300_クリニック成功カバー

【新刊刊行記念 期間限定公開】経営学を学んでいないドクターのための クリニック成功マニュアル[第3章]

12人の医院経営ケースファイル ~私たちはどうやって経営トラブルを乗り越えて理想のクリニックを創ることができたか~』(梅岡比俊 編著 発売中)の刊行を記念して、梅岡先生の過去の著作の一部を期間限定で無料公開致します。

経営学を学んでいないドクターのための
クリニック成功マニュアル
梅岡 比俊 うめおか ひとし 著
第3章 マネジメント 編


マネジメントとは

 ユダヤ系オーストリア人の経営学者でマネジメントの大家,P・F・ドラッカーは,マネジメントについて組織をして成果を上げさせるための道具,機能,機関と言っています.また,著書『ネクストソサエティ』の中で,ミッション,ビジョン,バリュー以外は全てアウトソース(外注)できるとも言っています.
 クリニックで言えば,血液検査はもちろんのこと,受付業務,看護業務,そして究極のところ,医師の診療まで,アウトソースできるということです.私たちは,つい代診を忌避する傾向にあるように思います.実際に,代診によって患者さんは一時的には減ることが予想されますが,経営理念を共有している医師が代診するのであればそれで良しと考えるのがドラッカーの「価値観」です.言い換えれば,ミッション,ビジョン,バリューの3つはそれほどに経営の根幹であり,経営理念として重要だということです.
 それでは,ミッション,ビジョン,バリューとは何なのでしょう? 日本語でミッションは「使命」,ビジョンは「目的」,バリューは「価値観」と訳されます.以下では,梅華会のミッション,ビジョン,バリューともいえる経営理念が確立するまでを具体的にお伝えしたいと思います.


梅華会の理念

~笑顔で楽しみながら働く~
 私が開業する直前,たくさんのドクターから話を伺ったり本を読むことによって,なぜこのクリニックを開業するのか,そしてこれからクリニックをどうしていきたいのかを理念にまとめることが大事であると理解しました.しかし恥ずかしい話ですが,その当時はそこまで理念をコミットメントできていたわけではなかったのです.そこで,実際に自分がこのクリニックをどうしていきたいのか,どういった価値観で運営していきたいのかを考えていたのですが,そんな時にある1冊の書物に出合いました.
 それはジム・コリンズの『ビジョナリーカンパニー』という本で,その本の中では,2つの企業を比較のためにリサーチしていました.具体的には,いわゆる圧倒的に卓越し成功している企業とそうでない程々の企業とを様々な角度から比較し,成果の差に一体どのような要因があるのかを調べたものです.そしてジム・コリンズはその結論として,卓越した企業とそうでない企業の差というのは,理念がその企業にどれだけ浸透しているかの差であると発表したのです.


 もちろん,大きな企業は一般的にそれぞれ理念があります.しかし,その理念の内容や質がどれだけ素晴らしく,どれだけ崇高であるかが重要なのではなく,その理念が経営陣やトップだけに理解されるのではなく,社員それぞれが理解して同意しその基準に基づいて行動をしているか,社員一人ひとりに浸透しているかが,卓越した企業となり得るかどうかの差のだとも言っています.
 私はこの本を読んで思いました.自分が最も求めるクリニック像,あるいは大事にしたい価値観,そういったものをどのように考えていけばよいのだろうと.そして,結構分厚い『ビジョナリーカンパニー』を一語一句読み直しながら,自分だったらどうしたらよいだろう,どういうふうにすれば自分自身が納得できて,社員に伝えることができるのだろうと考えていきました.
 梅華会の理念の一つに「笑顔で楽しみながら働く」という言葉があります.私が勤務医として病院に勤めていた時,仕事が楽しくない時期がありました.振り返ってみれば,自分がまだまだ未熟だったから楽しくないという考えに捉われていたのです.実際は,仕事というのは本来楽しいものではないか,いや楽しくあるべきだ,楽しいからこそもっとよくしよう,もっと改善しよう,もっとスキルを身に付けよう──と前向きになれるのです.好きこそものの上手なれとはよくいったものです.
 私は今でも,より楽しくするためにはどうすればよいのかというところに焦点を当てて,スタッフ一同とともに毎日楽しみながら仕事をしています.

