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泣く子も黙る感染対策(17)

泣く子も黙る感染対策(17)
[第17回]手指衛生(基礎知識編)
坂本史衣 さかもと ふみえ
聖路加国際病院感染管理室マネジャー


 手指衛生は最も重要かつ基本的な感染対策に位置づけられているものの,医療従事者の平均的な手指衛生実施率は40%に満たないことがわかっている【1】.手指衛生は本能ではない.学習により後天的に獲得される行動様式であり,それには組織を挙げた積極的かつ複合的な対策が必要とされる.今回から数回に分けて手指衛生実施率を向上させる対策について解説するが,まずは手指衛生の基礎知識を振り返るところから始めたい.

そもそも手指衛生は感染予防に有効なのか?

 手指消毒薬の主成分であるアルコールは,一般細菌,酵母様真菌や抗酸菌,また,エンベロープを有するウイルスに対して十数秒以内に効果を発揮することが知られている.また,ロタウイルスやアデノウイルスなどの一部のエンベロープを持たないウイルスに対してもin vivo活性を示すことが明らかになっている.手指消毒または石鹸と流水による手洗いを行うと,手指に存在する細菌数が減少することを示した実験結果は1960年ごろから多数報告されている.ヒトに対する感染予防効果をみた研究の大多数は,シンプルな前後比較研究であるが,手指衛生実施率が上昇すると薬剤耐性菌感染症や保菌,胃腸炎,肺炎の発生率が減少するという現象が,世界各国の医療機関あるいはコミュニティから報告されている.これらのことから,世界保健機関(WHO)や米国疾病対策センター(CDC)をはじめとする専門機関は,それぞれの感染対策ガイドラインにおいて手指衛生の実施を強く推奨している【2~4】.

手洗いと手指消毒のどちらを優先すべきか?

 手指衛生は,擦式アルコール製剤を用いる手指消毒と,石鹸と流水を用いる手洗いに大別される.どちらが有効かという問いには,手指消毒という答えでほぼ決着がついている.手指消毒には,より迅速に,より多くの病原体を減少させる作用があることや,容器の設置場所を選ばないためにアクセスがよいこと,さらに,保湿剤の添加により手荒れが起こりにくいといった利点があるためである【3】.ちなみに手荒れのリスクを最も高めるのはお湯と石鹸を用いた手洗いである.そのため,手洗いは冷水と石鹸で行うことが望ましい.Clostridioides(Clostridium)difficileにはアルコールに抵抗性があるといわれるが,擦式アルコール製剤の使用が日常的なC. difficile感染症(CDI)発生率にほとんど影響を与えないことは以前から知られている.2018年に発行された米国感染症学会(IDSA)のガイドラインでも,アウトブレイクが発生していない状況では,CDI患者との接触後の手指衛生は,手指消毒と手洗いのどちらでもよいとしている【5】.

手指衛生の手順の違いは効果に影響するか?

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