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【新刊刊行記念 期間限定公開】経営学を学んでいないドクターのための クリニック成功マニュアル[第2章]

12人の医院経営ケースファイル ~私たちはどうやって経営トラブルを乗り越えて理想のクリニックを創ることができたか~』(梅岡比俊 編著 8月上旬発売)の刊行を記念して、梅岡先生の過去の著作の一部を期間限定で無料公開致します。

経営学を学んでいないドクターのための
クリニック成功マニュアル
梅岡 比俊 うめおか ひとし 著
第2章 コミュニケーション 編


医師としてのコミュニケーション

 医師という職業は,当然のことながら患者さんと会話してコミュニケーションを図っています.医師にとっては日常茶飯事の診察であっても,患者さんにとっては,会話の相手は初対面の医師であり,様々な感情が芽生えるのは必然でしょう.患者さんは,病気に対する不安に加え,どんな見立てをしてどんなことを話すのかといった医師に対する不安を抱えることになります.そういった患者さんの気持ちに寄り添って,しっかりとした自分の考えや方針を打ち出し,患者さんに安心して,そして満足して帰っていただくためには,コミュニケーションスキルとして非常に高いものが求められていると考えます.
 ましてや患者さんにとっては,病気という「よくないこと」に対しての話を聞くわけですし,医師として好ましい結果ではないことを伝えなければならない場面も出てきます.そういった時にも,患者さんに対してどのように伝えるのかというコミュニケーションスキルが非常に大切です.
 しかしながら,私たち医師は学生時代にコミュニケーションに対してそれほどトレーニングを受けたことはなく,ほとんどが実地訓練で磨き上げたものです.もちろん患者さんに対してばかりでなく普段の生活でもコミュニケーションは必要ですが,いざ経営となりますとさらに多岐にわたってきます.
 ここでもう一つの課題と言えるのが,開業医は閉ざされた空間だけで会話するのではないということです.患者さんとの関係は1対1でよいとしても,スタッフに対してどれだけ対等に,あるいはどれだけ相手を慮ってコミュニケーションができるかとなると,自信がないのではないでしょうか.今までのような勤務医としての立場であれば,気に入らないスタッフがいたとしたら,上司に交渉したり,もしかしたら直接スタッフに厳しい言葉を浴びせていたかもしれません.それで問題が解決したし,それが大きな問題となることはなかったのかもしれません.
 勤務医時代は,医師国家試験に受かったといってもただペーパーテストに合格しただけのこと,現場での手法に関しては全くもって知識に技術が追い付いていないという状況にあります.薬剤や治療方針,検査の方法,手術の選択といったものに対する知識は頭の中にあっても,いざそれをどのようにして実施していくのかは,勤務医としてゼロからの出発ということになります.医師の卵として医療知識・医療技術を日々習得することによって1人前になっていきますが,その過程においてコメディカルとのコミュニケーションの技法を習得することも大切になります.看護師や放射線技師,あるいは事務職とチームを形成することになりますが,現状では,医師はピラミッドの頂点に位置し,お山の大将と揶揄されるような環境に身を置きながら病院の中でイニシアチブをとっていることが少なからずあるのではないかと思われます.
 しかし,経営者の立場ではそうはいかないのです.全ての責任を自分で負って,全て自分で解決するという意識でないと難しいのです.人として基本的に大切にすべき考え方やコミュニケーション技術というものを,医師対患者という狭い次元ではなく,経営者としてどうすべきなのかということを改めて考えていく必要があるのです.
 開業して,患者さんに対して,勤務医だった今までどおりの横柄な態度をとったり,ぞんざいな言葉遣いをしたりすると患者さんの信頼を失ってしまいます.勤務医の時は,患者さんは何も言わなくても付いてきてくれましたし,何も言わなくても信頼してくれました.勤務医はその病院というバックグラウンドがあって信頼されていたものが,開業すると突如それまでの信用というものをなくし,ゼロからの出発ということになるのです.今まで同様のコミュニケーション技法でよいはずがありません.
 また勤務医の時には,言えばそのとおりに従って動いてくれたスタッフが,開業してからは今までのように動いてくれませんし,それどころか彼らとの関係に悩まされるようになったという開業医も少なくありません.というより,ほとんどの開業医はスタッフとの人間関係問題に時間を費やされるといっても過言ではないでしょう.そこには,多くの開業医はピラミッドの頂点にいるという今までの考えが抜けず,自分から下りていってスタッフとのコミュニケーションをとろうとしないことに大きな要因があるのです.
 また,業者に対しても同じようなことが言えます.開業後は業者とも少なからず折衝・交渉事が生じてきます.なぜなら,ビジネスとして診療を行ううえでは安い経費で高いパフォーマンスを得ることが必要だからです.そういった交渉事も勤務医としては経験しなかったことです.