~スタッフ個々が夢を持ち,常に自己の改善に努める~
 梅華会の理念の中に,「職員個々が夢を持ち,常に自己の改善に努める」という文言があります.私は夢という言葉が大好きです.子どもだけでなく大人になっても夢を持ち,自分がどうありたいのか,どういう目的で今の人生を歩んでいるのか──その夢に向かって行動するワクワク感とドキドキする気持ちを大切にし,手に汗にぎる情熱あふれる人生を過ごしたいと思っています.その理念には,今日よりも明日,明日よりも明後日と,常に一歩二歩と少しずつでも前進できるようにといったメッセージが込められています.おかげさまで,梅華会のスタッフには変化に対する拒絶や拒否が非常に少ないと感じます.
 確立されたシステムや仕組みをどこか変えようとすると,現状からの脱却に恐れや不安を感じることが普通だと思います.梅華会のスタッフは,それでも一度やってみよう,とにかくやったうえでダメだったら元に戻せばよいと考え,より効率的にあるいはより安全に,より患者さんに満足していただけるようなシステムができるのであれば,私たちは常に自己の改善に努めるとコミットメントしてくれています.短期間にたくさんの改善を積み重ね,その一つずつの積み重ねが大きな成果を生むようになったのは,このおかげではないかと考えています.
 ここで大事なことは,まずクリニックの基本方針です.まず最初に基本的な考え方を伝えることが大事なのです.ジム・コリンズの『ビジョナリーカンパニー』の中にもありましたが,大事なことは,バスに乗せるのは誰か,行き先に向かうため,ミッションを叶えるために誰をバスに乗せるのかです.常に,より良き人材,より組織にフィットした人材を求め続けることが大切です.自分よりも有能な人材を求める心構えで,常に上へと向かっていきたいと私自身も肝に銘じています.
 企業としての理念,価値観は最初に伝えるべきものであって,そのベクトルの方向がはじめから違う場合は,いかに有能な人材を採用したとしても,クリニックにとっても,あるいは働いている本人にとっても不幸な結果に陥るのではないでしょうか.
 特に新卒,新しく入職してきてくれるスタッフにとっては最初が肝心です.就職は,人生における結婚にたとえられるくらいの一大イベントです.その肝心な最初の職場という重責を担う立場でいる私たちは,私たちのクリニックがどういう職場で,どういう考え方で,どういう方向性をもって,そしてどういう価値観をもって運営されているのかを詳らかにしなければなりません.
 「あなたにとって理想のクリニックはどういったものですか」
 そこから全てが始まると思っています.思考は現実化するといいますが,何事もまず頭の中でイメージとして描かれ,そのイメージを現実化するために実行に移されます.ですから,その前提として採用する側の理想のクリニックを想い描く必要があります.その想い,理念を軸に行動を起こすことで,それを理解したスタッフが現場で主体的に行動できる,主体的に考えるという習慣ができるのです.
 次に,組織が大きくなると,リーダーを育成していくことが不可欠となります.院長自身が全てをカバーすることは不可能ですから,たとえ院長が不在でも現場が主体的に考え,対応できる組織をつくらなければなりません.また,部門ごとのリーダーがトップと部下との間の橋渡しをすることによって,より円滑に物事が進み,スタッフ一人ひとりの理解度が深まり,クリニックとしての方向性を隅々までしっかりと浸透させることができます.
 スタッフは常にその医院長であるトップを見ています.常にです.ですから,理念には自分自身が本当に想い描いていることに対してコミットメントしているものしか入れてはいけません.理念に書いてあることと,実際にやっていることの一貫性がない場合,組織にその理念を吸着させるような大きな磁力,磁場というものは生まれてきません.一貫性があってこそスタッフも納得するし,方向性が見えて,みんなが規律正しく,ベクトルが一つになって目的に向かっていけるのです.


コラム 組織診断

 スタッフが20人,30人,そして40人と拡大していくなかで,スタッフ皆の心の底──本当にスタッフたち一人ひとりは今の仕事を楽しくやっているのかな?,何か不満がないかな?,今の法人の成長スピードについてきてくれているかな?──を知りたいという想いを抱くようになりました.各リーダーから随時現場の声は挙がってきますが,どこまで本音で話ができているのか心配になり,人に言えないような悩み事やもっとこうしたらよいのではという法人の改善案などについてのヒアリングをきっちりしてみたいと思うようになりました.
 よく1人の人の目は10人までしか届かないなどと言いますが,自分自身の中で現実的に目が届かない範囲に声なき声があるかどうかを把握したいと強く思うようになった時,他社が導入している組織診断を目にする機会があり,その導入を決意しました.
 組織の中で仕事をしていると,上司と部下との関係のうえではもちろんコミュニケーションが大事なのですが,部下からは上司に直接言いにくいことがあったり,あるいは上司が想定もしていないことで部下が解決できていないこともあろうかと思います.そこで梅華会では,さらによりよい職場環境を構築するため,組織診断を行って部下からのメッセージを受け止めることにしたのです.


 組織診断は,スタッフに対してアンケート形式で質問を投げ,それに対する答えを得るというものです.いわば,患者さん向けアンケートのスタッフ版です.直接話せなかった内容もアンケートという紙媒体を間に入れることで,表現できる仕組みになっています.
 そうして得たアンケート結果は,トップとしてどのような行動を取っていくのか,あるいはどこを改善していけば効果的に職場の環境がよくなるのかということの一つの指針になります.例えば,私が上司として,現時点でさらなる教育環境を提供したいと思っていたとしても,部下が,それについてもうおなかいっぱいだ,十分に教育の環境は整っているからこれ以上は進めてほしくないと思っていたとしたら,私の舵取りの変更が必要です.
 すでに相手の要望が満たされているものにどれだけアプローチしても,成果率は低くなるでしょうし,過剰な提供は逆効果にもなり得ます.そのような場合は,さらなる教育環境充実の必要性や,教育されることによって得られる成果などをスタッフたちに伝え,スタッフがそれを理解して何かを感じてくれれば,おのずとさらに上の教育環境に対するニーズが出てくるのではないでしょうか.
 また,組織診断として得たアンケート結果を項目ごとに重要度・満足度を縦軸・横軸に取ってグラフ化してみることも大切です.一番よいのはもちろん満足度・重要度ともに高い領域ですが,なかには,満足度は低いけれど重要度が高いという領域もあります.この領域は,まずもって検討に値すべきことだと考えています.すなわち,スタッフ個々がとても大事だと思っているのに満足度が低いわけですから,早急な対策が必要なわけです.逆に,満足度は高いけれど重要度は低いものについては,もう既に満ち足りているのですから,今すぐ手を打っても効果は低く,その必要はないわけです.


