い込みに気づく。だからこそどんどん外に開いていこうと思える、そんな場所だった。

一方で、デミセクシャルな私にはやっぱりどうにも引っかかってしまうこともあった。

二丁目に一度は行ってみたい、どんなところか自分の目で見て確かめたい、そう思っているのに何年も踏み出せなかったのは、なんとなく怖そうだから、お酒が飲めないから、という理由だけではない。
おそらく一番大きな理由は、自分がデミセクシャルで性嫌悪があることだ。

お酒の場で人は開放的になりやすく、大胆な行動に出やすいということは、これまでも散々経験してきた。
フィジカルに人に惹かれることがない私は、いわゆる出会いの場に出向くと困ることが多いとわかっている。
「好きなタイプは?」「あの人イケメンじゃない?」「何フェチ?」
ライトな恋バナすら感覚的にピンとこず、毎度答えに窮する。これは辛い。

レズビアンバーに行ったところで、対象が女性になるだけで会話の内容は同じようなものだろう。女性の方がまだ好みの顔くらいはあるので多少マシだが、顔が好みというのもそれだけで、それ以上でもそれ以下でもない。
だから結局この手の話題で居心地の悪い思いをする。
きっとそうだ。ああ、いやだ。

実際、そうだった。
「可愛い子いた?」「タイプの子いた?」

こちらとら、別にそういうつもりで来ていないんだよ。
ただ、どんなところかが知りたかった。もし楽しく話ができる人に出会えたら嬉しいな、くらいしか考えていなかった。
最初から恋愛対象かどうかを判断したりとか、恋人候補を探したりとか、その感覚が本当にわからない。ねえ、どういうことなの、それ。

やっぱりそこは引っかかってしまった。でも、楽しく話ができる人もいた。
初めて会った友人らとも変な感じにはならず、楽しく過ごせた。
総じて新宿ニ丁目は、レズビアンど真ん中じゃなくても楽しく過ごせる場所だった。
いろんな人がいて、いろんな人がそれぞれに楽しそうにしている。それを見ているだけで幸せな気持ちになる、そんな空間だった。

21時過ぎには帰ろうと思っていたのに、結局23時頃までいたのが何よりの証拠だろう。

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