患者さんとの接し方

 私は患者側の立場として悲しい経験があります.
 当時中学生だった私は,近視の治療のため近所の眼科医院に通院していました.そこの院長先生はごく普通の先生で,とくに悪い印象を持っていたわけではなかったのですが,ある日近視が進行していよいよコンタクトか眼鏡かの決断を迫られることになりました.思案した私は診察室で考えあぐねて,院長先生に何点か質問しました.コンタクトレンズの危険性とか,予後とか,そんな内容だったと記憶しています.そんな会話の中,突然(私にとっては),院長先生は患者である私の前で怒りだしました.
 「他の患者も待ってるんやから,さっさと決めろ!」
 と怒鳴り声を上げたのです.まさか院長先生から叱られるとは思ってもいなかったので,私はとっても悲しい気持ちになりました.医師から叱られたことが自分にとってはショックであるとともに,ずっと心の傷として残っていました.
 しかし,医師となった今にして思えば,患者さんに親身な診療を行い,患者さんに本当に必要とされる,役に立つ,そして愛されるクリニックづくりを行おうという志の原点がここにあったと考えています.全ての経験はかならず自分にとって何か気づきを与えてくれる出来事となるのです.
 また父親からは「実るほど頭を足れる稲穂かな」ということわざを常に聞かされ,謙虚であることの大切さを教わりました.私は,医師と患者さんとの立場であっても常に対等に接し,患者さんにも言いたいことを言ってもらえるようなフランクな関係を意識してきたと思っていますし,これからも続けていきます.


コラム 患者さんの満足度アップと
診療時間短縮への取り組み

 本当に有り難いことに,梅華会は年々受診する患者さんの数が増えてきているわけですが,それと裏表の関係として,課題になるのが待ち時間です.一つのクリニックで,多い日で1日に約200人もの患者さんが来られるわけですが,当院の場合は1日の労働時間・診察時間が6時間半と決まっていますので,きっちり終わろうと思えば1時間当たり約30人,1人当たり約2分の制限の中で診察をしていかなければなりません.
 実際は,きっちり診療時間内に終わるわけではありませんが,患者さんの待ち時間をいかに短縮させるかをどうしても考えなければなりません.いかにして患者さんの満足度を下げることなく1人当たりの診察時間を短縮することができるのかについて,今まで悩みに悩みぬいてきた取り組みの数々を紹介させていただきます.
 梅華会では,限られた人という資源をどのように活かすかということが最重要に考えられています.逆に言えば,繰り返し作業を要するものや,人でなくてもできる作業に対しては,有効に活用できるものを積極的に採用しています.
 その一つがIT ツールです.最近はIT の進歩が目覚ましく,パソコンそのものもまさにドッグイヤーと言われるほど年々安価になってきていることもあり,これからの情報社会においてますます活用の幅が広がってくると考えられます.

1 院内動画
 院内動画とは,クリニックの中に設置したモニターを通じて私たちの伝えたいメッセージを流す手法です.以前は,40インチのテレビモニターと言えば,20~30万円と高価でしたが,現在では,3~4万円で購入することができます.そのモニターをパソコンと繋ぎ,パワーポイントなどのソフトを駆使すると,患者さんにお伝えしたい内容をタイムリーに伝えることができます.
 梅華会では患者さんに向けた院長のメッセージや,睡眠時無呼吸外来や禁煙外来開設の告知,あるいは患者さんへのアンケートの集計結果を解説するなど,様々な情報の提供に努めています.もちろん,こういったモニターを通じての情報提供は,いつまでも同じ内容だと飽きてしまいますし,内容が少な過ぎてもいけませんので,毎月変更し,季節に合った内容を提供するよう心がけています.

