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日本全国感染症ケースカンファレンス道場破り(11)

日本全国感染症ケースカンファレンス道場破り(11)
[第11話]アーリマン現る
(vs洛和会音羽病院 有馬丈洋)
忽那賢志 くつな さとし
国立国際医療研究センター国際感染症センター/国際感染症対策室医長


忽那「いやー,京都はやっぱりいいなあ」
上村「観光都市ってかんじですね.お寺好きの先生にとっては天国でしょうけど,音羽病院からの挑戦状には今日の12時に来いって書いてありますから,道場破りが優先ですからね」
忽那「それなんだけどさ……オレ,予定があるんだよね~.西芳寺っていう苔寺でちょっち写経してきていいかな?」
上村「いいわけないでしょ! このまま山科に向かいますよ」
忽那「バカヤロウ! 西芳寺の『写経+庭園拝観セット(3,000円)』はこの21世紀にわざわざ往復ハガキで申し込んで予約をしないと入れない珍しい拝観コースなんだぞ! せっかく取れた予約だし,オレは道場破りよりもお寺を優先したいッ!」
上村「道場破りよりもお寺って……いよいよこの連載の目的がよくわからなくなってきてるんですけど……」
忽那「そこで相談なんだけどさ……この挑戦状の相手にも悪いからさ,上村,1人で先に行ってチョイチョイっとやっつけといてよ」
上村「元々先生が道場破りしたいって言うからついてきたのに僕が一人でって……相手だって忽那先生を指名してるわけでしょ?」
忽那「そこをなんとか……頼むわ」
上村「うーん……仕方ないなあ……実は前から先生と挑むより僕1人のほうが診断できるんじゃないかなって思ってたんですよね……なのでまあOKです」
忽那「なにィ! 失敬なヤツめ! もういい! おまえなんかコテンパンに負けちゃえ!」
上村「人にお願いしといてなんてひどい言い草なんだ…….それじゃあ先に行ってますね.チョイチョイっとやっておきます」
忽那「うむ!」

上村「ここが洛和会音羽病院か……初期研修医に人気の高い病院で,かの京都GIMカンファレンスもここで開かれてるんだよなあ…….あ,あそこにファンキーなレゲエお兄さんがいるから訊いてみよう.すいませんちょっといいですか?」
アーリマン「どうした,ブラザー,着てるのはイカしたブレザー(柔道着),何でもこのアーリマンに聞いちゃってYO」
上村「うわっ,ちょっと面倒くさそうな人だな……えーと,この挑戦状を書いた人を探してるんですが……」
アーリマン「Wow……この挑戦状,アーリマンが書いたヤツじゃないか! これはミラクル!」
上村「え……この挑戦状を書いたのあなたなんですか」
アーリマン「イエス! オレはアーリマンin山科.ノー,むしろ山科inアーリマンだYO! 忽那,山科へようこそ,ここが貴様の墓場ッ,脱がすぜ,おまえの袴ッ(柔道着)!」
上村「盛り上がってるところ申し訳ないんですけど……僕は忽那ではなくて,知人なんですが……諸事情がありまして代わりに道場破りに来ました……」
アーリマン「Wow ……本人じゃないなんてマジBAD!……ユーは忽那のブラザーなのかYO」
上村「いえ,弟子でもないんですけど……まあ説明が面倒なんでそういうことでいいです.とりあえず僕が代わりに相手をさせてもらうッス」
アーリマン「オーケー!! なんでもオーケーーーーー! まずはブラザーをやっつけて,その勢いで忽那もやっつけちゃうぜ~,チェケ,チェケ」
上村「適当だなこのヒト」
アーリマン「ではストロングな症例を紹介するぜ!」

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症例:60歳代男性
主訴:食欲不振,体重減少
現病歴:3週ほど前から食欲不振があり,徐々に体重が減少し,食べてもすぐに満腹になるようになった.食事量が徐々に減ってきたため,総合内科の外来を受診した.
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上村「フムフム.まず考えるのは,経過が比較的長いということッスね.3週間の経過で進行する食欲不振と体重減少ということで,感染症では結核を除外する必要があるッスね.感染症以外だと,悪性腫瘍として,たとえば大腸癌とか悪性リンパ腫なんかもありえるんじゃないでしょーか」
アーリマン「Wow……なかなかの推論,食べたいぜ吸い物! さすが忽那の一番弟子ッ! 次は既往歴,社会歴にいくYO! チェケ,チェケ」

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これまでは病院を受診したことはほとんどなく,検診も受けていない.手術歴や内服薬もなく,薬剤や食事のアレルギーもない.10歳代後半からタバコを1日20本吸っているが,お酒は一切飲まない.
飲酒:なし
家族歴:父 大腸癌,母 肝臓癌
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上村「なるほど.特に持病はないってことですね.かなり長いことタバコを吸ってるので,タバコに関連した悪性腫瘍のリスクはありそうですね」
アーリマン「イエスッ! タバコはリスク,おやつはラスクだYO! ROSに行くぜ,SAY HO~!」

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ROS(+):微熱,歩行時の息切れ
ROS(-):寝汗,悪寒,頭痛,咽頭痛,咳,喀痰,鼻汁,腹痛,嘔気,下痢,頻尿,残尿感,排尿時痛,関節痛,筋肉痛,皮疹
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上村「微熱と歩行時の息切れか……たとえば感染性心内膜炎だと弁破壊が進んで心不全の症状として労作時の息切れが出ることがあるッスね.呼吸器症状はないみたいですが,肺炎でももちろん息切れすることはあるでしょうし,息切れだけなら貧血でもみられますね」
アーリマン「OKOK~! ナイスアセスメント~! ナイスなセメント~! 次は身体所見に行くYO~! チェケ,チェケ」

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身長162 cm,体重48 kg,BT 37.8℃,BP 109/63 mmHg,PR 92 bpm,SpO2 98%(RA),RR 18/min
意識清明,重症感なし
結膜軽度蒼白,黄染なし,咽頭発赤なし,扁桃腫脹なし,白苔なし,リンパ節腫脹なし,甲状腺腫大なし
CHEST cracklesなし,murmurなし
ABDOMEN平坦・軟,蠕動音聴取,圧痛なし,肝脾腫なし,腫瘤なし
CVA叩打痛なし,椎体叩打痛なし
関節腫脹なし,両肩に入れ墨あり,淡い紅斑が体幹部に散在している
直腸診ではトーヌス良好,前立腺圧痛なし,便潜血は弱陽性
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上村「眼球結膜が蒼白……便潜血が弱陽性……やっぱり貧血だから息切れしてるんですかねえ……あとは入れ墨があるってことなので,B型肝炎やC型肝炎のリスクがあったりして…….淡い紅斑か……ちょっと息切れとは結びつけるのが難しいなあ……」
アーリマン「おやおや,ここにきて困っているな,ブラザー.オーケー,落ち着いてじっくりシンキングしてくれッ! 次は血液検査[表1]だッ!」

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[表1]血液検査

上村「やっぱり小球性貧血がありますね.息切れはこのためでよさそうッスね.食欲不振もあるし,胃潰瘍から食欲不振になって,あと出血もしてるから貧血になってるって感じッスかね.あ,これイケそうじゃないッスか」
アーリマン「Wow……オーケー,ここまでは合格点,しかしまだ早計,これからが本格展開ッ! では症例の経過についてHere we go!」

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