[第17回]鹿児島のダニの穴
（vs 川内市医師会立市民病院脳神経内科　能勢裕久）
忽那賢志　くつな　さとし
国立国際医療研究センター
国際感染症センター／国際感染症対策室医長

忽那「ようやく鹿児島についたな」
上村「遠かったですね……へえ，ここって薩摩川内市（さつませんだいし）って読むんですね．東北の仙台市と似ててややこしいなあ……」
忽那「この薩摩川内市に西郷隆盛の再来と言われた凄腕の神経内科医がいるという……」
上村「西郷隆盛はそもそも医者じゃないでしょ……」
忽那「細かいことは気にするなッ！　とにかく，なんとなく西郷っぽいかんじを持つ男らしいんだよ！　おっ，あいつじゃないか，あの赤ら顔の」
上村「この昼間から酒飲んでますね……ただの犬の散歩をしてる酔っぱらいの中年にしか見えないんですけど……」
能勢「おお，忽那はん！　やっと来たんか！　待ちくたびれて焼酎飲んでたわ．グビー」
上村「やっぱこのヒトなんだ……またヤバいキャラが出てきましたね」
忽那「まあ鹿児島だから昼間から酒飲むなんて日常風景なんだろう（※個人の印象です）」
上村「そういうもんなんですかね」
能勢「おいどんが能勢どんったい．んでこの犬がハチたい」
ハチ「ワン！」
忽那「ほら，めっちゃ西郷どんっぽいだろ」
上村「鹿児島感満載ですね」
忽那「おい，能勢どん！　オレたちは全国の道場破りをしているのだッ！　感染症の症例を提示してみろッ！」
能勢「よかばってん．とっておきの症例を出してやるったい」
上村「ばってん……？　ったい……？　これって鹿児島弁なんですかね？」
忽那「いいところに気づいたな，上村．おそらく筆者が鹿児島弁と博多弁の違いを理解していないと思われるが，ここは大人の対応としてこのまま進めていこうじゃないか」
上村「ラジャーッス！」
能勢「そしたら現病歴ばい」

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50歳代の男性が全身の皮疹と発熱を主訴に鹿児島県内の病院を受診した．
X日より，後頸部痛と頸部リンパ節腫脹を自覚していた．X＋1日に38℃を超える発熱が出現し，近医を受診した．このとき血液検査が行われWBC 9,460，Plt 12.5万，CRP 4.9という結果であった．なんらかの細菌感染症ではないかということでレボフロキサシンを処方され経過観察となった．X＋2日，発熱は持続し，嘔吐のため食事が摂れなくなりA病院へ入院となった．入院後，補液が開始され，セフトリアキソン2 g 1日1回が開始された．
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上村「診断はよくわかりませんが，セフトリアキソンで治療されてますね……俗にいうセフトリものがたりですね」
忽那「うむ，いわゆるセフトリものがたり※だな！」

※「セフトリものがたり」とは，セフトリアキソンによる抗菌薬治療を指すものであり大した意味はありません．もちろん竹取物語に由来しています．対義語としてアンピシリン・スルバクタムによる「スルバ恩返し」があります．

上村「後頸部痛はリンパ節腫脹のせいですかねえ……．嘔吐がひどいみたいですけど，感染性胃腸炎ですかね？　ノロウイルス感染症とか」
忽那「頻度的にはそうした感染性胃腸炎を疑う症状ではあるが，よく言われるように『感染性胃腸炎はゴミ箱診断』だからな．ほかに発熱，嘔吐の原因となる疾患を考慮しておく必要があるだろうな」
上村「ッスね．腎盂腎炎とかでも嘔吐しますからね」

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入院初日の夜に，全身に皮疹が出現したことからリケッチア症が疑われミノサイクリン100 mg 1日2回の点滴が開始された．X＋4日になっても全身状態の改善は得られず，アセトアミノフェンを内服してもまったく解熱しなかった．血液検査ではWBC 6,330，Hb 15.4，Plt 7.7万と血小板が低下傾向となり，重症熱性血小板減少症候群（SFTS）が疑われたため精査加療のためB病院に転院となった．
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上村「発熱と皮疹……またしてもリケッチア疑いですか．この連載，リケッチア絡みが多すぎませんか？」
忽那「だいぶ偏ってるよな．まあ筆者の趣味だから仕方ないだろう」
上村「でもリケッチア症に有効なミノサイクリンが開始されても良くなってないですから，違うんじゃないですか？」
忽那「確かにリケッチア感染症では有効な抗菌薬開始後に速やかに解熱することが多いとされるが，たとえばツツガムシ病は典型的には抗菌薬開始後48時間以内に解熱するとされる【1】．投与初日に治療効果がないと判断するのはさすがに早すぎるんじゃないか？」
上村「確かに……」
能勢「プハー．鹿児島の焼酎は最高じゃのう……」
ハチ「ワン！」

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既往歴として，40歳頃に胆囊摘出術を行っており，45歳頃に急性膵炎のため入院した．また56歳頃から2型糖尿病として内服治療を行っている．喫煙は20歳から1日20本ほど吸っていたが，3年前に禁煙した．飲酒はたしなむ程度と言っているが，呼気からアルコール臭がする．仕事は農業に従事しており，茶畑と野菜などの畑を両方耕作している．アレルギーは薬剤，食事ともに特にない．過去1年以内に海外渡航歴はない．ペットも飼っておらず，最近の動物曝露歴もない．
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