2 iPad
 iPadは,患者さんに対して通常の病気の説明をした後に,再度患者さんに見ていただくための補助的なツールと位置づけています.患者さんにとっては診察後の医師の説明は意外と伝わりにくく,理解できていることは説明した内容のおおよそ30%ぐらいではないかと言われています.そして,家に帰る前に大半を忘れてしまう可能性さえあります.そういったことを防ぐために梅華会では,医師からの説明が終わった後,再度iPad を使って病気の説明を行い,患者さんに病気をより深く理解してもらうことを目指しているわけです.
 ITツールのメリットとして,至極当たり前のことですが,繰り返し行っても疲れない,全く同じ内容を寸分たがわず説明してくれることが挙げられます.人の手となるとどうしても,説明に抜けや漏れが起きたりする可能性がありますが,ITツールではそういった心配はありません.また,ITツールを取り入れることで,患者さんにより短い時間で効果的に説明することが可能になり,待ち時間の短縮にも繋がっています.

3 ニュースレターの発刊
 ニュースレターは,定期的に患者さんに対してクリニック内での取り組みや今後の活動などを周知していくための広報活動の一つです.梅華会では「うめじび新聞」と名付け,月に1回患者さんに向けて発行しています.医学的な知識はもちろんですが,私たちのスタッフの考えや活動を理解してもらい,より親しみを持ってもらいたいという想いもあります.
 時期に応じて告知内容を変えることが必要ですので,例えば秋口であればインフルエンザ予防接種の周知,冬場であれば花粉症に向けてのレーザー治療の広報,春先には,花粉症の予防や新しい治療法である舌下免疫療法の告知──といった内容を載せています.


 梅華会ではデザインの専門スタッフを配置したことで,より優れたデザインの紙面でクリニックの方針をしっかりと伝えることができるようになったと自負しています.私の偏見によるところがあるかもしれませんが,患者さんにとって,スタッフの生の声は,ネットからあふれてくる一般的なメッセージよりもいっそう強く響くようです.何が書いてあるかより,誰が書いているのかがはっきりすることで,そのメッセージが患者さんにより深く伝わっていくのではないでしょうか.
 そういった意味でも,スタッフ一人ひとりの日々の仕事の中での考え,近くのおいしい店や食事といったプライベートなこと,あるいは近隣の地域の皆さんが行かれる観光地の話など,何でもちょっとした情報を発信することでよりファン患者さんをつくることができると考えています.
 この「うめじび新聞」の導入の結果,受付で患者さんから「ニュースレターいつも楽しみにしているよ」といったお褒めの言葉をいただいたり,イベントの告知をすることで,多くの患者さんに情報を拡げることができています.新聞を印刷するコストは安価なので,患者さんとのミュニケーションツールとしては非常によい方法です.
 さらに,書き手のスタッフにとっても文章を何度も推敲しインプットしたものをアウトプットするよい機会でもありますし,他業者のさらに素晴らしいニュースレターを見た場合も,もっとこれに近づきたい,もっとこうしてみたいという想いがすごく湧いてきます.ただし,まずは1年に1回というように小さく開始し大きく育てていくような意識付けが必要になるかと思います.どのような取り組みでも,小さく始めて大きく育てるというのが軌道に乗せるための一つの道のりではないでしょうか.

4 メールマガジン・LINE の活用
 スマートフォン全盛のこの時代,クリニックの情報を患者さんに伝えるという行為は以前よりも簡単になったようでもあり,難しくなったようにも感じています.昨今のITツールの発展により,メールマガジンを発行したりLINE を活用することによって,患者さんに直にメッセージを送りやすくなりました.クリニックでは,患者さんの情報源となる問診票に住所は書かれていますし,問診票にメールの記載をお願いすることもできます.もちろんメールを記載するに当たっては,事前にこちらからメールを送らせていただいてもよいか承諾を得る必要はありますが,実際のところ他業種に比べてメールアドレスを取得しやすいのではないでしょうか.そこで,クリニックの診療時間や休診時間,代診時間などの診療予定,予防接種に適した時期,あるいは病気の経過に応じた検査や治療などの情報を告知することが可能になります.