 梅華会では,組織診断を導入した結果,スタッフにとって重要だと思っているが満足していないものにフォーカスを当てて,どうしたら満足できるようになるのかをテーマに全体のミーティングを行いました.具体的には,組織診断の結果では適材適所に関して満足度が低いという結果が出たのですが,ミーティングは,具体的にはどの部分についての適材適所なのかを明らかにすることから始めました.少し細かい話になりますが,受付・会計・クラークといった部門別の適材適所もあれば,クリニックの分院の勤務体系における適材適所というものもあります.あるいは,リーダー,サブリーダー,そういった役職のことなのかもわかりません.皆の意見を聞くうちに問題の本質の一端を垣間見ることができ,その中で皆の満足を上げるためにはどうしたらいいのかを真剣に話し合うよい機会になったのです.
 組織診断は,組織としての舵取りの中での一つのツールとして活用することが重要で,ただやみくもに組織診断の結果ばかりに目を向けても現場の意向の全ては反映できません.実際には,そのポイントポイントに関する皆の意見を再度拾い上げていくという作業が重要なのです.
 このように定期的に定点観測をする組織診断は,スタッフの職場満足度を測る一つの尺度になりますし,他との比較を通して,クリニックの強み,弱みといったものを把握することも可能になります.
 手前味噌になりますが,梅華会の職場好感度は非常に高く,本当に有り難いことにスタッフの人間関係は良好だと私も実感しています.このことは,私自身が何かを成したというよりも,スタッフ個々が一社会人という自覚を持って,個性豊かなスタッフとうまく渡り合い,そして行動を共にできているということにほかならず,本当に感謝の気持ちでいっぱいです.
 これからも組織診断などを有効に活用して,梅華会の強み,弱みを明確にしたうえで,それを今後の組織としての行動に反映し,さらに組織の中にいろいろな立場の人間がいることの強みを活かし,1+1を3にも100にもできるチームづくりに励んでいきたいと考えています.


エンパワメント

 エンパワメントとは,組織の構成員一人ひとりが「力をつける」という意味で,企業経営においては,組織としてのパフォーマンスを最大化するために,現場に権限を与え,従業員の自主的・自律的な行動を引き出す支援活動を指します.いわゆる権限移譲ということです.
 この考え方も開業当時はなかなか身につけることができませんでした.一言で権限移譲,現場に任せると言っても,どうしてもこの仕事は院長として持っておきたい,あるいは持つべき仕事であると考えてしまい,その制限された思考の枠で考えてしまいました.しかしそれでは,いつまでたってもその仕事を下に任せることはできません.そして,なかなかエンパワメントできない状態が続いているということに気づかされることになります.この仕事はスタッフに任せることができるのだろうかと考えたときに,スタッフのこれまでの行動を見ているとこの仕事は難しいだろうなあと考えてしまうことが多々ありました.
 その中で気づいたことは,成長の階段を一歩ずつ進んでいるスタッフに対して,一歩上の階段を任せてあげるべきだということです.大東亜戦争のときの山本五十六の「やってみせ,言って聞かせて,させてみて」という言葉がありますが,実際にさせてみてそれを上司がしっかりと見守り,フォローしてあげるということが必要になるのです.
 エンパワメントは丸投げをするのではなく,その仕事を任せて成し遂げる過程をしっかりと見守ってあげるということです.私は自分の仕事の一部を下に任せたことで,院長しかできない「出版」といった作業に時間を割くことができたり,あるいは経営者同士で学ぶようなセミナーにも参加できたり,スタッフ一人ひとりが自らの持ち場で最大限に能力を発揮できるようお互いのタスクを調整し,より成果の出る配置を考えたりできるようになりました.
 組織が大きくなるにつれて,院長としてやるべきことはたくさん増えてきます.例えば,入出金の管理,鍵の管理,ユニフォームの管理,そういったものまで全てを院長がやっていれば,おのずとその組織の限界が見えてきます.もちろん,開業当初はそういった現場の作業を理解しておく必要があると思うので,ある程度のステージになったら現場に任せることがよい方法です.
 任せることによって,その仕事を与えられたスタッフはその仕事を通して,例えば在庫の管理を学んだり,レセプトの作成の仕方を学んだりする機会を得,そして仕事を渡した院長も次の新しいステージの仕事,例えば業績の分析や損益計算書や貸借対照表の分析からの今後の経営計画を立てる時間を持つことができます.そういった分業体制を敷くことによって,組織力はより強固なものになり,将来を見据えた経営も行えるようになるでしょう.
 また,場合によってはコンサルティングという考え方もあります.数値を計測・分析し,それに対して適切な経営判断を行うには,外部の意見も非常に大事です.その場合も,経営の専門家による外からの意見も参考にしながら,最終的には院長自身が決定し,責任を負うという仕組みが大事です.
 いざエンパワメントを行おうとすると,「この仕事は俺にしかできないから俺がやる」と思える仕事が多いと感じます.しかし,それは本当に院長自身しかできない仕事なのでしょうか.
 私は,常に自分の仕事をリストアップし,本当に自分しかできないものなのか? 他のスタッフに任せることができるのではないか? という視点でチェックするようにしています.イギリスの経済学者,リカードの『比較優位論』にもありますが,できる人が全てやるというやり方だと,組織としての業績は落ちます.できる人はより付加価値の高い行動に注力を当てる組織が成果を出すことができる組織なのです.
 比較優位に関しては相対性理論を発見した偉大な物理学者であるアインシュタインと秘書の例がよく使われます.
 アインシュタインは研究の他にも,タイピングなどの秘書業務も誰よりも速く有能にこなせるとします.しかし,アインシュタインに秘書業務に専念させようと思う人はいないでしょう.雇った秘書に秘書業務を全部させて,アインシュタインは研究に専念させるべきと誰しもが考えるはずです.
 アインシュタインがタイプライターを打つのは機会費用が高過ぎだからです.そんな時間があったら物理学の研究をしてもらった方が総合的には大きな成果が見込めるでしょう.アインシュタインがタイプライター打つのに夢中になって相対性理論を完成させなかったら大きな損失です.
 このときアインシュタインは秘書に対して絶対優位にあるといいます.秘書は秘書業務のスキルしか持っていなければ秘書業務において比較優位を持ちます.

