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Dr.岸田の 感染症コンサルタントの挑戦(28)

[第28回]新型コロナウイルス感染症の現状とワクチン接種普及後のロードマップ―“社会変化による医療ニーズの変化”にいかに対応できるか?―

岸田直樹 きしだ なおき
感染症コンサルタント/北海道科学大学薬学部客員教授

(初出:J-IDEO Vol.5 No.6 2021年11月 刊行)

はじめに

新型コロナウイルス感染症が札幌市にやってきて,約1年半となります.パンデミックとなったこの感染症により,医療現場には大きなニーズの変化が訪れました.この大きな医療ニーズの変化に私たち医療者はどのくらい応えることができたでしょうか? このクリニカルクエスチョンに自問自答する毎日です.“社会の変化による医療ニーズの変化”は,コロナに限らずこれからますます起こることが予測されています.私のMPH(master of public health)の研究テーマは人口学でしたが,世界一の少子高齢化人口減少社会を迎える日本において産業構造の不均衡が最も起こる領域は医療分野となっています【1】.また,感染症界ではコロナが流行る前から薬剤耐性菌の世界的な脅威的拡大と戦っていました.今回のコロナでも感染症専門医の不足が指摘されましたが,感染症専門医の不足は,コロナが流行する前から日本感染症学会が「感染症専門医の医師像・適正数について」として指摘しています【2】.特に北海道はこの広大な大地にきわめて限られた数の感染症専門医しかおらず,この薬剤耐性菌を減らすというミッションにどう立ち向かうか? いち感染症医として解決できぬままもがいていた日々のなか【3】,新型コロナウイルス感染症という新たな脅威まで起こってしまいました.
 私たち医療者が,このような“社会変化による医療ニーズの変化”にどこまで迅速かつ的確に対応できるか? 特に,どこにでも当てはまる正解探しや理想論を振りかざすのではなく,その地域の事情を踏まえたものを受け身ではなく一緒に創っていける一人になれるか,そのようなことを改めて考えさせられた1年半だったと感じます.新型コロナウイルス感染症の状況を,正しく,というか歪みなく理解することこそが皆で創り上げる一歩になると感じます.その情報の一つとして札幌市ではコロナの流行状況をweekly analysisとしてお伝えしています.そして何よりそれを創り上げるのは医療者だけではなく,国民もその一人である,その視点から今は一般向けにも一部公開されています【4】.
 さて,こんな新型コロナウイルス感染症ですが,人類はワクチンという強力な武器を獲得し,いまコロナと対峙するアプローチに変化を迎えています.このワクチン接種によりみえている状況,そしてこれからをお伝えできればと思います.西浦 博先生が数学セミナーで数式をご紹介されていましたが【5】,もうちょっと詳しく説明してほしいという声をよくききますので,そこも含めて説明してみたいと思います.

ワクチン接種により起こる変化をシンプルな数式から理解する

ワクチン接種によりどのような変化が訪れるか? これを札幌市のデータも用いながら理解することが重要だと考えます.まず,ワクチン接種による効果を判断するものとして,ワクチン接種率による集団免疫獲得の計算を再確認したいと思います.
 集団免疫を獲得するためには「実効再生産数(Rt)<1」を達成する必要があります.いま仮に,ある集団の全員が感染性がある(免疫なし)という場合を考えると,「実効再生産数(Rt)=基本再生産数(R₀)」となります.ここでいま,比率pの割合で予防接種をしている集団を考えた場合の実効再生産数は,「実効再生産数(Rt)=基本再生産数(R₀)×(1-p)」となります.つまり,免疫のない人が感染者を生み出しているからです.では集団免疫を獲得するためにはどうなったらよいでしょうか? 集団免疫を獲得するためには「実効再生産数(Rt)<1」を達成する必要がありますので「R₀×(1-p)<1」となればよく,ここからp>1-1/R₀となることがわかります.新型コロナウイルス感染症の通常株でのR₀が2.5とされますので,これを代入するとp>0.6となります.以前からよく報道でも取り上げられていた「60%のワクチン接種率を達成すれば集団免疫が得られる」という数字はこの計算によって算出されたものになります.
 ところが,この計算式はワクチン接種をした人が100%効果があるというシンプルなもので,VE(vaccine effectiveness)というワクチンの効果の指標が入っていません.そこで,このワクチンの効果(VE)をεとするとR₀×(1-εp)<1となり,そこからp>1/ε(1-1/R₀)となります.みなさんもご存知のように,ファイザーワクチンの当初発表されたデータからVEは95%でしたので【6】,ここにR₀=2.5,ε=0.95を代入するとp>0.63となり,「集団免疫獲得には63%のワクチン接種率が必要」という計算になります.ではこれはデルタ株に対してはどうでしょうか? デルタ株のR₀は通常株の2.3倍あるとされ5.75となります.またデルタ株でのワクチン接種による効果の減弱も指摘されています.ここをε=0.8はあるとした場合,なんとp>1.03という結果になってしまうことがわかります.つまり,「現在流行しているデルタ株に対しては100%のワクチン接種率でも流行は抑え込めない」という衝撃の結果が出ることがわかります.この結果に感染症疫学業界はどよめきました.つまり,すごくシンプルに言えば,ワクチン接種を100%達成しても,完全にもとの生活には戻れないということになります[図1].

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