 反面,同じことを考えている競合クリニックやその他の企業もあるわけですから,メールやLINE のみならず,患者さんはもうこれでもかというぐらい日々広告や情報を浴びせられるわけです.
 一説によりますと,人が1日に広告を目にする機会は5,000件とも言われています.そのように大量の広告を浴びせられることによって,患者さんは一旦取得したメールマガジンの配信を拒否したり,LINEから削除するという行動をとることになります.これは私たちも少なからず行う行為です.そう考えると,メールマガジンやLINEを配信する場合には,相手の方のご迷惑にならないものにするために,必ず,削除できる選択肢をメールの文章の中に入れておいたり,配信する日程をしっかりと決め,めったやたらに送付しないといったマナーが要求されると考えます.梅華会としては配信は月に1回を目安としています.
 IT ツールの活用に関しても,便利になった反面,難しくなったこともある中で,いかに梅華会が価値ある情報を提供できるか,いかにして患者さんに目を通してもらえるかについても,日々研究しながら改善を図っています.20代,30代の若者は,ほぼ全ての人がスマートフォンを所有し,ネットを通したコミュニケーションを行っています.そのような状況下,梅華会でもメールマガジンやLINEを活用し,積極的にクリニックの情報を発信するようにしています.
 特に毎月の診察医師や休診日については,希望する患者さん全員にメールを配信し,情報を提供するようにしています.そのほか,時期に応じて,インフルエンザの予防接種の予定や費用,花粉症の舌下免疫療法の開始時期の告知や利用方法に関しての提案なども配信しています.


スタッフとのコミュニケーション

 私は勤務医時代,上司とうまく接することができない時期がありました.
 やりたいのになかなか手術をさせてくれない,新しい治療を行うための手術器具導入の稟議を通してくれないなど,未熟な私はそのことで勝手にやる気を失ったり,自分のマインドを自らマイナスの方向に向けてしまっていました.どのような環境であっても,何かしら経験できることはあったのにと,今からすれば反省すべき点です.
 この本を読んでおられる勤務医の先生にぜひ伝えておきたいことは,よりよくするためには現状のままではなく,常に1歩でも2歩でも前進し,改善案がないかを検討しつづける習慣を持つべきであるということです.病院という組織はトップヒエラルキーである各科の集まり,寄り合い所帯です.しかし,クリニックのように組織が小さくなれば小さくなるほど,より人間関係が大切になり,そこでのトラブルは良い成果を生み出すことを難しくします.
 現在,経営者という勤務医とは異なる立場から見ると,今まで見えてこなかったものが見えてくるようになりました.開業当初,女性ばかりのスタッフと私の関係が良好であったとはお世辞にも言えません.当時のことを想い返せば,恥ずかしい限りですが,スタッフ一人ひとりとの対面での面接一つとっても,ある種の恐れを感じていました.当然,本当に心を割って話ができたかどうかというと,本当に相手のことを知ろうとか,相手が何を求めてこのクリニックに働きに来ているのかということより,どうしても給与面ばかりに目がいってしまって,彼女たちがその仕事に就くことによって本当に達成したいこととか,得たい感情とかいったものをあまり考慮できなかったような気がしています.
 よく「男性の脳は解決脳,女性の脳は共感脳」といいますが,何かしら課題が起きたときに,男性としてつい解決脳で物事を見てしまい,女性スタッフに対するアドバイスの際に,共感してしっかり話を聞くことがまだまだできていないようです.女性の悩みに対して,解決を示す方策を示したところで,彼女たちが本当に話を聞いてくれたとか,心がより落ち着いたとかいった結果には,なかなか繋がりません.特に開業される男性の先生方にとって,スタッフ一人ひとりとの関わりの中で,男性と女性の感情の差というものを実感することは,今までの病院に勤めていたとき以上に多いでしょう.
 勤務医のときには,女性スタッフとの関わりの中において,心理面にまで考慮して深く接する必要がなかったでしょうが,開業してからは一人ひとりのスタッフとのコミュニケーションの時間を割く必要が出てくると思いますし,会話を重ねていくことによってドクター自身にも何かしらの気付きが得られるのではないかと考えます.
 今ではスタッフが増えてできなくなってしまいましたが,開業当初は必ずコミュニケーションの時間をつくろうということで,月に1回,水曜日の午前診が終わった午後にランチ会を開いて,みんなでたわいのない雑談をして,その中でお互いを知り,関係性を深めていこうと努力していました.仕事とプライベートとを完全に切り分けて行動することは現状ではないと思っていますので,一人ひとりのスタッフの人生,いわゆる仕事とプライベートの両面でより幸せな人生を送ってもらいたいのです.仕事の面だけでなく,プライベートの面でもいろいろと話し合うことで,結果として両方にいい影響が出るのではないでしょうか.
 私自身も,仕事の充実がプライベートの充実に繋がると思っていますし,逆に仕事で成果が出ないときはプライベートでもつい落ち込んでしまったり,物事をネガティブに考えたりすることにも繋がります.そこで,仕事は仕事,プライベートはプライベートと分け隔てることなく,より質の高い人生にするためにはどうしたらいいかという全体像を想い描きながら,その中の一つとして医院運営があると捉えています.