 これをクリニックにあてはめると,アインシュタインとは院長であり,秘書というのは院長を支えてくれるスタッフであるということです.
 院長が,自分ができるからといってなんでもかんでもやることは,それだけ院長が高い機会費用を支払っていることに他なりません.
 ですから院長がいかにスタッフに権限委譲を実行できるかが鍵になるといえるでしょう.その為にはベースとしてスタッフとのラポール(信頼関係)が築かれている必要があります.


右腕の採用

 梅華会の経営が軌道に乗り,分院が1つできたところまではまだよかったのですが,分院が2つ,3つと増えていくにつれ,スタッフのマネジメントに自分の目が届きにくくなっていくことに大きな不安を感じていました.スタッフの仕事環境を知りたいと思えば,今まではすぐに面談ができ,それで済んだのですが,分院が増えるとそういったこともままならず,私の代わりとなるスタッフを探し求めていました.経営コンサルタントにスタッフのマネジメントをお願いしていた時期もありました.私の中には,マネジメント業務こそ理念を共有するスタッフで賄うべきという信念はあったのですが,なかなかよい人材に巡り合うことができませんでした.
 私が求めていた人材とは,医療技術のあるなしに関わらず,ただただ理念を共有できる人材です.本気で梅華会のミッションを育てることをコミットメントしてくれるスタッフが欲しかったのです.
 苦労の結果,現在では理念を共有できる新しいスタッフに恵まれ,マネージャーとして活躍し,より組織が強固になったと感じられるようになってきました.そして私も心の安寧といいますか,心の平穏といいますか,彼なら任せていても安心だと思えるようになり,日々の診療にしっかり身が入ると同時に,目指しているエンパワメント力の強化が図れました.
 トップの考えを理解してくれるスタッフが周りにいるかどうかは,組織の成長の度合いに大きく影響すると考えています.組織の幹部がトップの言葉を翻訳し部下に伝えていくことが文化・風土の育成に繋がります.ここでいう翻訳とは,トップが伝えた言葉を,例えば比喩を用いて説明したり,よりかみ砕いて説明したり,部下のわからないところをよりわかりやすいように伝えるために言葉を変えて説明することによって,より理解度を深めるということです.トップがスタッフ全員と,密に時間を共有していけばそれはスタッフにも徐々に浸透していくでしょうが,時間は限られているので,トップの考えを間に入って正しく説明してくれる人材がいるなら,その方が効率的です.右腕となる人がいれば,例えば,医院長が学会で出張,あるいは講演会で代診を立てるといったときにも,しっかりと現場を見ていてもらえるという大きな安心感を得ることができます.
 うちのクリニックは小さいから,と右腕の採用を諦めてしまうのは簡単です.でも,本当に右腕となる人を採用したいのであれば,今からでも準備できることはあるのではないでしょうか.例えば,梅華会においては,ホームページに採用の専門サイトを構築して,はっきりと私たちの考えを打ち出し,人材の募集を行っています.その内容は,いわゆる美辞麗句を並べたような甘い話だけではありません.梅華会の理念を示すと同時に採用する人材には,理念を理解し同調し共有することを求めていることも明確に示しています.そして,採用後の理念共有の過程にあっては厳しいこともあるが,その仕事の中にやりがいがあることを記載しています.そして,このように募集したことで,やりがいを真に求めるスタッフが右腕として採用できました.


