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微生物検査 危機一髪!(28)

[第28回]誤嚥性肺炎とグラム染色

山本 剛 やまもと ごう
神戸市立西神戸医療センター臨床検査技術部

(初出:J-IDEO Vol.5 No.6 2021年11月 刊行)

 先日,研修医とグラム染色について話をしていたときのことです.

:先生はメンデルセン症候群って知ってますよね?
研修医:はい.化学誤嚥による肺臓炎のことですよね.そういえば,大学のときに覚えましたが,研修医になってからは使う機会がありません.
:じゃあ,先生はメンデルセン症候群と誤嚥性肺炎の区別ってどうしていますか?
研修医:メンデルセン症候群だけでは肺炎と考えないので,誤嚥したというエピソードと肺炎像があり,そこから2日以上発熱が持続するときは誤嚥性肺炎と診断します.
:ほうほう.2日以上って何か医学的根拠があるんですか?
研修医:2日以内に改善が認められる場合は抗菌薬を投与しないか,投与している場合は中止の検討を行うので,2日以上であれば誤嚥性肺炎であろうと考えます.
:なるほどです.じゃあ,誤嚥性肺炎と診断した場合に嫌気性菌のカバーってどうしていますか?
研修医:基本的にはカバーは行いません.しかし,気道閉塞や誤嚥が慢性的にあり,肺化膿症や膿胸となりつつある症例では嫌気性菌までカバーを考えます.
:でも,誤嚥性肺炎は嫌気性菌が検出されるからすべての症例で嫌気性菌をカバーするために,SBT/ABPCやTAZ/PIPCといったβ-ラクタマーゼ阻害薬を配合した抗菌薬を投与しろ! っていう人いるじゃないですか.それってどう思いますか?
研修医:嫌気性菌が関与することはあるのでβ-ラクタマーゼ阻害薬が配合された抗菌薬のほうがよいこともありますが,逆に使用することでC. difficile関連腸炎のリスクが高くなるので,使用は控えたほうがよいと考えています.
:よく勉強されていて,知識をしっかりと役立てていますね.
研修医:研修医のうちに色々な科を回り,今後役立つ知識をしっかりと吸収していきたいです.グラム染色も研修医のときに覚える時間もあるので,しっかりと覚えていきたいです.

 何気ない検査室での一コマですが,微生物検査技師もこのような会話から色々と勉強ができるし,診断検査としてのグラム染色の幅が広がります.

1.微生物検査技師は知らない「メンデルセン症候群」

 微生物検査をしていてもメンデルセン症候群(=化学性肺臓炎)という名前をきく機会は非常に少なく,喀痰検査の依頼理由をみていくと「誤嚥」または「誤嚥性肺炎を疑う」というコメントが目立ちます.おそらく多くで化学性肺臓炎と誤嚥性肺炎との区別をしっかりと行っていないのかもしれません.
 嚥下障害に伴う肺疾患のことを嚥下性肺疾患といいますが,嚥下性肺疾患は誤飲物の種類や量,分布により,①誤嚥性肺炎,②メンデルセン症候群,③人工呼吸器関連肺炎,④びまん性嚥下性細気管支炎の4つに分類されます.
 なかでもメンデルセン症候群は,胃の内容物が逆流を起こし,肺に落ち込むことが原因となる炎症性疾患のことですが,臨床症状として,呼吸困難感のない乾性咳嗽や頻脈,血痰,泡沫痰が出現することが特徴的です.胃液のpHは低いため一時的に化学炎症を引き起こしますが,半数以上の症例で2日以内に症状が改善するため抗菌薬は不要か,一時的投与で中止されます.しかし,メンデルセン症候群は1/4程度の症例で2次性に肺炎まで発展し,呼吸不全に陥ることがあり,これを誤嚥性肺炎と呼びます.

2.“ムセる”はすべて誤嚥性肺炎なのか?

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