スタッフミーティングのコツ

 ミーティング,いわゆる会議は定期的に行っているクリニックが多いのではないでしょうか.ただ,ややもすると,院長個人の発言のみに終始してしまい,それをスタッフがただじっと聞いているだけというケースが非常に多いように思われます.原因は様々でしょうが,院長に意見を言っても聞いてくれないだろうなあとか,自分にとって全然興味のない話だなあとか,院長とスタッフとの間にある目線の違い,あるいは感覚の違いが,ミーティングを不毛な時間としてしまっている原因となっていることが多いのではないでしょうか.
 梅華会でも,7年前の開業時から定期的にミーティングを行ってきましたが,当時と今のミーティングの内容は随分と変わりました.その当時のミーティングは本来のミーティングではなく,ただ院長である私が一方的に伝えるだけのものでした.であるならば,紙で渡したほうがよかったのではないかと,今にして深く反省するぐらい一方的なものでした.「会議は収束と拡散」とも言いますが,たくさんの意見を皆で出し合い,ある一つの方向にもっていくという「収束」と,多様な意見を出し合って,いろいろなアイデアでお互いの頭を刺激し合う「拡散」が同時に行われなければなりません.今の私としては,出席者の一人ひとりが当事者意識を持ってそのミーティングに参加してほしいという想いがありますが,残念ながら以前は本当に私からの一方的な話で,会話も何もあったものではありませんでした.
 その会議の本質に想い至るにつれ,自分自身の話す時間はどんどん減らして最低限にしました.そのかわりにスタッフに話をさせて,皆が自分の意見を言い合う場となるようにしました.いきなり「自分の意見を言え」と言われても本人たちは戸惑うでしょうから,敷居の低いところから順々に質問を投げかけていって,そして発言したスタッフに対して誰もが敬意をもって傾聴し,その発言に対してまずは発言してくれたことに感謝し,そして否定的な言動をとらないという梅華会の文化・風土を作り上げていきました.
 今後の目標は私が一切発言することなく,皆が思い思いに自分の考えを語る,あるいは私の代弁者が法人の理念に則った考えを述べ行動に移してくれれば,私は長老型リーダーとしてただただ見守る──そういった組織とするのが一つの目標でもあります.