チーム医療

 現在の多くのクリニックが,院長を頂点としたピラミッド構成になって,スタッフの意見の集約が果たされていない──というのが私の仮説です.その仮説に基づいて,自分がトップとしてどのような行動を示していくべきなのかについて,私の考えをお話しします.
 一般的に,学生から社会人になった時は,社会人の基本について先輩方から教えてもらうことが多いのではないでしょうか.それはどの業界でも同じことが言えると思いますが,医療業界においても医師が大学を卒業すると大方は医局に入り,その医局の先輩方から指導をしてもらいます.私も,医局の先輩方からたくさんのことを学びました.ただし,医療技術,知識については豊富に教えてもらえるのですが,チームとして医療を達成するという意味で,看護師,医療スタッフ,その他コメディカルとの人間関係をうまく保ちながら連携をとって仕事をするという点に関しては,あまり指導してもらえないのが実際です.
 これは私の偏見かもしれませんが,医師はピラミッドのヒエラルキーの上に立ち,いわゆるお山の大将のようになってしまい,ややもすると他のスタッフとうまく対等な関係を結ぶことができずに,ふんぞり返って思うがままに一方的に指示を出してきた,ということが多いのではないかと思っています.
 もちろん,そうではない医師がいることも事実です.しかし,私も医局時代にお山の大将的な影響を受けたことは否めません.つまり医局で,チームでの仕事経験が浅かったり,仕事経験はあったとしてもうまく機能しなかった場合は特に,医師はお山の大将との考えが根付いてしまうのです.
 しかし,開業した今,そうしたトップが一方的に押し付けるマネジメントでは成果が出ないと思っています.なぜならば,そういった上からのマネジメントは,部下の一人ひとりの主体性を奪ってワンマンプレイをしているだけだからであり,逆にチームの成員,各個人が主体的に行動すれば,1+1が3にも4にもなることを確信しているからです.
 だからこそ,チームによる目標達成はおもしろいと言えます.そこにマネジメントの妙味があり,レバレッジを活かすことによってチームとしての医療は活性化するのです.受付,診察室,会計,待合室──全てが有機的に,お互いを補完するように機能することで,顧客である患者さんの満足度は向上すると言えるのです.
 逆に,診察室が孤立している,受付が会計のことはわからないといった状態では,患者さんは不安になるし,満足度が得られません.診察室の中の状態を受付スタッフが理解していれば,患者さんに対して適切でスムーズな応対ができます.
 チーム医療は共育,つまりお互いが学び合いながら高めていく,成長していく過程が重要であり,逆に,チーム医療から期待できる効果の一つが共育です.


何を目的にチームは集まるのか

 クリニックを運営する上において,まず人を採用することが必要となります.その時に,何を目的として人を採用するのでしょうか.自分のクリニックのアピールの仕方はいろいろあります.福利厚生制度が充実しているとか,完全週休2日制であるとか,残業は一切ありませんとか──そういったことも,もちろん大切だと思います.しかし,私は,その仕事はどういう仕事で,そこで働くことでどういったことが叶えられ,その仕事を通してどう人の役に立てるか,といった充実感を味わえることをアピールしていきたいです.そして,私は,そういう人たちと一緒に仕事をしていきたいです.
 目的があくまでお金というチームメンバーでは,私の考えるビジョンやミッションは達成できませんし,組織発展のためには,何のためにチームは集まるのかということをリーダーである院長が,常にスタッフに伝えていく必要があります.
 その最初の一歩がスタッフの採用なのですから,採用募集媒体,例えば新聞広告でも,どういった人材が欲しいのかとをしっかりアピールする必要があります.よくチラシで見かけますが,勤務時間,給与,それ以外の福利厚生だけを載せているようでは,その仕事の中身もわかりませんし,応募について判断する基準が,給与=お金でしかなくなってしまいます.そのようなことを避ける上でも,目的意識をはっきりさせてチームメンバーを募集し採用することが重要であると言えます.
 そして,実際の仕事のなかでスタッフ自身が充実感を得るには,募集した側の目的からはずれるような行為・行動は慎むよう指導しなければなりません.山の頂上が見えていれば,リーダーがたとえ不在であっても,チームはその山の頂上に向かうことが可能になります.
 採用に関してもそうですが,リーダーは,常々そういうことを意識すべきであると考えています.


