道場破り_18_note用ヘッダー画像

日本全国感染症ケースカンファレンス道場破り(18)

日本全国感染症ケースカンファレンス道場破り(18)
[第18話]宮崎でルンバールの危機‼
vs 山中篤志(宮崎県立宮崎病院内科)
忽那賢志 くつな さとし
国立国際医療研究センター
国際感染症センター/国際感染症対策室医長


忽那「東京に帰るつもりが道に迷ったな……」
上村「鹿児島から東京に帰るのに徒歩って時点で迷うに決まってますけどね」
忽那「まあまあ,いいじゃないか.のんびり帰ろう.お,あそこに病院があるから一晩泊まらせてもらおうじゃないか」
上村「病院はホテルじゃないんですけど」
忽那「堅いこと言うなよ.空いてる当直室とかあるってきっと.すいませ~ん,ちょっと泊まらせてくださ~い」
上村「先生,ここ救急外来ですよ.お仕事の邪魔になりますからやめましょうよ」
山中「ムムッ! 40歳代の男性が病院をホテルとうっかり間違えて来院……隣りにはパートナーと思わしき男性……そしてなぜか2人とも柔道着……看護師さん,ルンバールの準備をお願いします!」
上村「違うんです! 神経梅毒じゃないんです!」
忽那「ほほう……このパターン,久しぶりだな! その診断力,貴様,只者ではないな!」
山中「いやいや,そんなそんな……大したことないですよ.それよりも早くこのベッドに横になってエビのように丸くなってもらえますか?」
上村「めっちゃルンバールする気まんまんですね!」
忽那「人の話を聞かないヤツだな.いいだろう……感染症業界の風雲児であるこのオレに症例を提示してみろッ! そしてオレが見事に診断できたら一晩の宿を提供すべしッ!」
山中「はい,ペニシリンGの点滴が第一選択薬ですから,基本入院でと思ってますよ」
忽那「だから神経梅毒じゃないと言っているだろうがッ!! いいだろう,オレが診断できなかったらルンバールさせてやるッ!」
上村「先生,体張ってますね……」
山中「わかりましたよ……じゃあ症例を提示しましょう.救急外来が混んでますので手短にいきますよ.私が初期研修医のときの症例です」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
30歳代の男性が発熱,咳嗽を主訴に救急外来を受診した.X-11日からX+2日までインドネシアのバリ島に渡航していた.バリ島滞在中のX日の夜間に倦怠感,関節痛が出現した.帰国後,関西空港経由での宮崎への機内では風邪薬を服用した.その後も体調不良が続くためX+3日に宮崎市内の病院を受診し,39℃の発熱,咳嗽,咽頭痛を認め肺炎が疑われたが,胸部X線検査で肺炎所見は見られなかったため急性上気道炎と診断され帰宅した.しかし,帰宅後も高熱,咳嗽など症状が増悪し,意識が朦朧としたため救急車を要請し宮崎県立病院の救急外来に搬送された.
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

上村「先生!」
忽那「ああ……海外渡航歴があるな……」
上村「やりましたね!」
忽那「フッ……このオレに海外渡航歴のある症例で挑むとは……飛んで火に入る夏の虫というやつだな……」
上村「さすが『輸入感染症に自信ニキ』……これは勝ち戦ですね!」
忽那「うむッ! 『症例から学ぶ 輸入感染症A to Z ver. 2』絶賛発売中ッ!」
山中「大した自信ですね……誇大妄想……これも神経梅毒による症状なのか……」
上村「でも先生,発熱,咳嗽,咽頭痛という症状ですよね.これって輸入感染症っぽくなくないですか?」
忽那「うむ,鋭いな,上村.マラリア,デング熱,腸チフスといった輸入感染症は多くの場合“フォーカスのない発熱”のプレゼンテーションで受診することが多い」
上村「“フォーカスのない発熱”では輸入感染症を想起して海外渡航歴を聴取すべし! って『A to Z』でも書いてましたもんね」
忽那「その通りだ.しかし,今回の症例のように気道症状を伴う発熱となると,こうしたマラリア,デング熱,腸チフスといった感染症の可能性は下がるだろう.もちろんデング熱や腸チフスの患者で咽頭痛や咳嗽がみられることもあるけどな」
上村「ってことは……まさか渡航歴は関係なしですか!」
忽那「いや,そうとも限らないぞ.輸入感染症としても頻度の高い呼吸器症状を伴う発熱疾患として忘れてはならないアレがあるだろう」
上村「アレですか……?」
忽那「ピンときてないようだな.インフルエンザだよ.インフルエンザは輸入感染症としても頻度の高い感染症なのだッ!」
上村「ほ~ん.ちなみにこの症例は何月の症例ですか?」
山中「11月です」
上村「11月か……まだインフルエンザが流行するにはちょっと早いんじゃないですかね?」
忽那「いや,輸入感染症としてのインフルエンザは通年でみられるのが特徴だッ【1】!」
上村「なるほど.じゃあマレーシアで感染した,ただのインフルエンザですかね……」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
既往歴,家族歴に特記事項はない.食物や薬剤へのアレルギーも特にないという.バリ島には妻と2人で渡航しており,X-2およびX-3日に接触した現地ガイドは咳が持続しており,X-10日にこのガイドの自宅で放し飼いの鶏を捕まえて料理したことが判明した.
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

上村「放し飼いの鶏を捕まえて料理ですか……ワイルドですねえ……」
忽那「ガタガタ……」
上村「先生,なに震えてるんですか.悪寒戦慄ですか」
山中「なにッ! 神経梅毒に敗血症を合併したか……看護師さん,血液培養の準備をお願いします!」
上村「たぶん痛風発作だと思います」
忽那「どっちも違うわッ! この鶏のエピソードの恐ろしさがわからんのか,上村ッ!」
上村「え……鶏をその場でしめて食べるっていう,ワイルドな男がやりがちなただのやんちゃなエピソードですよね? 先生,こんな他愛のないエピソードになにビビってるんですか……先生,チキン野郎ですね(鶏だけに)」
忽那「うるさいッ! いいか上村……これは濃厚な鳥との曝露歴だ……東南アジアで鳥との曝露歴があった後にILI(Influenza like ilness)症状がある……これはつまり鳥インフルエンザの可能性があるってことだ! この症例の場合,インドネシアだからH5N1インフルエンザを想定する必要があるな……」
上村「ほ~ん」
忽那「おまえピンときてないだろ」
上村「てへ☆」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
バイタルサインは,意識清明,体温38.3℃,血圧94/56 mmHg,脈拍数67 bpmであった.発汗著明であり,左右浅頸リンパ節は圧痛を伴う腫脹を認めた.咽頭の発赤腫脹はなく,心音,呼吸音に異常を認めなかった.腹部は平坦,軟で四肢には異常を認めなかった.
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

忽那「ぬう……身体所見上はあまりはっきりとした所見はなさそうだな」
上村「肺炎を疑うcracklesとかもないみたいですね」
忽那「まあでもやはりこの時点でインフルエンザは除外しておきたいよな」
上村「輸入感染症としてのインフルエンザっすね」
山中「ではインフルエンザの迅速検査の結果をお教えしましょう」

ここから先は

4,624字 / 4画像

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?