 仮にスタッフの時給が800円だとして,そのスタッフが5人参加し,1時間かかる会議が設けられたとすると,全部で4,000円が費やされたことになります.その4,000円が本当に今後の医院の運営にとってプラスになるか否かといった費用対効果も考えながらミーティングをより実りのあるものにするにはどうしたらよいのでしょう.
 私が開業してからの7年間で,様々な試行錯誤を繰り返したり,あるいは会議・ミーティングに関わる多くの書物を読むことによって学んできたことをご紹介します.
 まずミーティングでは,必ず前月の振り返りを行うことが大切です.クリニックにおいて日々生じるたくさんの課題について,それをしっかりと反芻し,消化して次へと結びつける必要があります.一度ミーティングで決めたことも,ついおざなりになって,つい忘れ去られてしまうとしたら,いったい何のためのミーティングだったのかわからなくなります.そこで,例えば先月,トイレ掃除は午前と午後の2回必ず点検することを目標に掲げたのであれば,それが実行されたのかを今月振り返る必要があります.それを,俗にPDCA サイクル(plan-do-check-act cycle)と呼びますが,しっかりとPDCA サイクルを回すためにも,ミーティングでは振り返る時間を作ることが大切です.
 梅華会においても,従来はミーティングでせっかく素晴らしい案が出てきてスタッフ全員に周知していたとしても,一時的にしか継続できず,継続した結果が反映されて改善されるという一連のプロセスに繋がらなかったということが問題でした.
 また,仮にその提案が100%満足いくものでなく,たとえば50%であったとしても,せっかく案が提示されたのですからその50%をいかにして60%,70%と100%に近づけていくかを各スタッフが考える努力やプロセスが大切であり,一人ひとりのスタッフに問題を提起するよいきっかけにもなるでしょう.従来の私たちの取り組みは,いわば食べ物を食い散らかすような,せっかくよい食材があったとしてもそれを全部食べて咀嚼して栄養とする前に,また別の食べ物に向かっていくような中途半端さがありました.一つひとつの取り組みに対してどれだけ真摯に向き合っていくかが重要になると考えます.
 梅華会で取り組んでいる各種イベントでもそうですが,常に改善のプロセスを意識することでPDCAサイクルが回り,一見ぐるぐると同じところを回っているようでも螺旋階段のように常に徐々に進歩して次のステージに向かっていけるのだと考えています.
 また,スタッフ全員の発言の機会が重要です.院長1人で求めること,考えられることはあまりにも限られています.院長だけでなく,スタッフ一人ひとりの考え方,皆の知恵の結集こそがこれからのクリニックに求められるものです.スタッフが5名,10名といるのであれば,その知恵を結集して行動し,運営することこそがこれからの医院の在り方,つまり勝ち組に繋がると考えます.そのためにも,院長は現場の意見や声をすぐに反映できるようにスタッフに発言する機会を提供する必要があるのです.
 ただ,院長から「発言して下さい」とお願いしてもなかなか皆の前では言いにくいとも考えられます.梅華会でも,過去における組織を顧みて発言しやすい風土があったかというと,決してそうではありませんでした.
 その風土を変えようと考えた私の具体的な取り組みは,何も特別なものではありません.司会をスタッフに任すことです.私が自分の発言は極力抑える,皆の発言を聞き,発言に対して承認し,賞賛する──そういったことを繰り返すことで,少しずつ,ミーティングではスタッフ全員が発言するという文化・風土ができてきたと信じています.文化・風土は1日にしてならず.継続して,繰り返して皆に伝えて続けていきたいと考えています.
 それとともに,ミーティングにはある一定のルールが必要です.ミーティングが始まっても,隣でこそこそ話していたり,ミーティングが終わった後で出た案に対して意見や反論をしたり,提案に対して否定ばかりして対案を言わなかったり,そういったミーティングでは実を結ばないと私は考えます.ミーティングに関しては,まず,事前にルールを明確にし,そのミーティングに参加する全員がそのルールに基づいて意見を出し合うことを期待しています.
 いずれにしても,ミーティング・会議は,本来はスタッフ皆で一緒に考えるべきものです.なぜなら,人は考えることを通して新しい未来に期待してワクワクし,よりよい未来を想像するものだからです.何から何まで言われて行うよりも,自分で考えて行動した方がより成果が高まるのは目に見えています.そういったミーティングの在り方をこれからも追い続けていきたいと考えています.