どのような人物を採用するか

 どのような人物をスタッフとして採用するかが組織運営の肝であるということは,今になっては当然のことと理解していますが,7年前の開業当時には,そういったことは全く念頭にありませんでした.とにかく,当時,スタッフにはただスキルを求めていたように思います.就職希望者の履歴書を見ても,過去のクリニックへの勤務歴とか,看護師さんであれば点滴や採血に関する経験値を重要視して採用してきました.その結果どういうことが起こったかというと,勤務するスタッフ自身が,なぜ就職先としてこのクリニックを選んだかについてわかっていないので,退職してしまうケースが見受けられるようになったのです.
 私のクリニックよりも高い給与を出しているクリニックはいくらでもあります.有給休暇なども含めて,もっと福利厚生が充実しているクリニックもあります.給与や福利厚生,そういったものを全て勘案したうえで,どうしても私のクリニックで働きたいという想いをもつ人材を採用してこそ,継続して勤務してもらえるようになるのです.その人個人が求めるものが,勤め先のクリニックの求めるものと合致するのであれば,採用後は全く異なった結果が得られるようになると考えられます.
 一言で言うと医療の提供に対する理念の共有ということになりますが,私たちクリニックが,今,求めている使命に深く共感してくれるスタッフを採用していくことが,組織がより強化される要因になると考えて間違いありません.採用方針を変更してきたことで少しずつクリニックの文化・風土も変化してきました.誰か1人がネガティブな言動ばかりを言っていると,それは腐ったリンゴのように感染していって,その組織や文化・風土にはネガティブな雰囲気が蔓延することにも繋がりかねません.何度も言うとおり,クリニックとしてどういった想いの人材が欲しいのかをより明確にすることで採用活動が活性化され,クリニック全体も成長できると考えています.
 スタッフを採用するに当たっては,「なぜ採用するのか」「どういう人材が欲しいのか」というところから考えていく必要があるのです.クリニック業界はまず人と接する仕事ですから,当然,人と接するのが好きな人,あるいはいつも笑顔を絶やさず人を和ませられる人がよいでしょう.
 一方,極端に言えば,履歴書を見ただけで「この人はうちのクリニックには合わない」とか「本人が当院を希望していたとしても,もっと他にいい職場があるのではないのか」と思うことは多々あります.『ビジョナリー・カンパニー』の著者,ジム・コリンズは,「誰をその目的地のバスに乗せるのかということが非常に重要だ」と言っています.しっかりとしたマッチングが必要であり,雇用者・被雇用者,双方にとってWin-Winになれるような,そういう採用を目指すことが必要なのです.
 そのためには,まず,こちら側として求める人材に対する情報を就職希望者に提供しなければなりません.梅華会では,就職希望者にはホームページ上の採用専門サイトに必ず目を通すようお願いしています.一般の求人媒体で募集をかけたとしても,必ず最後にこの採用サイトを見て応募してくださいというような文言を入れておけば,応募者は見てくれるはずです.ホームページにある採用専門サイトには,梅華会の求める人材はどのようなものかを本当に細かく書いています.まずは,梅華会ではどういう人材を求めているか,そして,具体的な業務内容,他にも,誰に対しても優しく接しられるか,素直に人の意見を聞くことができるか,あるいは絶え間ない成長する向上心を持っているか……などなど,梅華会で求めている人物像についても詳細に掲載しています.どれも当たり前だと思われる内容ですが,その当たり前のことを徹底的にできる人材は,本当に限られていると感じています.
 また,募集する職種によって求める内容が異なりますので,採用専門サイトでは求める職種に応じてその内容も変えて記載しています.具体的には,医師の採用,看護師の採用,医療スタッフの採用,経営企画の採用,そしてポップデザイナーの採用──と,5つの部門に分けています.


 新卒の採用に関しては,一般企業の就職情報サイト,マイナビにリンクを貼って,そちらからエントリーしてもらうようになっています.当クリニックの想いを深く伝えることによって,エントリーの数は年々増え,2015年度は約800人の新卒の皆さんからエントリーをもらうことができました.入職したスタッフに話を聞くと,当クリニックの採用専門サイトは非常に参考になったと言ってくれます.その中には,院長やスタッフの紹介があったり,スタッフの毎日をつづるブログ,院長ブログともリンクしています.現場で働いている私たちがどのようなことを思って日々仕事をしているのかもわかるようになっているのです.「スタッフの1日」というコンテンツでは,朝出勤してからの業務,そして昼休み,午後の業務といった1日の仕事の流れがわかるようになっています.そして,私たちの普段行っている業務などをありのままに伝え,示すことによって,その考えに同調した就職希望者と面接します.
 つまり,まず採用専門サイトであらかじめある程度当クリニックとマッチすると思われる人材に絞り,次のステップの面接や筆記試験に向かうという体系を採っています.
 医療というものは非常に社会性の高い仕事です.これからどんな環境になっても医療は必要不可欠ですし,景気・不景気の波にも比較的影響を受けず,安定しています.どんな過疎の地域でも医療という仕事はあるのです.そういったことも踏まえてか,近年,医療事務の資格を取りたいと思う女性の方が多いとも聞きます.裏を返せば,社会に貢献したいという人材が集まりやすい職場だと考えられますので,医療が魅力あふれる業界だということをアピールできるような情報を応募者に提供できれば,それに共感する人材も現れてきます.
 また,特に新卒採用を通して既存スタッフの成長が加速するように感じています.新卒を採用すると,避けて通れないのが「教育」です.自分にとっては当たり前にできていることができないスタッフに対して,どのような言い方で伝えていくのか,どのように仕組み化して教えていくのか,そういったことを,逆に既存スタッフが問われることになるので,既存スタッフにとっても考える必要が出てきます.エドガーデールの『学習の法則』にも人に教えることが一番の学びだとあるように,教えて80パーセント理解できるのです.教えるという行動の結果,私たちが得られるベネフィットは決して少なくないのです.
 現在,新卒を採用して5年目になりますが,新卒採用のノウハウを身につけてきたことはもちろんのこと,採用活動をしてきたスタッフがまさに白のキャンパスのごとく私たち法人の方針をしっかりと理解し,そして実行するようになりました.したがって,そのスタッフには,梅華会の各クリニックにおいて現場を任せることができるようになったと同時に,任せた私は,また新たな仕事に挑戦できるという正の循環が得られています.
 新卒で採用されたスタッフは教育に時間がかかり,すぐに現場で即戦力として働いてくれるわけではありません.しかし,クリニック自体が成長して規模が大きくなれば,教育に割ける時間も増してきますし,分院が増えれば増えるほどより効率よく運営することができます.ひいては,一連の採用活動にもとても素晴らしい環境が構築できてくると感じています.そればかりではありません.梅華会は,毎年およそ4,5名を採用しているのですが,同期の仲間,あるいは先輩・後輩と共有する時間,大切な人と共有する時間も人を成長させる大きなきっかけになっているのです.


