見出し画像

【雑感】日本国憲法について 考えるための小さなヒント その2

まえおき

 少し前に私の印象では日本国憲法の前文は倒錯と欺瞞に満ちていると書いた。ま、私の感想、だ。

 結構、勇気が必要だった。

 いわゆる世間や学校教育とは全然違う意見だからね。非難轟々かな〜、読まれないかな〜、と思ったら、そうでもなかった。私の記事の中では普通の読まれ具合。そして「はげまし」のコメントもいただいた。ありがとうございます。

 そっか。書いてよかったんだ。

 だいぶ安心した。

 で、第2弾だけど、これは、私が「これから作られるであろう憲法のヒントになる」と思った材料??素材??を集めたもの。

 みなさまのご参考になれば。とも思うけど…

 その隙間すきまに書いてあるのは、まったくの私見で、しかも考えの途中もいいところ、のものだ。メモ書き、走り書き。ということで、ご了承くださいませ。

前回の記事。


 その後、つい最近、ホツマツタヱの第一人者で、滝行も指導されている「とらさん」原田峰虎氏の記事を読んだ。

この中で、

さて、この様に、善と悪、光と闇の戦い、二元論的相克は、西洋の哲学宗教やオリエント思想においても自明の如く前提とされる世の中の見方なのですが、不思議なことに、ホツマ伝承が描く世界においては明確に拾い出すことが出来ません。ホツマの社会にも邪悪は存在するのですが、「根からの悪」「改悛できない悪」は見当たりません。(処刑は存在しましたが、裁定が必須であり、「存在としての悪」はない)故に、最後の審判はなく、絶対悪による終末もなく、絶対善による救済もありません

ホツマの世界観では「成長→豊穣→弛緩→傲岸/嫉妬→専横→反逆」という悪循環を、常に遠ざけようとする「慎み/自律」の心構えが強調されます。「みそぎ/はらひ」が「君/臣/民」それぞれに求められ、なかでも「君」が魁となることが求められています。仰げば尊し「斗との教ゑ」と思いを新たに致します。

「自由と平等」の追求の果てには「民のゐやすき」「天下泰平」は実を結ばないのではないか、と、「多様性を詐称する独善的な均一主義社会」化が急速に進む現代に、物思います。

【ホツマの論点】光と闇の世界 <113号 令和3年2月>と題する令和6年(2024)3/25の記事

とあり、特に「「慎み/自律」の心構えが強調されます。「みそぎ/はらひ」が「君/臣/民」それぞれに求められ」の部分。これが実は『国体』というものとすごく関係があるのではないか?と、感じたのだ。(それに「「自由と平等」の追求の果てには…「天下泰平」は実を結ばない」も。すごい深い洞察だなぁ)(それにもちろん「ホツマの社会にも邪悪は存在するのですが、「根からの悪」「改悛できない悪」は見当たりません」も。きな臭さが増している昨今だからこそ、たくさん参考にできたり学べるものがあるのではないか?)。

 『国体』と聞くと、なんじゃそりゃ、戦前じゃん。と思う向きもおられるかもしれない。が、「自分の国はどういう国で、どういう価値観を大切にする国なのか」の総体が国体だ(と私は解釈している)。だからどの国にも現在でも『国体』はある。『国柄くにがら』と言えばいいのかな?現在の日本にも現存している。少なくとも一人一人の心の中には。それぞれ違うかもしれないが。そういう心の中の「自分の国はどういう国か」=国家観がなければ、現代社会をスムーズに生きていくことは、できない(国家観は国家や政府、政府権力に対する期待や予測だ。こういう期待や予測がなければ『決断』や『解釈』というコストがかかる脳内プロセスをことが起きるたびに毎回ゼロから始めなければならないのだ)。んーだから『国体』を『国家観』と呼び変えてもいいかもしれない。むしろ、現在ではその方がふさわしくわかりやすいのかも。

憲法はその『国体=国家観』をわかりやすく表したものと解釈すれば、どうだろうか?

