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アンストイックダイアリー 2

当たり屋

   まだ、24歳の若者が中2度マックスで飛び跳ねまわる話である。

   なので、冒頭の章から更に若返っていることになる。

   触れねばならぬ当たり屋人生?稼業?
まあ要するにこんな前口上のような、日々を過ごしていたわけである。

   何に当たっていたのかというと、この年頃の中2病男子であるから、男同士で活動するときも、一人でいるときも、だいたい考えていることは異性のことで、カワイイ女子といかにして知り合うかということに目下の興味は一点集中されている。

   しかしである。そう多くないとはいえ、インパクトある出来事を、その時の感情や情景など思い出せる限り詳細かつ情緒的に表現したいので、あらかじめ書こうと思う内容は時系列順に決めておいたわけだが、この当たり屋というのが自分でいうのもどうかと思うぐらい胡散臭い。

   今思えばまるで夢だったかのように、毎回うまく行っていたのだ。

   異性に興味がある中2病男子が全員することではないと思うが、早い話がナンパである。

   ただ、どうにも自分が住む街ではなかなか張りきれない。

   当初はそんな恥ずかしさも感じ取ることのない未熟者であったので、電車の車内などでもちょっとしたきっかけがあると話しかけたりしていた。

   なにかお菓子を食べている人がいるなと思うと、読書に集中しているかのような若造が、ふと顔を上げたところで、その様子を見つめ、ちょっとした笑顔で「うまそう」というだけで「食べます?」みたいになったりすることがあった。


   ナチュラリストなんだろうか?

   それってそういう意味か?


   でも、そんなノリから降車する駅まで話しながら過ごすわけだが、ある時、よくよく聞いてみるとまあまあ家も近く、年齢を聞いてみると弟と同い年。
このやり方の褒められるべき点は、あからさまなナンパではなく。
うまそうな菓子を食ってるので、思わずうまそうと口走ったところ、親切にうまそうな菓子を少しくれたという流れなので、なんのやましい事もない。
だから、名前も名乗るし連絡先の交換も、話が途切れることないところで、下車駅が近づくなどでもう少し話したいなと思うような時に、これも自然にまた話そうよといった形で、メアドを交換したりしていた。

   ただ、その時はオレから次で降りることを告げると一緒だということだった。
下車後もバスターミナルまでの短い道のりの中で話を聞いていると、弟の同級生だと言うことがわかった。
なにか確信めいたものもあったので、名前を名乗りつつ、君と同い年の弟がいるよと告げると、知ってるということだった。

   これ以上はあまり踏み込む興味がわかなかったので、それっきりになったと思うが、後でその出来事を弟に話すと神扱いされた。

   同級生がどうこうというのではなく、そういったことをさも日常的に行っているかのような兄貴の楽しそうな生活に激しく惹かれた様子であった。

   弟はそういうタイプではない。

   このことがあって以降、オレは身近な路線、身近な街でそういうことをするのをやめた。

   ただ、気持ちは変わらないので、一人で旅する先でだけ、想いに逆らわずそのままにしようということにした。

   で、当たり屋である。

   地下鉄東豊線の豊水すすきの駅から地上に出て、すすきのの繁華街を目指して歩いていた。

   オレのいでたちはTシャツにジーンズ、そして旅に出ている際はいつも着けているリストバンド、それにデカ目パンパン目のバックパックである。

   繁華街ではあるが、どこから見ても地元風ではない。

   時間は夜7時を回ったあたりで激しく腹を空かしたオレは何か良い感じの夕食にありつこうとナチュラルにキョロついていた。もちろん、歩きながらである。

   人の往来も激しく、信号のある横断歩道は繁華街そのもの。

   歩道側の信号が青になると、同時に向こう側からも大勢の人が来る。

   見るでも無く全体を見る宮本武蔵の如く、とっても気になる感じのお一人様美女がこちらに向かってくる。
ただこちらは見るでも無く全体を見ているので決して視線が合うことはないが、腹を空かして半分ぼけーっとしているので、身体がぶつかるわけではないが、慌てて避けるのと同時に手に持っていたノートをその美女とのすれ違いざまに落としてしまった。

   「あっ」

   と思わず声に出してしまうが、実際そういう事態なのである。

   大したことはないのだが、落としたノートに手を伸ばすのと同時に

   「すいません」

   と立ち止まって言ってくれたので

   「あー、大丈夫です全然。ただのノートなんで、かえってすいません。ありがとうございます。よそ見をしてました。」

   「どこか探してるんですか?」

   「晩ごはんが食べられるいい感じの店が無いかな〜と思って」

   「どんな?」

   「タイ料理」

   「タイ料理ですか〜」

   「知ってます?」

   「知らないかな〜」

   「タイカレー食べたくって」

   「タイカレー?」

   「シャビシャビの」

   「シャビシャビ?」

   「シャビシャビ、なんていうかドロドロしてない」

   「スープカレーみたいな?」

   「スープカレー?」

   「え?スープカレー知りませんか?結構有名ですよ?」

   「聞いたことないです」

   「そういうジャンルなんですか?」

   「札幌だけなのかなぁ?」

   「え、食べてみたい。連れてってほしい」

   「えー?いいけど、自信ないな〜」

   「全然いいです。連れてってほしい!」

   毎度こんな上手くいってるわけではないが、あくまで成功事例であり、何回失敗してるかは書かない。

   このとき札幌のスープカレーを初めて食べたのだが、当初食べたかったタイカレーとは違ったものの、普通のカレーに通ずるカレー粉風味というか、カレー感はすんなり受け入れられた。
いまや札幌名物として全国でスープカレーが食べられるようになってきているが、このときはまだ全国的には全く知られていない存在だった。

   彼女の名はミキちゃん。
なんと二十歳歳であった。
高校を卒業後、バス会社に就職しガイドとして道内を旅する団体旅行の添乗業務をしているということだった。いわゆるバスガイドさん。
その日は旅行最終日のツアー客を午前中に千歳で降ろした後、次の業務が明日の朝なので、買い物をしたり一人で遊んだ帰りがけに、さっき始めて会った男とスープカレーを食べている。

   「あのノート、何が書いてあるの?」

   さっきオレが横断歩道で落としたノートのことだ。

   「アレは絵日記だよ」

   店に着いた時に一度バックパックにしまっていたが、取り出して見せた。

   「旅の途中におもしろかった出来事や素敵な場所を描いたりしてるんだよ。で、コンビニのFAXで友人の会社に送りつけたりして遊んでるんだ」

   ノートにはここまで来る道中のことや、国会議事堂、松本城などが描かれている。
お世辞にも上手いとは言えないシロモノだか、オモシロさは伝わるようで、彼女は楽しそうに笑ってくれた。

   食事を終えて店を出た後も狸小路や時計台など、周辺の観光スポットを案内してもらい、広い公園で色々な話をした。


   つづく

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