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基礎から臨床につなぐ 薬剤耐性菌のハナシ(43)

[第43回]Acinetobacter baumannii の耐性機序 ②

西村 翔 にしむらしょう
兵庫県立はりま姫路総合医療センター感染症内科

(初出:J-IDEO Vol.8 No.2 2024年3月 刊行)


 前回はAcinetobacter spp.で最も問題となるβラクタマーゼであるOXA-型カルバペネマーゼのハナシをしました.今回は残りのカルバペネマーゼと,ブドウ糖非発酵菌においてはもう一つの重要な耐性機構である多剤排出ポンプのハナシへと展開していきます.

その他のカルバペネマーゼ

❶メタロβラクタマーゼ(metallo-β-lactamase:MBL)

 Acinetobacter baumanniiで確認されているMBLとしてはNDM型,VIM型,IMP型およびSIM型があります.
 NDM型は執筆時点(2023年11月1日)でNDM-61まで61種類のalleleが報告されていますが,そのなかでA. baumanniiで報告頻度が高い酵素型としてはNDM-1,NDM-2,NDM-3,NDM-4,NDM-5,NDM-6,NDM-7があり,頻度は下がりますがその他NDM-40,NDM-42型などが報告されています1,2).Acinetobacter属はKlebsiella pneumoniaeやEscherichia coliといったenterobacteralesに次いでNDM型MBLの分離頻度が高い属であり,A. baumannii-calcoaceticus complexに限らず,他にも複数のAcinetobacter spp.から分離されています3).NDM型は,2008年にインドで入院歴のあるスウェーデン人患者から分離されたK. pneumoniaeで同定されたNDM-1が初めての報告です4)が,そこから短期間に世界中で菌種の壁を越えて拡散していくのに,Acinetobacter spp.が重要な役割を担っている可能性が指摘されています3).その一因として,通常の(プラスミドなどのmobile genetic elementの)接合伝達に加えて,A. baumanniiでは,外膜小胞(outer membrane vesicles:OMVs)を介してblaNDMを含むプラスミドの形質転換が可能であり5),さらには染色体内のプロファージによってもblaNDMの属内での形質導入が促進される6)と想定されています.
 blaNDM-1遺伝子はさまざまな(周辺)遺伝子環境で確認されていますが,プロモータとして機能する(完全あるいは不完全な)挿入配列ISAb125の下流に存在している,という点は共通しています3).このISAb125-blaNDM-1の構造は,その下流にbleMBL(bleomycin耐性遺伝子),trpF(phosphoribosylanthranilate isomeraseをコード),dsbC(tatとも呼ばれる,twin-arginine translocation pathway single sequence domain proteinをコード),cutA1(dctとも呼ばれる,periplasmic divalent cation tolerance proteinをコード),groES-groEL(chaperoninをコード),別の挿入配列であるISCR27といった遺伝子を有しており,さらにその下流にISAb125を伴うことで,複合トランスポゾンTn125を形成します7)[図1].このTn125の構成遺伝子の起源はさまざまであり,groES-groEL-ISCR27に関してはXanthomonas spp.由来8)と考えられており,さらにblaNDM-1はキメラ型遺伝子であり,当初の19 bp分の核酸配列(つまり当初の6アミノ酸)はアミノグリコシド耐性遺伝子であるaphA6遺伝子由来で,他の核酸配列は(まだ同定はされていないものの)既存のMBL遺伝子由来9,10)と考えられています.前回ADC型やOXA型の遺伝子の上流にも登場したことが示すように,挿入配列ISAba125やあるいはaphA611)はAcinetobacter spp.に広く拡散している遺伝子であることから,このblaNDM-1のキメラ型遺伝子はAcinetobacter spp.のなかで融合が起こったと想定されています9).ISCR27は,ローリングサークル型複製によって遺伝子を獲得および蓄積することが可能なため,blaNDM-1の前駆遺伝子(およびそれ以外のbleMBL,trpFなどの一連の遺伝子)を獲得しそれが(ISAba125の下流で)aphA6に組み込まれることでblaNDM-1のキメラ型遺伝子が形成され,その後2コピーめのISAba125がISCR27の下流に挿入されることで,Tn125の複合トランスポゾンが形成されたと考えられています9,10).Acinetobacter spp.由来のblaNDMを含むTn125は,enterobacteralesへのblaNDMの供給源として機能し12),enterobacterales内でTn125は,新たな遺伝子の挿入〔例;IS26,IS903,IS3000やあるいは転移因子様配列を有するMITEs(TIMEs)など〕や遺伝子再構成によって分断(interruption)されたり一部が切り取られ(truncation),新たにblaNDMの上下流に組み込まれた(flanking)前述の挿入配列によって新たな複合トランスポゾンが形成されます3)[図1].また,挿入配列共通領域(例;ISCR1)の作用によってblaNDMが複製(tandem copies)されたり13,14),あるいは挿入配列(例;IS26)の作用によって1つのプラスミド上に2つのblaNDMが存在する15)ことも可能です.blaNDM-1に限らず,他のblaNDMのalleleでも多くは(完全あるいは不完全な)ISAba125を上流に配しており,これはNDM型のalleleはNDM-1の変異によって出現していることを示唆しています3).blaNDMは,例外的に染色体上に存在する場合もあります16)が,ほとんどの場合はプラスミド上に存在します.ただしプラスミドの型(replicon type)には一貫性はなく3),多種のプラスミド上に存在し,さらに転移因子(Tn)もさまざまな型を取りうるということは,blaNDMが種内,種間/属間で拡散していきやすいことを示唆しています.

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