██Z

「用が済んだら、ね。」
 
あの時言われた言葉の意味がまだ分からない。
この言葉を言われたのは中学の卒業式。 僕は恋心を抱いていた彼女に想いを伝えた時だった。
 
僕の中学は辺鄙な田舎町にある、埼玉県を「都会」と言ってしまうような、田舎町。そして僕と彼女はこの街で生まれ育った。
 
田舎町というだけあって遊びはほとんど無かった やる事は友人達との川遊びやいつもの駄菓子屋に集まってお喋りしたり公園でスマホゲームしたり、そんな感じの環境だった。 ただ毎日は楽しかった。
 
小学校で初めて彼女と会った時、彼女はルービックキューブを趣味でやっていた。30秒ほどで揃えられる 本当にすごいと当時は思っていた。
ただ学校にルービックキューブを持ってきて それが先生に見つかって怒られて没収されてしまい、それ以来彼女がルービックキューブを回している所を見たことは無い。
 
そして中学に進学すると部活動もあったので僕達はそれぞれ別々の部活動をする日々を送っていた。
  
中学3年生、部活動の最後の大会を終え、放課後暇になった僕と彼女はまた一緒に遊ぶようになった。
そしていつもの駄菓子屋で彼女はおもむろにカバンからルービックキューブを取り出す 
 
「えへへ、実はまだずっとやってたんだー笑」
 
はにかみながらルービックキューブを回す彼女を見て、何故か僕は嬉しい気持ちになった。
なぜなら彼女はあの時からずっとルービックキューブをやっていないと思っていたから
 
「これをみんなの前で披露したら一躍人気者だよ!」
何も気遣いせず僕は言う
 
「みんなの前で披露するの、なんだか恥ずかしくてねー でも僕くんの前なら大丈夫!」
 
 
ああ、そういう事か。
 
そして僕はこっそりルービックキューブを始めた。
 
 
「なになに?上面に花びらを集める?」
「エッジパーツをセンターと合わせてこの手順…?」
「Tパーム なんなんだこれは!長すぎる!」
 
そして練習を続けて1ヶ月、僕は60秒ほどで揃えられるようになった。 すかさず僕は彼女の前で披露した
 
「ええー!いつの間に出来るようになったのー!」
 
「へへ! やること無かったから僕も始めたんだ!」
 
「えー!嬉しい〜 一緒にやろうよー!」
 「まずCPLLって言ってこのYパームって手順をね…」
 
やばい、逃げたくなってきた 当時の僕は内心そう思った

放課後はほぼ毎日公園で二人でルービックキューブをやっていた、楽しそうに回している彼女の横顔を見て僕の中のあやふやな感情だったものが何なのか明確に分かった
 
今しかない…
 
「んでね!今、目隠しでルービックキューブ揃えててねー!」

「か、彼女さん!」

「Old Pochmann法っていうのを勉強しているんだけどーこれが難しくてね〜」
「あごめん!どうしたのー?」
 
「…あ、えっと… 」
「髪の毛にTパーム付いてるよ…」
 
「あはは!僕くんって本当に面白いよねー!」
 
 
いや、このままで良いんだ… もしこの気持ちを伝えて相手に引かれてしまったらこの日常は無くなってしまうかもしれない
今のこの日常で、
 
充分だ
 
 
月日は流れ 僕達は卒業式を迎える事となった。 僕は家から近くの高校に進学するが彼女は学力が高く、実家も太かったので都内にある高校へ進学するという事が決まっていた
もちろん僕は彼女にこの明確になった気持ちを伝えなければならなかった
 
「彼女さん! 卒業式終わったら ルービックキューブしようよ!」
 
「えーいいよー! ルービックバトルだねー!」
 
「ルービック…バトル?」
「ま、まあそうしたら卒業式にルービックキューブ持ってきてね!こっそりね! 終わったら今は使われてない𓏸𓏸教室に来てね!」

事前にそんな話をしておいた。
そして僕達は集まった 。
卒業証書を窓の額縁に置いてカバンからルービックキューブを取り出す
窓から差し込む夕焼けが彼女の横顔を照らす 真っ赤に染まった顔は夕日の光なのか それ以外なのか 
僕の顔はもしかしたからもっと赤く見えているかもしれない そう思う度にどんどん赤くなっていくのが自分でも分かる
 
僕の顔が日本配色になる前に気持ちを全て伝えた
 
────!!
 
「え、あ僕くん…ありがとう…」
 
「用が済んだら、ね。」


  
 
その後の記憶は何故か覚えていない、そして彼女は東京へ旅立ち僕は近所の高校へ進学した
ルービックキューブは意外と面白かったのでまだ続けている
大事な事に彼女の連絡先を聞き逃してしまっていたのでもう連絡を取る手段は無い
 
結局あの言葉の意味は分からずじまいのまま
 
 
「もしかしたらルービックキューブでTwitterやってるかな〜」
そう思いTwitterを始め、ルービックキューブと呟いている人を探す日々
 
 
「ルービックキューブ大会、用賀Zを𓏸月𓏸𓏸日 東京都大田区にて行います」
 
「ルービックキューブの大会…! 用賀ってどこだ!?」
 すかさず僕はその場所への行き方や大会のルールなどを調べ、両親に頭を下げて旅費を用意して貰った
もしかしたら この大会に行けば 彼女に会える
 
…かもしれない
 
  
大会の申し込みも無事に済み、新幹線のチケット、旅館の確保、心の準備、全てを済ませは僕は日々練習をしながらその日を待った。
 
 
大会当日
 
「ここが用賀か〜」
「都心ほどでないけれど交通機関も遊び場もたくさんあるし、静かな街並みだし、用賀に住んだら毎日が楽しいだろうなぁ〜」
 
「用賀に、住んだら…?」
 
「用賀、住んだら…」
 
「用が、済んだら…」
 
 
「いや…まさかな…」
 

まさか と思ったがこれは間違っていなかった
 
「あれー! 僕くんだー!」
「そう!今は用賀に住んでるんだー!」
「僕くんいつの間にMBLD出来るようになったの〜?」
 
「え?MBLDって…何?」
 
「え?ちょっと何言ってるのー 僕くんってほんと面白いよねー!笑」
「マルチブラインドだよーもー 複数個のルービックキューブを目隠しで揃えるっていう」
「え今日はそれをやりに来たんじゃないのー?」
 
「ゑ?? 複数個を?目隠しで? まるち?ぶらいんど? え、そんなの出来へんよ?」
 
「あそうなのー? そしたら4BLD?5BLD? どっちに出るのー?」
 
理解が追いつかない 僕はそう、確かにルービックキューブの大会に
 
「あれー僕くんの名札には全種目出るって書いてあるよー」
「僕くんいつの間にそんなに出来るようになったのー!?」
 
 
一瞬だけIQが5000を突破したようで、僕は全てを理解した。 この大会にはMBLDと4BLDと5BLDの大会しかない そして僕はもちろんそんな事は出来ない
 
ああ、ここまでか、  
 
もう、いいや、
 
 
「ええー!僕くんもう帰るの!?まだ大会始まってすらいないよー?」
 
『用賀は、もう、いいです』
 
「え?あそうなのー? じゃ次はここで会おうねー!」
  
 
 
 
 用賀AAで!
 
 
Coming sune─

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