聖書お話し日記

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十四万四千人で、イスラエルの子らのあらゆる部族の者が印を押されていた

キリストの携挙―12・十四万四千人で、イスラエルの子らのあらゆる部族の者が印を押されていた ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 前回の「キリストの携挙―11・滅びの子が現れなければ主の日は来ないのです」の続きとしてテサロニケ人への手紙・後半を書いて投稿しようと思っていましたが、主の導きによって予定を変更して今回は黙示録7章に出て来る「十四万四千人」について投稿させていただきます。テサロニケ人への手紙の後半は後々投稿しますのでご理解のほどよろしくお願いいたし

    • 滅びの子が現れなければ主の日は来ないのです

      キリストの携挙―11・滅びの子が現れなければ主の日は来ないのです 前回の「キリストの携挙―10・天の果てから果てまで四方から、人の子が選んだ者たちを集めます」からの続きです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー クリスチャンのみなさんはⅠ・Ⅱテサロニケ人への手紙を読んでなにか感じたことはありませんか? 教会では、テサロニケ人への手紙は具体的な「携挙の預言」が書かれていて携挙に関する説教のとき牧師が単発的に一部分しか語らないのでみなさんあまり気がつかないかもしれません

      • 天の果てから果てまで四方から、人の子が選んだ者たちを集めます

        キリストの携挙―10・天の果てから果てまで四方から、人の子が選んだ者たちを集めます 前回の「キリストの携挙―9・終わりの日」からの続きです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー マタイの福音書24章 24:31 人の子は大きなラッパの響きとともに御使いたちを遣わします。すると御使いたちは、天の果てから果てまで四方から、人の子が選んだ者たちを集めます。 キリストが携挙に来るときは大きなラッパの響きとともに御使いたちを地上に遣わして天の果てから果てまで四方から(全世界

        • 終わりの日

          キリストの携挙ー9・終わりの日 前回の「キリストの携挙―8・モーセが見た中天の世界」からの続きです。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 聖書には、人類の終末の教えの中で「終わりの日」「終わりのとき」という言葉、ワードが頻繁に出て来ます。そして「終わりの日」「終わりのとき」について、キリスト教会では、また YouTube の牧師先生方は、 携挙が終わった後に来る「艱難時代以降の期間」あるいは「再臨が終わった後の最後の期間」 と教えていますが、それは誤りです。間違いで

        十四万四千人で、イスラエルの子らのあらゆる部族の者が印を押されていた

          モーセが見た中天の世界

          キリストの携挙ー8・モーセが見た中天の世界 前回の「キリストの携挙―7・千年王国の樹立」からの続きです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「キリストの携挙ー5・天が開かれているのを見た」の投稿で解説した「中天」の光景を、モーセはホレブの山で神の十のことばによる契約(十戒の契約)のときに見ました。 申命記4章 4:10 あなたがホレブで、あなたの神、【主】の前に立った日に【主】は私に言われた。「民をわたしのもとに集めよ。わたしは彼らにわたしのことばを聞かせる。それ

          モーセが見た中天の世界

          千年王国の樹立

          キリストの携挙―7・千年王国の樹立 前回の「キリストの携挙―6・御座の周りには二十四の座があった」からの続きです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 聖書に「千年王国」という固有名詞は出て来ません。しかし「千年の間、キリストと人類の信仰者が王国を治める」という預言は多く出て来ます。今回はこの「千年王国」について解説します。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー はじめる前にいつも同じことを言いますが、今後も言い続けてますが、 旧約聖書と新約聖書は表裏一体の関係

          御座の周りには二十四の座があった

          キリストの携挙―6・御座の周りには二十四の座があった 前回の「キリストの携挙―5・天が開かれているのを見た」からの続きです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ヨハネの黙示録には「二十四人の長老(ひとりの長老)」が全部で13回出て来ます。以下にその13回の箇所を挙げます。 ヨハネの黙示録 4:4 また、御座の周りには二十四の座があった。これらの座には、白い衣をまとい、頭に金の冠をかぶった二十四人の長老たちが座っていた。 4:10 二十四人の長老たちは、御座に着い

          御座の周りには二十四の座があった

          天が開かれているのを見た

          キリストの携挙ー5・天が開かれているのを見た 前回の「キリストの携挙―4・携挙と再臨」からの続きです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ヨハネの黙示録19章にはキリストの再臨の場面が描かれています。そして19章11節に「また私は、天が開かれているのを見た。」と書かれています。今回はこの「天が開かれているのを見た。」の解説をします。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 始める前に、いつも言っていることですが、 旧約聖書と新約聖書は表裏一体の関係にあります。万