 イギリスは、『国体=国家観』を憲法で規定せず、それまでの法律と判例の集大成、イギリス国民一人一人の『コモンセンス=常識』に委ねた。一理あるよね。一人一人の国家観の集大成が国体を成す

 国立国会図書館のまとめたG20 各国の憲法概観。各国の成り立ちというか国体と憲法の関わり合い具合が非常によくわかる資料になっている。これ以上コンパクトでこれ以上わかりやすい資料もないだろう。この資料によれば、「憲法とは、広義には政治権力の基本的なあり方を定めている法規範であり、狭義には…」とのことで、憲法は直接的に国体を表現するものではないにせよ、その一つの要素である「政治権力の基本的なあり方」を定めていることは間違いなさそうだ。

 せっかく明治以来日本は憲法が制定されている国でもあるし、対外的に危機だった飛鳥時代に聖徳太子によって制定された、官僚そのほか行政機関のみんな=臣、ひいては大御宝おおみたからみんな=民に向けた十七条憲法がある。

 私としては、みんなが納得できる国体=国家観をも表現した憲法を制定する意義は大きいのでは、と思っている。

んで、そのためのヒントの一つがホツマツタヱ第一人者のとらさんが伝えてくれている「(ホツマの世界観では…)「慎み/自律」の心構えが強調されます。「みそぎ/はらひ」が「君/臣/民」それぞれに求められ」ではないか、と。

いえ、私自身、ホツマツタヱを知らないし(古史古伝ということぐらい)、上の文言が具体的に何を指して、何を言っているかさっぱりわからないのですけど、ね。大雑把に言えば、そして強いて言えば「しがらみや膠着した考えや私利私欲を常にいったんリセットしつつ、自分が何を求められていて自分が何を求めるのか自覚的になることが、あるいはそうしたことも全部手放してしまうことが、結果として『みんながよくなる』ことにつながる」ということかな?そういうことを日本国民一人一人が自覚する、ということなのかな?ぐらいのぼんやりした理解である(知らんけど)(こんな言い方しかできないのに、引用させていただいてしまいました。とらさん、すみません)。

国民も、国家も、日本国を『良い国』にするために協働する。そんな憲法へのヒント。

もうひとつのヒントは、YouTubeで見た動画にあった。

いえ。尊王運動の元になったものなので、過激と受け取られても、無理はないんですけどね。その中で、水戸藩の儒学者で国学者の会沢正志斎の『新論』を紹介している。

茂木誠:「(会沢正志斎の言葉として)我が日本は神武天皇に始まって崇神天皇が受け継いだ不朽の教えに従って、そして東照宮様、徳川家康の大業を継承し…日本が世界万国の苦難を救い、西洋列強の邪教を存在せしめす、日本の赤子人民が永久に外国からの欺瞞を受けないようにすべきである」

茂木誠:僕はこの西洋邪教というのを単にキリスト教じゃなくて、要するにグローバリズムと置き換えれば、まったく今に通用する。いや、これはぜひね、今後、日本が新しい憲法を作るときに、憲法前文にしたい、これを。

YouTube番組CGS水戸学とは何か?/御三家がなぜ尊王運動?|茂木誠

上記のように茂木氏はスカッとさわやかに、にこやかに語っている。もし神武天皇とか崇神天皇とかに抵抗感があるならば、日本人が先祖から受け継いてきた教えがあるのだ、というのはどうだろう?そして、それに従えば、世界万国の苦難を救えるのだ、と。グローバリズムは存在できないように、グローバリズムの欺瞞を受けないようにすることは可能なのだ、と。

 なんか、ちょっと明るい未来が見えてきませんかね?

日本人が先祖から受け継いてきた教え」の内容は、古事記や日本書紀かもしれないし、十七条憲法かもしれないし、ホツマツタヱかもしれないし、国学や儒学や、仏教や、もっといろいろあるかも知れない。それは、精査してもいいし、フワッとさせたままでもいい。なんか、少しずつ、形になってきませんかね?

