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本質の感染症(1)

本質の感染症(1)
[第1回] 現象化
岩田健太郎 いわた けんたろう
神戸大学大学院医学研究科微生物感染症学講座
感染治療学教授

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 別のところで何度か同じことを書いたりしゃべったりしているので「またか」と思われるかもしれないが,「現象化」の話である.
 もちろん昔から感染症は存在していた.が,昔のそれはすべて「現象」であった.「微生物」の概念はない.
 インフルエンザはinfluentiaというイタリア語を語源とする.昔は天体の動きの影響がインフルエンザの発生と流行の原因と考えられたのだ.往時の学問のツートップは錬金術と(占星術を含む)天文学だったのだ.マラリアの語源もイタリア語であり,mala aria,「悪い空気」という意味だ.昔は空気が悪くなるとマラリアになると信じられていた.そういう「間違った原因」を想定し,感染症は現象として,そして現象としてのみ観察されてきた.
 「昔の人はバカだねえ」と嗤うことはできない.東日本大震災のとき,津波のために大量の遺体を長い間埋葬できない状況が生じた.感染症のプロですら,放置された遺体が腐敗して「疫病」が流行したらどうしよう,と懸念していたのだ.腐敗した肉体は異臭を発するが,異臭はメタンやアンモニアなどの化学物質であり,当然感染症の原因にはならない.遺体処理を誤るとB型肝炎などの血液感染リスクは生じるが,俗な意味での「遺体から疫病流行」は起こらない.21世紀の現代人でも印象操作には弱いものだ.
 読んでない方には全く意味不明な文章になるが,『進撃の巨人』のトロスト区奪回作戦でマルコ・ボットが死んだとき,ジャンは「疫病が流行る」からという理由で長くその場に留まることができなかった.感染症学的にはあれは間違った説明で,マルコから感染症は伝染らないのである.まあ,巨人の唾液に未知の飛行可能な病原体がいたのかもしれないけれど.

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