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癒し、懐かし、秋の四万温泉(初日)

19年前、新婚旅行で、訪れた四万温泉(渋過ぎますかね⁈)。草津の上がり湯とか言われて、草津からの2泊目で、当時は四万温泉のこと何も知らないまま、寄らせてもらいました。昔から温泉好きの人にとっては有名な温泉だとは思いますが、最近では「温泉総選挙」女子旅部門で4年連続No.1だとか。ちょっとした仕事がひと段落したので、四万温泉を見ていたところ、奇跡的に19年前と同じ旅館が予約でき、訪ねることとなりました。

四万温泉へは特急「草津」で!

四万温泉には四万川沿いに大きな駐車場もあり、車で行かれる方が多いかもしれないですが、鉄心を復活させた者としては、上野駅からの特急「草津」をお薦めしたいです!
明るい中央改札のグランドコンコースと、改札からすぐの地平ホーム(昔はここを地下ホームと言っていたような…)の雰囲気は変わらないですね。変わったのは、このホームから出発する特急、夜行、ブルートレインなどが激減したことと、あの人混みが無くなったことでしょうかね。初めて訪れた小学生の頃、ここは聖地のような場所だった。

上野駅中央改札と地平ホーム

昔のエル特急の雰囲気のある♨マークの特急「草津」、自由席は1,2号車なので、上野からなら自由席です。温泉県群馬の伊香保、草津、水上などの有名どころに行くにも、高崎まで新幹線はあっという間についてしまうし、車窓を楽しみながら、行くにはやはり特急「草津」ということで2度、3度と推しておきます笑

中之条駅から四万温泉へ

特急「草津」3号は、鉄道唱歌のオルゴールメロディー(久しぶりに聞いた!)と共に上野を発ち、高崎線、大宮、高崎という2大鉄道街を経て、吾妻線の中之条駅到着。特急に合わせてバスが発車するのですが、写真を撮っている暇がないほどの乗り継ぎ。お年召した方はちょっときついんじゃないかと。ここからバスに揺られること40分弱で四万温泉です。
四万温泉の入り口、温泉口と呼ばれるあたりには、「清流の湯」という日帰り温泉があり、四万川を眺めながらの広めの露天風呂があります。10月末で、山も色づき始めています。

清流の湯近くの橋より

四万温泉の歴史は古く、由緒正しい!?のであります。8世紀に征夷大将軍として蝦夷征伐に来た坂上田村麻呂がここで浸かったという説と、永延3年(989年)に源頼光の家臣が「四万(よんまん)の病を癒す霊泉を授ける」という夢のお告げを受けて、温泉を見つけたという説と二つあるそうですが、いずれも千年以上前…。江戸時代には湯治場、昭和に入っても国民保養温泉地「第一号」という日本の温泉史の中でも屈指の長い歴史を持つ温泉なのでした。

四万温泉の歴史(清流の湯にて)

文豪も投宿した「湯元 四萬館」

紹介したいお宿はこちら、文人の宿、湯元 四萬館(しまかん)。井伏鱒二や太宰治が泊り、文学座を創った獅子文六が「のんきな宿」と評したお宿です。こちら、四万川沿いの旅館で、男女のお風呂に加え、露天風呂、昔からなのでしょうか露天の貸切風呂6つもあり、さらに個別のお風呂付の部屋もあるというまさに温泉好きにはたまらない宿です。

文人の宿 湯元 四萬館

憂鬱な感じの太宰治31歳とか井伏鱒二と太宰治の入浴風景とか、ここでしか見られないような写真があります。二人が浸かっている亀の湯は現在は女性専用のお風呂に当たるそうです。

井伏鱒二と太宰治

いくつかの露天風呂に入りつつ、明日はどこに行こうかと話していると、エレベータの張り紙には、「昨日、熊が出没しました!」ということで、夜遅くと早朝の散策は控えてくださいとのこと。
宿の方に聞くと、
「まだ冬眠してないようで…」(そりゃまだ冬眠はしないでしょ、という季節)連絡が来たから、貼ってあるという感じで、
「大丈夫だと思いますよ」、という至って「のん気な」返答なのでした。
明日の朝の散策のため、念のため、熊除けの鈴を頂きました笑

小さな貸切風呂ですが、とても癒されました


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