コラム 新卒採用

 開業して丸2年がたった時に,スタッフは新卒を採用するという大きな決断をしました.それまでに採用したスタッフは皆パートであり,主に子育てが一段落された世代の方々でした.当然,仕事のやり方はすでに覚えていて,人との接し方や社会人としての考え方も身につけているので即戦力になり得る人材でした.しかし,私のドクター仲間たちから新卒採用の意義を伺っているうちに,新卒採用に踏み切ることにしました.
 最近上場したリクルートの『人材活用術』の中に,「1に新卒採用,2に人事異動,3に研修教育」という言葉があります.スタッフを活性化させるためには新卒採用が一番重要ですよ,というリクルートのメッセージは私にとって衝撃でした.大学を出て間もないスタッフを本当に1人前に育てることができるのか,そして,そのような重責を私が担えるのか思案しました.新卒者にとっての就職というのは,結婚に例えられるくらい本人にとって非常に重要なイベントです.最初に就職した職場での経験が,その後の人生にすごく影響を及ぼすことを私自身も身に染みて知っています.そのような重大な役割を自分が担えるのか,それは自分にとって大きな責任であると同時に大きなチャレンジであると考えました.
 その当時のパートスタッフは,本当は教える手間が増えると考えていたかもしれません.しかし,新人教育を快く引き受けてくれました.先輩の行動を見た後輩がどんどん成長していく様を見て,新卒採用に踏み切って本当によかったと思っています.
 逆に,新卒から私たちスタッフが学ぶこともたくさんありました.「教える機会があるということは,一番自分自身が教わることである」という格言を聞いたことがありますが,本当にその通りだと思います.自らが人に教えることで,自分の頭の中が整理され,より一層その行為に磨きがかかります.
 新卒というのは真っ白なキャンパスで,そこに自由に絵の具が塗られていく,教育はそういった過程です.素直な新卒を見るにおよび,本当に大事なことを教えるべきであると思うとともにトップとして襟を正すべきだと思うし,スタッフに対しても新卒に対して真摯に対応するよう切に望む次第です.


理念教育

 私は新しく入ってきたスタッフにおおよそ丸1日をかけて理念教育という名のベクトル合わせをしています.ベクトルとは,どういった価値観を大切にしてこの仕事に対してともに向かっていくかであり,その方向を合わせる目的で理念教育を行っているのです.
 入職してきたスタッフは,採用試験を通してある程度の適正はクリアした人材ですが,例え試験の点数がよくても,適性試験の結果がよくても,面接の時の質疑応答がよくても,そもそも根本となるクリニックの理念が理解されていないと,本人と梅華会全員の間でのすれ違いが起きる可能性が高いと思っています.
 梅華会には,梅華通信という梅華会の価値観を大切にするための50の指示があります.その中には例えば,両親を大切にしよう,チームメンバーと仲良く行動しよう,感謝する気持ちを忘れず大切にしよう──とか,本当に当たり前のことだけれど,事前にしっかりと確認しておきたい項目が並べられています.
 「梵字徹底=その道を極めていこうと思えば梵字を徹底すること」というマスタリーの言葉があります.平たく言えば,基礎を飽きずに行うこと,とにかく続けていくことという意味です.マスタリーとはその道を極めた人のことですが,基本中の基本を飽きずに懲りずに徹底的に行い続ける,繰り返し反復する人たちを指すのだと思います.
 私たち梅華会にとっても,理念教育というのは繰り返し何度でも何度でも伝え続けていきたいと思いますし,特に入職間もないスタッフには繰り返し伝え続ける必要があります.社会に出たばかりで真っ新なキャンバスのような状態のスタッフの頭の中はまだ固定観念などもありませんので,その真っ新なキャンバスに私たちの想いをぶつけることを大切にしています.
 また,理念教育は,教える・育てるということもありますが,私としてはともに育つ教育をしたいと思っています.かの有名な松下村塾の吉田松陰先生も説いていた「共に育つ」,お互い考えながら,お互い刺激し合いながら,共に育っていくという環境を大切にしたいのです.
 実際,私にとっても20歳近く下のスタッフから学び取ることもたくさんありますし,その行動に対して人間として感じることもあります.お互いが常々学び合う教育を通して,本当にスタッフ一人ひとりが自分で考えて,自分で行動を起こす,そういう主体性のある人間に育っていってほしいのです.


