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本質の感染症(7)

本質の感染症(7)
[第7回] 形骸化
岩田健太郎 いわた けんたろう
神戸大学大学院医学研究科微生物感染症学講座
感染治療学教授


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 雑誌連載においてなんといっても怖いのが「形骸化」だ.つまりはマンネリである.

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 繰り返すことがマンネリなのではない.古典芸能の能,狂言,文楽,歌舞伎,そして落語などはみな同じことの繰り返しだ.能とか神楽では,バックに流れる音の単調さ,リズムの繰り返しが高揚感すら生む.「序破急」というやつだ.この話は石見神楽と16ビートの特徴として,拙著『サルバルサン戦記』(光文社新書,2015年)でも説明したことがある.

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 マンネリ,すなわちmannerismの語源を調べると,案外わからない.ぼくは通常小学館の『ランダムハウス英和大辞典第2版』を使って英語の語源を調べる.今はスマホのアプリになっているのでとても便利だが,紙版を手で抱えるととてもでかくて重いこの大著ならばたいていの英単語の語源が詳しく載っている.

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 が,mannerismは語源「1803」と初出の年が書いてあるだけで,何の説明もない.ネットで調べるとどうもmannerからの派生語みたいだ(http://www.dictionary.com/browse/mannerism).ネット社会は良い社会だ.ちなみにmannerismは「マ」にアクセントがあり,「マ」ネリズムのように読む.mǽnərìzm.http://en.hatsuon.info/word/mannerismに行けば音を再生できる.ネット社会は良い社会だ.

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 mannerismには実はたくさんの意味がある.
1 (言動などの)癖,特徴;(芸術・文学・演説などの)型にはまった手法,マンネリズム
←これがぼくらがよく言う「マンネリ」.
2 (特殊な様式・態度などへ)強く固執すること;(様式の)凝りすぎ,気取りすぎ;わざとらしさ,不自然さ
←これはスノッブな態度というか,そういうニュアンスだ.
3 16世紀にヨーロッパ,特にイタリアで発達したルネサンスからバロックへの過渡期の様式;複雑な遠近画法,形態の過度の伸長,人物の不自然な姿勢,強い色彩などが特徴
←いわゆるマニエリスム.これはエル・グレコなどが代表とされるが,イマ的に言うならばまさに「ジョジョ」であろう.
4 気取りの多い凝った文体を特徴とする作品傾向;異端・奇想などを強調
←これはまさに本連載であり,筆者自身である.マンネリ岩田とペンネーム変えようかしら.
5 {医学}衒奇症状:分裂病患者,特に緊張病患者の奇妙な行為{態度}
←1994年に出た「ランダムハウス」ではまだ「分裂病」を用いている.若い読者のために蛇足を承知で申し上げるとこれは現在の「統合失調症」のことだ.今でも医学用語として通用するかは,知らない.
とまあ,さまざまであり,安易にmannerismなんて使うと思わぬ誤解を生んでしまいそうである.

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 もちろん,カタカナの「マンネリ」が英語の語源を忠実に守っているわけではない.「アルバイト(バイト)」の語源はドイツ語のArbeitで,これは「仕事」という意味だ.

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 『大辞林』では「マンネリ」は「マンネリズムの略」とあり,「マンネリズム」をひくと,
思考・行動・表現などが型にはまり,新鮮さや独創性がなくなること.
とある.これがわれわれの使うところの「マンネリ」だ.

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 能や神楽での繰り返しは,繰り返しそのものが高揚感を生む,「狙ってやっている」繰り返しだ.古典落語も同じ話をマイナーチェンジを重ねながら,何度聞いても面白いようなやり方で演じているから,「マンネリ」とは言えない.

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 ぼくは一時期,医学雑誌からの原稿依頼をほとんどすべて断っていた時期がある.今もたいてい断っており,監修者が沖縄県立中部病院の先輩だったりしない限り,お断りしている(OCHには体育会系の鉄の結束があるので,上の命令……依頼……は断れない).

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 理由は経済効率とマンネリだ.経済効率というのは,PubMedに収載されない日本の医学雑誌の賞味期限が非常に短く,多くの場合ネットから読めないので図書館の倉庫にしまい込まれてしまい,その月に読まれなければ未来永劫読まれない,という恐ろしいリスクを持っているからだ.ならば,いつまでもアマゾンで売っていて長く読んでもらえる書籍を書いたほうがずっと経済効率はよい.もちろん,単行本も絶版になればおしまいだが,電子書籍の誕生でそのリスクはずっと小さくなっている.書籍の電子化の功績は大きい.紙の本の価値とは独立して,大きい.

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 マンネリは医学系雑誌の宿痾である.毎度毎度似たような特集を似たような筆者がやる.感染症は領域の幅が広い分野なのでピンポイントなトピックの専門家は少ない.西ナイルとか,日本海裂頭条虫の総説を書く,となるとたいてい決まった人が執筆する運命にある.同じことを,何度も書く.ぼくも2001年以降,毎年のように炭疽菌について総説を書いていた時期があった.とにかく,特集はマンネリ化する.「敗血症特集」,「風邪特集」,「輸入感染症特集」,「抗菌薬特集」などなど.

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 これぞ,ザ・マンネリである.

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 「J—IDEO」を作るときに,いわゆる「特集」を組まないことに決めたのは,特集がマンネリと非常に親和性が高い構造を持っているからだ.巻頭の大きめの誌面は誰かが単独,単一で書く.しかし,同様のトピックをまとめて一冊の雑誌にすると「まだどこかで見た既視感たっぷりの特集」になり,その雑誌のレゾンデートルはダダ下がりしてしまう.

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 雑誌冬の時代であり,医学系であれそうでない分野であれ,とにかく雑誌の立場は悪い.「雑誌は終わった」という人すらいる.

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 しかし,そうはいっても雑誌の勢いはなかなかのものである.なるほど,「週刊少年ジャンプ」の発行部数はピーク時の3分の1以下と言われている.しかし,それでも今も毎週100万部以上売れているのだ.発行部数100万部以上の単行本がいったい年間何冊出版されるであろう.100万人以上が読むネット記事やツイートやインスタグラムがどのくらいあるというのだ.

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 ジャンプの最盛期が異常すぎたのである.当時は現在と違って娯楽も少なく,週刊マンガに皆が共同幻想を抱いてのめり込めたのだ.大晦日は紅白歌合戦を見て,正月は芸能人のかくし芸を見ていたのだ.そういう共同体は,今後一切日本には出現し得ないのだ.

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 そう考えると,これだけ社会の分断化が進み,人口が減り,価値が多様化していく社会のなかでジャンプが毎週100万部以上も売れていることのほうが奇跡的なのである.

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 では,なぜジャンプは今もそんなに人気なのか.


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 それは仕掛けの多さ.ぼくはそう考えている.

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