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Artist Focus Vol.1 / Meitei(冥丁)

こちらではひとつのアーティストにフォーカスを当ててもっとそのアーティストを詳しく知ろう、聴こうという企画です。第一弾は日本のアーティスト、Meitei(冥丁)についてです。

"LOST JAPANESE MOOD(失われた日本)"をテーマに楽曲を制作する広島在住のプロデューサー。話題になり始めたのは海外の音楽レビューサイト"Pitchfork"で彼の2018年作、『怪談-Kwaidan-』がベスト・エクスペリメンタル・アルバムに取り上げられてからでしょうか。初めてアルバムのジャケットになっている浮世絵を見たときは衝撃的でした。

これが海外のアーティストのアルバムジャケットと並ぶわけですから一際目を惹くのは間違いありません。もちろん中身も期待を裏切らない濃い内容ですぐさまネットで彼のことを調べてみるのですが当時は調べても何も出てこなくて、この浮世絵のアートワークとこの美しく不気味な音楽が相まって余計謎めいた雰囲気が、まるで冥丁とは本当に存在しているのかすら疑ってしまいそうになりました。

チリチリと音を立てるグリッチのノイズ音の上、夜道を歩けば聞こえてくるような蛙や虫の鳴き声と水音のフィールドレコーディングをバックに昔のラジオ番組から聞こえてくるようなコラージュを施したボイスサンプリングのピッチを極端に上げたり下げたり時には捻れるように変化させたり歪ませたりと日本の妖怪を想像させるような加工と、淡々と不気味な怪談話を朗読するポエトリーリーディング。(サンプリングか?)美しさとこの不気味さのバランスを絶妙に閉じ込めた作品『怪談』は決して万人受けするものではないですが、それでも怖いもの見たさのように聴き終わった後にもう一度再生ボタンを押してしまいたくなる不思議な中毒性と魅力を持った作品です。


次にリリースされたのが翌年2019年で彼の最初のフルアルバムとなる『小町-Komachi-』です。

この作品は『怪談』とほぼ同時期に制作された楽曲が収録されており、『怪談』と比べるとこちらの作品の方が聴きやすくとっつきやすいかもしれません。ボイスサンプリングやポエトリーリーディングは殆ど息を潜め、よりフィールドレコーディングやブツブツとしたグリッチ音がより前面に出た作品となっています。アンビエント色が色濃く出ているのですが、"失われた日本"というテーマを本作でさらに突きつけてくるかの如く静かに何かを訴えかけてくるかのような今の日本へ向けられたアンチテーゼを読み取ることができます。上等とはいえない日々生み出されては消費されていく流行語、食事も文化も雑食化して知らず知らずのうちに受け入れられているグローバル化に侵食されていく私たち日本人の中にある本当の日本の美しさとはなんだろう?と考えてしまうのです。愛国心を持とうとかそういうことではなく、"昔ながらの日本の情景や日常"を今一度見つめ直す機会を与えてくれる作品です。



そして『怪談-Kwaidan-』『小町-Komachi-』に続く"LOST JAPANESE MOOD"3部作の最終章となるのが2020年にリリースされた作品『古風-Kofu-』です。

この作品から冥丁が様々な音楽メディアに取り上げられていき、音楽の実態が明らかになっていきます。(ご本人のtwitterアカウントも開設)
この作品はシンガポールと日本を拠点としているKITCHIN. LABALからリリースされています。KITCHIN. LABALは毎回凝ったパッケージと美しさに定評のあるエレクトロニカ、アンビエント、ポスト・クラシカルなどのジャンル作品を数多くリリースしているレーベルです。日本人アーティストだと"いろのみ"、"haruka nakamura"などがこのレーベルから作品をリリースしています。

(ついつい手元に置いておきたくなるようなパッケージは強いこだわりとレーベル側からアーティストへのリスペクトと愛を感じますね。)


作品のレビューに戻りますが、こちらの『古風』は過去2作と比べるとさらに聴きやすい作品になっています。夜を彷彿させていた過去2作ですが、本作で長い夜が明けたかのように楽曲に彩りが加えられ、遊び心あるバリエーション豊かな作風になっています。わらべ歌や民謡のサンプリングがふんだんに使われ、ギターや和楽器が使われている楽曲も。よりリズミカルになることでこちらに歩み寄ってくるような親しみやすさを感じることができます。
そしてこの作品にはもうひとつのテーマがあり、曲名に「花魁」「貞奴」「女房」など昔の日本社会において差別や自由が無く過酷な生活を強いられていた女性に捧げたレクイエムのような役割をもった楽曲も収録されています。
前作『小町』が"日本の情景"に焦点を当てていたのならば、今作は"日本人"に焦点を当てた作品といえるでしょう。
聴き終えた後の余韻とノスタルジー感が凄まじく、時間旅行でもしてきたのかと思うような感覚がいつまでも色濃く残る作品です。


3年という歳月をかけて"LOST JAPANESE MOOD"は一旦完結しましたが、今後冥丁がどういった新しい音楽のアプローチでどんな希望を描くのか全く想像がつきませんが、とりあえず深呼吸しながらお茶を淹れてこの3部作をじっくり繰り返し聴きながら"これからの未来"のことを考え、想いを馳せてみるのはいかがでしょうか。

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