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合唱をやっている人におすすめ!現地在住者によるスイスの合唱団エッセイ

こんにちは。今回は、シンガポールから離れて、合唱をやっている人におすすめしたい本を紹介します。

https://www.kadokawa.co.jp/product/322012000082/

長坂 道子「アルプスアルプスでこぼこ合唱団」です。

ストーリーは、スイス在住20年の著者が、はずみで合唱団に入るところからはじまります。この合唱団、本番で舞台に立つときの並びは、背の高い低いは関係なく、「でこぼこ」。楽譜カバーの素材も大きさも持ち方もばらばら。そんなでこぼこ合唱団の、2021年までの4年間が綴られているエッセイです。

おすすめポイントをいくつかご紹介します。

少しずつ縮まる団員との距離

合唱団に入団したことのあるひとなら、分かるのではないでしょうか。案外、団員と話すきっかけって少ないですよね。練習中はもちろん歌っているので、団員の人柄を知る機会はなく、休憩中は各自がいすに座ったまま、スマホを見たり、楽譜を見たり。合唱をする人には控えめなひとが多いせいか、なかなかお互いを知る機会ってないですよね。

「チュース(じゃあまた)、ミチコ」
え、この人、私の名前、知ってるんだ……。
アダージョ、アダージョより

転校生のように心細いなか、名前で呼びかけてもらえるって、うれしいです。こんな経験が、私も何度もあります。エッセイの冒頭から、著者に一気に親近感が沸きます。

ドイツのオルガニストと合唱

でこぼこ合唱団の指揮者は、オルガニストでもあるドイツ出身のハンナ。ある日の練習後、ハンナを車で送りながら、本職のオルガニストに加えて、合唱団の指揮を務めている理由を聞きます。

ドイツでオルガニストとしてキャリアを積むには、オルガンに加えて、音大で「教会音楽」の履修が必要。その「教会音楽」では、合唱指導と合唱指揮という科目が必須なのだそう。

ドイツで盛んな合唱は、教会音楽に支えられている、ということが、二人の会話から見えてきます。

気になる衣装は

「当日の服装ですが、下は黒、上は黒またはダークグレーということでよろしくお願いしまぁす」
初めての発表会

本番の衣装は、上下黒で。私が日本の合唱団にいたときも、毎回お約束のように同じようなアナウンスがありました。

アメリカ出身の団員のジェニファーによると、アメリカだと合唱団のコンサートは、ロングドレスだったりするので、アメリカの感覚からするとカジュアルなんだそう。そんな国による衣装の違いも垣間見れます。

アマチュア合唱団のチケット代は高い?高くない?

本番前、でこぼこ合唱団でも団員には「チケットを売りさばく」ミッションがあります。でも、というのは、私がいた日本の合唱団でも、毎回チケットを売りさばこうと宣伝に苦心していたから。

このコンサートでは、チケットはA席四十フラン、B席三十フラン(日本円では五千円弱と三千五百円くらい) ※円安の今はもっと高いかもしれませんね。

プロのコンサートではざっくり三十フランが相場、という感覚だった著者にとって、チケット代は高く感じてしまいます。そんな著者に、友人のピアニストがかけた言葉はこちら。

「客の方もわかってるよ。これは市民の文化活動のサポートだってことが。どのアマチュア合唱団も財政は決して楽じゃないんだから」
初めての発表会

合唱団の運営や財政状況なども、本の中で少し触れれています。支出に収入、どこも内訳は似ているんだなぁと思いました。でも、日本だと合唱の演奏会に合唱愛好家だけが集まりがちな一方で、スイスでは日常の延長として近所の教会で開かれる合唱の演奏会に出かけるのが違いでしょうか。日本でも、合唱の演奏会の敷居が低くなったらいいなと思います。

合唱王国ラトヴィア

ラトヴィアは合唱が盛んと聞いていましたが、文化遺産になっている歌の祭典があるそうです。ご存じでしたか?

ラトヴィアでは五年に一度、歌の祭典が国を挙げて開かれているとのこと。ユネスコ無形文化遺産にも登録されているというその祭典の起源は一九一八年の建国よりもさらに古く、一八七三年にまでさかのぼるのだという。
合唱王国ラトヴィア

すごいのは、国外在住ラトヴィア人たちも、この祭典の期間にそれぞれの居住国で合唱の祭典を開いていること。ラトヴィア出身のでこぼこ合唱の団員も、スイスでこの祭典を開いたようです。

コロナ禍の合唱練習

ロックダウンがはじまり、でこぼこ合唱団も練習は一時中断。その後、指揮者のハンナの提案で、ズームの練習がはじまります。思いがけず見ることになった団員の部屋、たまに映り込む小さいお子さんやペットに和むのは、日本の合唱団でズームで練習を続けてきた私にも経験があります。

ロックダウンが明けると、少しずつ再開された対面練習の様子は、やはり似通っています。入口に消毒液を置き、頻繁に休憩をとって窓を開けて換気。ズーム参加と対面のハイブリッド方式。

「それにしても、対面の練習がほとんどできなかったこの一年余り、合唱する意味ってなんなのか、こんな状況がこの先も続くならば今後も合唱を続ける意味があるのかと思わずにはいられなかった」
一つの終わり

合唱団の話し合いのなかで出てきた団員の発言、気持ちはよくわかります。合唱をする人たちそれぞれが、終わりの見えない状況下で、合唱とどう付き合っていくか、選択を迫られた時期でしたね。


そして最後に、大事なメンバーがでこぼこ合唱団から離れるときがやってきます。オンラインでの練習と限られた対面練習で、お別れ前のタイミングで無理やり押し込んだコンサートで、エッセイは終わります。著者、団員、指揮者が制約のあるなかで合唱に取り組み、関係性を築いてきたことがわかるステージ。

少しずつ居場所を作っていく著者に共感したり、ヨーロッパやスイスに根付いている合唱の様子を垣間見たり、自分の合唱団との共通点や違いを知ったり。合唱をやっている人なら知りたかったことや、シンパシーを感じられること、学べることが詰まったエッセイだと思います。

ふだんの練習の合間に、読んでみてはいかがでしょうか?

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