          天が開かれているのを見た

          携挙と再臨

          キリストの携挙―4・携挙と再臨 前回の「キリストの携挙―3・携挙の預言と成就」からの続きです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー マタイの福音書24章、マルコの福音書13章、ルカの福音書21章で、キリストが弟子たちに語った預言は「携挙の預言」です。ヨハネの黙示録19章の「再臨の預言」ではありません。 YouTube の牧師先生の中にはこの箇所は黙示録19章の「再臨の預言です」と教えている牧師がいますが、それは間違いです。誤りです。 マタイの福音書24章、マルコの福

          携挙の預言と成就

          キリストの携挙―3・携挙の預言と成就 以下に挙げるキリストの預言は、キリストの携挙がどのような方法、手段、形で来るのかを、弟子たちに語った、場面です。 わたしがクリスチャンを携挙しに来るときはこのような方法、手段、形で来ますから、携挙で地上に残されるユダヤは直ぐにエルサレムから避難してくださいね!!! という、キリストが携挙に来る方法、手段、形を弟子たちに語った場面です。 キリストの携挙の預言は終末のユダヤが不信仰によって携挙で地上に取り残されることを前提にしてユダヤ

          携挙の預言と成就

          祝福される者と呪われる者

          死後の世界―5・祝福される者と呪われる者 前回の「死後の世界―4・羊とやぎの裁き」からの続きです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 前回はマタイの福音書25章からキリストが語った「羊とやぎの裁き」について解説しました。 マタイの福音書25章 25:31 人の子は、その栄光を帯びてすべての御使いたちを伴って来るとき、その栄光の座に着きます。 25:32 そして、すべての国の人々が御前に集められます。人の子は、羊飼いが羊をやぎからより分けるように彼らをより分け、 25

          祝福される者と呪われる者

          なんで 三分の一 なのでしょうか?

          ヨハネの黙示録には「三分の一」という数字、分量数値が全部で14回出て来ます。なんで「三分の一」に統一されているのか?クリスチャンのみなさんは考えたことがありますか? ヨハネの黙示録 8:7 第一の御使いがラッパを吹いた。すると、血の混じった雹と火が現れて、地に投げ込まれた。そして地の 三分の一 が焼かれ、木々の 三分の一 も焼かれ、すべての青草も焼かれてしまった。 8:8 第二の御使いがラッパを吹いた。すると、火の燃えている大きな山のようなものが、海に投げ込まれた。そして

          なんで 三分の一 なのでしょうか?

          羊とやぎの裁き

          死後の世界―4・羊とやぎの裁き 前回の「死後の裁きー3・信仰の人と行いの人」からの続きです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 前回は、ヨハネの福音書5章で語ったキリストの「裁きのメッセージ」はヨハネの黙示録20章の「大きな白い御座の裁き」を預言した「裁きのメッセージ」であること。そしてこの「裁きのメッセージ」はクリスチャン向けとノン・クリスチャン向けの二つのメッセージで語られていることを解説しました。 神様を信じないで亡くなったクリスチャンの両親はほんとうに地獄に

          羊とやぎの裁き

          信仰の人と行いの人

          前回の「死後の世界―2」からの続きです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ヨハネの黙示録20章の「大きな白い御座の裁き」についてキリストが語っている場面がヨハネの福音書5章19節~30節に書かれています。 ヨハネの福音書5章 5:19 イエスは彼らに答えて言われた。「まことに、まことに、あなたがたに言います。子は、父がしておられることを見て行う以外には、自分から何も行うことはできません。すべて父がなさることを、子も同様に行うのです。 5:20 それは、父が子を愛し

          信仰の人と行いの人

          死んだ人々と生きた人々

          前回の「死後の世界―1」からの続きです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー はじめに申し上げます。 このブログに投稿されている「天地創造シリーズ・死後の世界シリーズ・キリストの携挙シリーズ」の三つのテーマはお互いつながっています。リンクしています。三つのテーマがお互いを補完しています。天地創造を読んでいて死後の世界で書いた場面が出て来たり、死後の世界を読んでいてキリストの携挙で書いた場面が出て来たりと、三つのテーマはつながってリンクしながらお互いを補完し合っています。

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          盗人のようにやって来るキリストの携挙

          ■ キリストの携挙―1■ 盗人のようにやって来るキリストの携挙 キリストは、人々が寝静まった真夜中に盗人が来るような「タイミング」で、携挙に来ます。人々が寝静まった真夜中の誰も分からない「タイミング」で、携挙に来ます。 YouTube で携挙を語っている教会の牧師先生方はキリストの携挙は映画・レフト・ビハインドのように 携挙は人々が寝静まった夜に盗人が来るように人々が平和で安全なうちになんの前兆も前ぶれもなくある日突然誰にも分からないように携挙に来て忽然と世界のクリスチ

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