哲学の浸透 梅華通信

 梅華会は2008年に開業し,最初は全スタッフがパートのみの7名体制からスタートしました.時間帯によっては,医師が1人に受付が1人,看護師が1人,検査スタッフが1人の4人でシフトを回しているときもありました.有り難いことに,スタッフが増えるにつれ患者さんから多くの評価をいただいていることに感謝している毎日です.
 その一方,トップとしての運営方針を隅々まで行きわたらせるにあたり,普段なかなか接することが少ないスタッフが増えてきたことも事実です.あるいはスタッフの入退職に伴い,伝えてきた風土が途中で途絶えてしまう懸念も憂慮されるに至りました.
 そのような状況の中,私の尊敬する「ヨリタ歯科クリニック」の寄田幸司先生のスタッフミーティングに居合わせる機会を得ることができました.先生が1回当たり50部作成したクリニックの通信誌に記載された「ヨリタリズム」というフィロソフィー哲学を,週1回のミーティング毎にスタッフに代読してもらい,それについてスタッフが自分の意見を発表し合っていたのです.その場に居合わせた私は,雷に打たれたような気分で,即座に自分の哲学を紙にまとめようと思いました.
 まず,梅華会としても50の哲学をスタッフ皆で共有し,それを共通言語として話し合っていきたいと思ったので,まず50のテーマを考えました.そして,その50のテーマは,クリニックの状況と紐づけて,なぜそのような哲学が必要なのか,なぜそのような考え方が大事なのか──と考えることで梅華会のミッション・ビジョンにより早く到達できるような内容にしたいと思いました.
 50のテーマは,2013年の1月1日から週に1回の梅華通信に,私自身が文章にしたためていきました.自分が大事と思われるテーマに沿って書き続けたことで,現在では梅華会の文化・風土となった考え方の基礎となったようにも感じています.そういった価値観を大切にすることが,企業の根幹,根っこの部分になるのです.
 なお,梅華通信に記載された50 のテーマは院長のブログでも定期的にアップしていますので,ご興味のある方はご覧ください.


コラム 誕生日の花束

 人には皆それぞれに誕生日がありますが,誕生日に対する想いは人それぞれのようで,私は誕生日には特別な想い入れがありませんでした.札幌時代に勤務していた麻生病院では誕生日にはとっても素敵な花束をいただくのが常でした.しかしながら当時独身の私には花束を貰ったところで保管場所に困ってしまい,また花を愛でる気持ちに欠け,自然と触れ合う気持ちや美意識というのも薄かったので,さほど嬉しいと感じてはいませんでした.
 しかし今,こうして経営する立場になって,小さなことでもお祝いすることの大切さを感じています.人は皆サプライズやお祝いを頂くことが嬉しいものです.事柄の大小に関わらず,おめでとうという気持ちで心から拍手を送り,お祝いをして,人の幸せな気持ちに貢献することができれば,自分自身も嬉しい気持ちになります.そこで,梅華会でもスタッフの誕生日に花束を送ることが決まりました.
 ただし,実際に行動に移すまでには時間がかかりました.花束を渡すことはよいことだろうなぁと想いながらも,どうしても自分の思考の制限から,私はその行動に対して大きな価値を見い出せていませんでした.こんなことを考えるとは,何とさもしい,効率主義的な男に思われるかもしれませんが,実際の行動に移すきっかけとなったのは,アチーブメントという会社の青木仁志社長のセミナーです.
 そのセミナーの中で,青木社長はその日が誕生日の受講生に花束を贈ったのです.その時の受講生皆の拍手やお祝いを目の前で見たことで,自分もそのことに取り組んでみたいと心の底から思うようになりました.
 当初,誕生日の花束を企画したときは,スタッフには内緒で突然渡したので,最初に花束をもらったスタッフはとっても喜んで,涙まで流してくれました.
 そうした光景を想い出すと私も本当にやってよかったと感じています.今ではその行動が恒例になり,毎年,毎月,誕生日のスタッフにメッセージカードと花束を渡しています.そして,このように人を祝うという行為そのものが,梅華会の文化・風土を形成することになりました.


 例えば,あるスタッフが退職する時には,皆が自発的に心のこもった色紙を書き写真を添付してその人にお送りします.色紙を送られたスタッフも感謝で喜び,そして「ああ,ここで働いて良かったなあ」と思ってくれていると思います.梅華会の考えの究極は,スタッフの退職時にここで働いてよかったなと思ってもらえることだと考えています.
 今は辛くても,梅華会での学びが,これからの人生に活かせれば,私としてもこれほどの喜びはありません.誕生日に花束を送る文化や風土は,他の行為へと波及しますが,あくまでも一貫して梅華会は人を大切にする文化・風土を持つ組織としてスタッフに浸透していっているのを日々感じています.
 また,アチーブメント社の青木社長は,スタッフの家族の誕生日にもお祝いをしています.青木社長は,そのスタッフがその職場で仕事をしているのは家族のサポートがあってこそだと言います.家族のサポートがあってその社員がその組織で働けているということは,その家族皆にも感謝するべきではないのだろうかと.このことに非常に感銘を受けた私は,スタッフのご両親には花束を,お子さんには図書カードを配布することにしました.
 これらの取り組みは梅華会の経営理念に則した行動であり,大切な福利厚生の一つであると考えています.なぜなら,梅華会は家族主義であり,梅華会のスタッフの家族もまた大事にすべき存在であるからです.

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