泣く子も黙る感染対策_note用ヘッダー画像

泣く子も黙る感染対策(18)

泣く子も黙る感染対策(18)
第18回 手指衛生(手指衛生のタイミング編)
坂本史衣 さかもと ふみえ
聖路加国際病院感染管理室マネジャー


 前回に引き続き,手指衛生である.今回は,手指衛生のタイミングを取り上げる.医療機関で手指衛生をやらないという選択肢はないが,やみくもにやりさえすれば感染予防の効果が上がるというものでもない.手指衛生の目的が手指を介した病原体の伝播を防ぐことにあることを考えると,(少し古いが)「今でしょ」という効果的な実施のタイミングというものが存在する.しかし,医療現場で忙しく動き回る医療スタッフにとって,そのタイミングを把握することは意外に難しく,手指衛生実施率を下げる一つの要因になっている.

手指衛生はいつ行うのがベストなのか

❶ 患者ゾーンと医療ゾーンの境界線
 効果的な手指衛生のタイミングを理解するには,患者ゾーンと医療ゾーンの違いを知っておく必要がある.患者ゾーンとは,患者と患者の近くに置かれたモノや環境表面を含むエリアである.患者ゾーンに存在する微生物の多くは患者由来である.また,患者ゾーンは患者とともに移動する.医療ゾーンとは,患者ゾーンの外側の領域である.ここは,主にほかの患者や医療従事者由来の微生物で汚染されている.
 患者ゾーンと医療ゾーンの境界線には,直感的にわかりやすいものと,そうでないものがある.わかりやすい境界線の例として,個室のドアがある.患者が個室にいる場合は,ドアの内側が患者ゾーン,その外側が医療ゾーンであることは,わざわざ定義せずとも視覚的に認識することができる.多床室や集中治療室のように,プライバシーカーテンでベッドが仕切られている場所は,カーテンが閉まっていれば境界線を認識しやすいかもしれないが,開いていればわかりにくくなるという特徴がある.また,境界線(カーテン)のすぐ外側に設置された患者専用のPC台などがどちらのゾーンに含まれるのか,曖昧になりやすい.手術室のような広い空間では,手術台とその付近の医療機器のみを患者ゾーンと捉えたほうが適切であるため,目に見える境界線は存在しない.境界線が目に見えないという意味では,外来診察室や処置室も似たような環境である.

 最も効果的なタイミングで手指衛生を実施するには,患者が訪れるあらゆる場所について,患者ゾーンと医療ゾーンの境界線を定義しておくことが望ましい.これは手指衛生のモニタリングから得られたデータを,現場のスタッフに受け入れてもらうためにも必要な事前準備である.この点については次回解説する.

❷ 手指衛生のindicationとmoment
 手指衛生が必要となる場面(これを手指衛生のindicationと呼ぶ)は,“前”のindicationと“後”のindicationに大別される.“前”のindicationは,医療従事者自身や医療ゾーンから患者への微生物の伝播を防ぐために手指衛生が求められる場面である.具体的には,病室に入る前,患者に触れる前,処置の前などが該当する.一方で,“後”のindicationは,患者から医療従事者や医療ゾーンへの微生物の伝播を防ぐために手指衛生が求められる場面である.たとえば,病室を出た後,患者に触れた後,処置の後などが該当する.“前”のindicationと“後”のindicationは,患者・医療ゾーン間の移動や,患者ゾーンのなかで行うさまざまな作業に依存して発生する.たとえば,手術室で術前に麻酔科医,外科医,看護師などが行う各種チューブ・カテーテルの挿入,体位の固定などなどの一連の行為のなかでは,“前”と“後”のindicationが無数に生じる.

ここから先は

2,172字 / 3画像

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?