私とスタッフをつなぐ社内報

 社内報を作るきっかけは2つあります.一つは,スタッフの数が増えて,毎年4月に新卒が採用されることになったということです.梅華会では2011年から1名,3名,5名,6名,5名と毎年新卒を採用しています.以前から働いているスタッフは,当然,梅華会の理念・考え方を理解していると思いますが,新しく入ってきたスタッフには梅華会の文化・風土をすぐには伝えられないことが多いのです.そこで,以前からの梅華会の取り組みなどが何かしら形として残っていれば,新しいスタッフが梅華会の方向性を理解してくれるのではないかと思いました.それが社内報という形になりました.
 もう一つの理由は,現在,約40名のスタッフに直接メッセージを伝える機会が減ってきたということにあります.忙しい日常の診療以外で伝えたいメッセージを社内報の中で活かしていきたいというふうに思いました.他の企業の社内報を見ても,スタッフの紹介であったり,スタッフの表彰であったり,いろいろな形でスタッフにとってより働きやすい職場になれるような工夫が見て取れます.梅華会も,現場で働くスタッフに重点をおいた社内報作りを目指しています.
 また,梅華会では,院外向けの広報としてニュースレター,ブログ,ホームページなどで,法人の想いであったり,私たちの取り組み,方向性,といったものをお伝えしていますが,院内のスタッフに対しても,広報をする必要があると考えています.そこで,毎月の全体ミーティングのトップとしてのメッセージの発信として,社内報を活用し始めました.社内報とは院内における取り組みをスタッフに対して改めて明示することによって,なぜそれが必要かを伝え,クリニックのベクトルを整えていくためのものであると理解しています.
 また通常,リーダーが組織の中で人を把握するのは7人が限界と言われています.7人ぐらいまではある程度目が届きますが,それ以上になると全スタッフに対してなかなか1人でマネジメントすることが難しくなるのです.そういった時に,威力を発揮するのが社内報です.
 私たち医師はクリニックを開業するに当たり,まずどういう目的でそこで仕事をするのかを考えます.そうした理念をスタッフに伝えるためには,普段自分は実際にどういう想いで行動をしているのかを社内報で具体的に明示することで,よりスタッフにメッセージが伝わりやすいのです.
 そして,社内報で示すだけでなく,トップである院長が一貫性をもって行動することが重要です.いくら社内報に書かれている理念が素晴らしい内容であったとしても,トップがその行動に基づいて動いていなければ,それは絵に描いた餅であり,スタッフにその理念が浸透するはずもありません.だからこそ,トップ自らが心の底から信じる規範や哲学を理念として掲げる必要があるのです.
 また,社内報を作成するに当たっては,スタッフにも協力してもらいます.社内報を書く担当となったスタッフにとっては,理念というものを改めて考えたり,クリニックの取り組みを改めて考えることになりますし,自分たちが日ごろ行っている行動が,本当にミッション・ビジョン・バリューに沿ったものであるのかを改めて見つめなおすよいきっかけにもなります.
 こうして作成した社内報は,後述するクレド手帳にはさみこみ,第1号からずっと保存していくつもりです.これから入ってくるスタッフにもわかるようにすることで,それが堆肥のように積み重なって,梅華会の文化・風土となることでしょう.


 そして,クリニック自体の文化・風土が生まれると,次はエンパワメント,権限移譲の段階になると思っています.トップからのメッセージだけではなく,切り口を変えてベテランのスタッフ,若手スタッフやパートスタッフ,あるいはそれをサポートする業者さん,あるいは患者さんからのメッセージも入れると,もっと内容が濃くなります.例えば,患者さんから,梅華会ならではの強みと言える「あたたかい想いやり」の言葉掛けに対する御礼をいただいたとします.その御礼が,私たちが本当に求めているものに対してであれば,そのことを社内報に記載します.すると,そのことで役に立ったという実感が湧き,私たちスタッフの満足度に繋がると同時に,自分たちの進んでいる道が確たるものであるという自信を持つことにもなるのです.
 自信を持ち,誇りをもつこと,つまり自分たちの自尊心を高めることこそが,人が成長する時に最もパワーを出す源になると考えています.