そうそう、それから前回書いた「国家と国民が健全に協力し合う」。

それから、戦前の日本統治時代の教育を受けた韓国のおじいさんの民主主義観。

民主主義の形式は多数決の尊重だとしても、民主主義の精神は人を尊ぶ心遣いである。

日本統治時代を肯定的に理解する p34

- 統治者については、国民に対して「一定の自由」と「一定の生活水準」を保障して、恐怖心を取り除くよう努力しているか。

- 国民については、自身の民主力量をもって、『基本的人権と最小限の生活水準が保障される社会』を作り上げるよう努力しているか。

日本統治時代を肯定的に理解する p263

なんか、今後、憲法を考えていく上でのヒント。

今のところは、そんなメモ書き。


引用内、引用外に関わらず、太字、並字の区別は、本稿作者がつけました。
文中数字については、引用内、引用外に関わらず、漢数字、ローマ数字は、その時々で読みやすいと判断した方を本稿作者の判断で使用しています。


おまけ:さらに見識を広げたり知識を深めたい方のために

ちょっと検索して気持ちに引っかかったものを載せてみます。
私もまだ読んでいない本もありますが、もしお役に立つようであればご参考までに。

下記が一番シンプルそう。「日本国憲法に、大日本帝国憲法、教育基本法、児童憲章、英訳日本国憲法、日米安全保障条約の全文を収録した新装版」とのこと。

「正志斎は江戸時代に一世紀ほど続いた国儒論争を正面から受け止め、論理のレベルで国学と儒学という二つの立場を、第三の立場に引き上げるような理論を構想した…」

論文概要書 早稻田大学大学院文学研究科東洋哲学コース 蔣建偉
会沢正志斎における「神儒一致」思想

蔣建偉氏は2021年、中国 浙江師範大学の講師だそうですよ。すごいなぁ。幕末の知られざる!?立役者 会沢正志斎研究の第一人者のようだ…

https://core.ac.uk/download/pdf/159504324.pdf

書評:裴寛紋氏著『宣長はどのような日本を想像したか―
『古事記伝』の「皇国」』

https://jitsu-ken.net/wp-content/uploads/2021/08/e629d6fcd3870b23e4715f6105d92abd.pdf


裴寛紋氏は、韓国の人。すげ〜。チャイナ人も、韓国人も真面目に幕末思想を研究しとる!いやお二人ともすごい先生なんだと思う。読んでないけど。変なことは言っていないように思う。尊敬せざるを得ない!敬服します。
(もちろん実際読んでみて意見が変わるかも知れないけど、今はもう敬服しちゃってる!)

下記『衆 議 院 憲 法 調 査 会 に お け る「 国 民 の 権 利 及 び 義 務 」に 関 す る こ れ ま で の 議 論』は近々に読んでみたいと思っている。読み込んではいないが、パッと見では、基本的人権などを制限する方向のまとめ方のように感じた。いや、そこじゃないのよ。国家と国民の協力関係よ、肝心なのは、と思ふ。平成17年(2005)作成。これも20年も前のものだ。…ごめん、まだ読めていない。

https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/chosa/shukenshi063.pdf/$File/shukenshi063.pdf

それから下記 衆憲資第 50 号「 憲 法 と 国 際 法 ( 特 に 、 人権の国際的保障)」に 関 す る 基 礎 的 資 料 最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会(平成 16 年 4 月 22 日の参考資料)平 成 1 6 年 4 月衆 議 院 憲 法 調 査 会 事 務 局 も。

https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/chosa/shukenshi050.pdf/$file/shukenshi050.pdf

下記で、各国憲法に各国の自国国体がどのように表れているか、概観した。アウトラインすぎるきらいもあるが、でもまあ、はじめの一歩であれば、十分すぎるほどよくまとまった資料である。素晴らしい。
国⽴国会図書館 調査と情報―ISSUE BRIEF― 第973号 No.973(2017. 8.24) G20 各国の憲法概観 国立国会図書館 調査及び立法考査局
憲法課 井田 敦彦

https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_10856723_po_0973.pdf?contentNo=1


この記事が参加している募集

最近の学び

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?