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本質の感染症(11)

本質の感染症(11)
[第11回] 女性化
岩田健太郎 いわた けんたろう
神戸大学大学院医学研究科微生物感染症学講座
感染治療学教授


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 医学生のとき,「女性化乳房」という用語が印象的だった.皆さんはそんなことないですか? が,今回はそれとはまったく関係ない話.

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 本稿執筆時に話題になっているのが東京医大の入試不正問題である.バカ官僚が補助金をネタに息子を入学させたのも腹立たしいが(息子が入学したことより,補助金という権力を私的に乱用したことが何より許せない),それよりひどかったのは女子を採点上差別し,点数の低かった男子を優先して合格にしていたことである.

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 女性が医師だと関連病院が回せない,みたいな言い訳で「必要悪」とかほざいている人がいるらしいが,まったくもって愚かな話である.

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 そもそも,女性がフルタイムで働きにくいのは家事育児(あるいは親の介護,あるいは夫の親の介護)が忙しいからだ.決して体力がないからではない.というか,持久力的な体力で言うならしばしば女性のほうが優れていたりする.そもそも,医療現場で体力勝負なのはむしろ看護師とか助産師のほうで,女性のほうが圧倒的に多い.見当違いも甚だしい.

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 というか,なぜ女性医師が家事育児などで忙しくしているかというと夫が手伝ってくれないからだ.夫がその家事育児の50%を肩代わりしてくれれば,少なくともフルタイムの仕事くらいはできるようになる.そのときパートナーが医師だったら,その男性医師のパフォーマンスは下がるかもしれないが,これが平等というものだ.

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 女3人で男1人分とかほざいた東京医大関係者がいたそうだが,そういうセリフは自分が配偶者の家事育児の負担を100%(50%じゃないよ)肩代わりし,フルに病院で活躍できるようにしてみせてから言うべきだ.どうせ,そういう親父どもに限って家のことは全部妻任せなのである.

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 アメリカではずいぶんと女性医師が活躍しているようにイメージされているが,それは必ずしも正しくない.OECD加盟国でもアメリカ合衆国の女性医師の割合はかなり下のほうだ.ただ,日本がダントツで悪すぎるので,それが日本人目線では目立ちにくいだけだ【1】.

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 だからアメリカに留学した女性医師などは「アメリカは女性に優しい国」と勘違いしがちである.この国では「政治的に正しい(politically correct)」言動をするのが大事だと思われているから,面と向かって差別発言やセクハラコメントをされにくく,その差別意識は気づかれにくい.職場で女性に「おっぱいもませろ」みたいなバカ発言するおっさんはアメリカでは皆無だ.

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 けれども,「政治的な正しさ」に徹底的に厳しいのは,その分差別意識が非常に強いからである.ぼくの観察だと,英米系のコモンウェルスな英語圏の国では,政治的な正しさと強い差別感情がトレードオフになっており,表立った差別コメントに非常に厳しい反面,それは強い差別意識の皮肉な反映になっているように思う.

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 フランスやスペインのような国では,職場でも性的なニュアンスのある会話が男女でなされやすいが,それをセクハラや差別と認識することはあまりないと思う.そもそも,「性的なことがダメなこと」という発想そのものがプロテスタントな観念に過ぎず,決してユニバーサルに正しい概念ではないのだ.性的なコメント=性差別ではない.英米系は,差別感情が強いがゆえに,規制も厳しいのだ.問題が深刻でない国では規制は緩い.アタリマエのことだ.

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 同様のことは人種差別にも認められる.スペイン語で「ネグロ」は黒を意味する一般的な単語で,差別的なニュアンスは持たないし,もちろん禁止語でもない.たしかにスペインでも「ネグロ」を差別的なニュアンスを込めて使うことは可能だが,それは日本語で「このクロが」などと差別的に表現することも可能なわけで,言葉そのものに罪はない.罪があるのは差別感情を持つ話者のみである.

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 しかし,英米では言葉そのものを処罰の対象にしてしまう.ネグロはタブーな差別語となり,ブラックすら差別語となり,「アフリカン・アメリカン」と呼ばねばならない.アフリカン・アメリカンといえば差別はなかったことになるのか? もちろん,そんなことはない.ぼくが知る黒人はだから,「ブラックをブラックと呼んで何が悪い」と憤っていた.同感である.

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 表面上は差別語を使わないことで,差別をなかったことにする.だから,差別感情はネッチリと溜まりこんで,ことあるごとに爆発する.たとえば,大統領選なんかがそうで,現在のトランプ大統領はアンチ女性(アンチ・ヒラリー)とアンチ黒人(アンチ・オバマ)の差別感情が作り出した大統領という一側面があると,ぼくは思う.

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 ま,アメリカの話はこのくらいにして,医療現場の性差別は結局のところ,自分の首を絞める愚行である.「こういう条件を満たした人しか,うちではとらないよ」という高飛車な態度をとっていると,そういう施設とか医局とか,集団はいつか必ず見限られる.差別が観念的に良い悪い,の前に,差別的な集団はその差別に復讐されて滅びるぞ,と警告しておきたい.

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 100%フルタイムで,有給も取らず,病気にもならず,家事も育児も1秒たりとも参加せず,進んで当直に入り,翌日も眠い目をして働き,月月火水木金金なスーパー社畜なドクターしか採用しない病院は,果たして強い病院だろうか.そうではあるまい.この条件を満たさない医師は近づいてこないし,この条件を満たせなくなった,心身バーン・アウトした人々も立ち去っていく.これが昔,小松秀樹先生が警告した「医療崩壊」の構図である.

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