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デス・ゾーン

発売と同時に一気読み。

「栗城は何者なのか」

ももやもやしたものが喉に引っかかった小骨のようだったが、その不快感から少し逃れた感はある、が読み終わってもいまだ栗城氏は謎の男である。

これは栗城氏の登山を描いたヒーロー物語ではない。筆者は報道の人間として、「彼はいったい何を考えているのか」、理解不能の「エベレスト劇場」を取材し続ける葛藤を描いている。その筆者の心の変化が実に興味深い。

2020年第8回「開高健ノンフィクション賞」受賞作。帯に書かれた言葉が印象的。

彼には誰にも言えない秘密があった。

私も一度だけ彼にあったことがある。六本木の居酒屋に呼ばれて栗城隊のサポートをしてくれないかと仕事上のオファーだった。

エベレスト登山で衛星を使ったNET中継をしたいと言う。2009年ぐらいだっと思うが、すでに我々は登山隊や紛争地からのNET中継や衛星追尾デバイスを使った実績があったので、誰かに紹介されたらしかった。

第一印象は好青年だった。言葉を選んで、大人に接する態度も好印象。ただ、登山界ではこの頃でもいい噂は聞かない。彼に同行した登山ガイドや、彼を取材していた記者などに相談したが、結局オファーは断った。

彼の奇行や虚言癖をNETで書いている登山家はいたがまだ少数。すでに多くの女性ファンがいて、山岳部の女子学生さえも栗城さんに会いたいと言っていた。仕事として割り切って受けることも考えたが、本人以外のだれかが死ぬのではないかと予感がしたので、逃げた。その後同業者が請け負ったが、彼らもまた逃げ出した。

2007年に竹内洋岳氏がガッシャーブルムⅡで雪崩で脊椎損傷の大けがを負ったとき、東京医科歯科大学で最新の高圧治療室での治療を受けた。2012年に栗城氏がエベレスト西稜で凍傷になり、医療関係の仲間が紹介してくれて同じ治療を受けてもらったが彼は途中で逃げた。

彼のツイッター(FBだったかもしれない)によると、頼りにしている占い師が、「私が占えば指が再生すると言われて伊勢に行った。それからインドに向った。」と書かれていた。河野氏の著書にも占い師がたびたび登場するが、結局連絡がつかなかったY氏なのかそれ以外なのかはわからない。

医療関係者たちは、そんな無防備な指の状態でインドなんかに行けば感染症のリスクが高くなってまずいと止めようとしたが、本人は行ってしまった。

著者の立ち位置が微妙だ。死人に口なしの批判も承知されているとは思うが、栗城氏が発信したSNSからできる限りの裏をとって、関係者のコメントも多くは実名で紹介している。

帯の裏面を見ると

「選考委員、大絶賛」
私たちの社会が抱える深い闇に迫ろうとする著者の試みは、高く評価されるべきだ。
――姜尚中氏(政治学者)
栗城氏の姿は、社会的承認によってしか生を実感できない現代社会の人間の象徴に見える。
――田中優子氏(法政大学総長)
人一人の抱える心の闇や孤独。ノンフィクションであるとともに、文学でもある。
――藤沢 周氏(作家)
「デス・ゾーン」の所在を探り当てた著者。その仄暗い場所への旅は、読者をぐいぐいと引きつける。
――茂木健一郎氏(脳科学者)
ならば、栗城をトリックスターとして造形した主犯は誰か。河野自身だ。
――森 達也氏(映画監督・作家)

強烈なアイキャッチである。






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