院内SNS

 院内のコミュニケーションを図り,仕事を円滑に行う上で,新しく入ったスタッフの歓迎会や終業後の飲み会などでの交流は非常に大切だと考えていますが,法人の規模が大きくなってクリニックが分散するとなかなかそういう機会を持つことができません.意思の疎通は,直接会って話ができれば一番うまくいきますが,法人の規模が大きくなって,スタッフの顔一人ひとりが見えにくくなった時,マネジメントの限界を感じたりもしていました.どうすれば院長とスタッフ,あるいはスタッフ同士の意思の疎通が図れ,仕事の方針などを共有できるのか思案しました.かつては,メーリングリストを作成してみたり,あるいは定期的にリーダー会議を行ってその組織の末端にまで,私の想いや行動が見えるようにしようと努力してきました.しかし現在は,そういったこともITを用いてある程度クリアできるようになったのです.
 きっかけは,私が入会している次世代マーケティング実践会の主催者である神田昌典さんの対談CDです.毎月送付されてくるオーディオCDを車の中に入れて常に聴いていました.その対談CDには毎月ゲストが登場します.例えば『ユダヤ人大富豪の教え』の著者の本田健さんや,たかの友梨ビューティクリニックのたかの友梨社長,『ストーリーとしての競争戦略』の著者の楠木建さんなど,そうそうたるメンバーです.ある月のゲストはチャットワーク社の山本敏行社長でした.そのCDの中で,山本社長は,究極のペーパーレスを目指すためにどんどんクラウドに情報を集めているといった話をされていました.
 今のビジネスの中で,多くの時間を割いているのは検索するための時間だといいます.実際,私たちも,クリニック内で探し物をしたり,資料を探したり,カルテを探したり,はたまた物品を管理したり,発注のために在庫を確認したり……,物を探すのに,年間何百時間も取られることもありました.山本社長も探し物をする時に,検索窓に探したい物の情報を何かしら入力すると,その物のある場所が瞬時に得られるようにして,検索の時間を著しく減らすことを目指しておられました.
 後に,山本社長が起業されているチャットワーク株式会社にスタッフと一緒に見学にも行きました.事務机に引き出しがなかったり,給与明細も紙で出さずデータで飛ばし,とにかくペーパーレスに徹底するという一貫性を感じました.パソコンは1人に1台ずつ与え,何か伝えたいこと,何か共有したいことは常にチャットで情報提供し,さらにチャットの中にプロジェクトごとのチャットルームを作り,その中の遣り取りでプロジェクトも進行させていました.


 従来のグループメールよりもよりスマートに行える形態だと感じ,梅華会でも院内SNSを取り入れました.クリニックのスタッフが全て常勤であればよいのですが,パートのスタッフさんに対してであったり,全員で集まることができないケースでは,院内SNSは全員で瞬時に情報を共有することができるツールとして非常に重宝しています.
 SNSについてもう少し詳しく解説すると,「SNS」とはソーシャルネットワークサービスの略称で,院内においてクラウドとして使用することのできるコミュニケーションツールと位置付けることができます.特に梅華会は分院体制を敷いていますので,なかなか全員が集まることができないという状況において威力を発揮しています.もちろん,個々のクリニックにおいてもパートスタッフを採用している施設であれば,午前シフト,午後シフトで入れ替えもあるでしょう.その場合に一度に双方のスタッフに対して必要な情報を流すことが可能になります.
 あるいは,スカイプのようにクラウドで会議をすることも可能です.その他タスク機能であったり,ファイルの添付,そしてグループチャットを任意で調整できるなど用途としては非常に幅の広いものがあります.私が導入したSNSは,前述のチャットワーク株式会社によるものですが,その他にも複数あると思いますので,比較検討することが必要かと思います.
 導入するに当たって,一つ言えることは,体裁を整えたものの実際にそのシステムがクリニック内の仕組みとして成り立っていないというのでは意味がありません.有効活用するためには,実際に使うスタッフ皆が同意し,その院内SNSを使うメリットを皆が実感する必要があります.そこで,スタッフ全員で当該SNSを提供している企業に見学に行くとか,実際に使っているクリニックさんを訪問して,院長のみならず働くスタッフが使っているのを見て,全員でその有効性を感じ取ることによって導入へのハードルが低くなると考えています.
 なお,梅華会では,院内SNSとしてもう一つ,グーグルサイトも使用しています.グーグルサイトの位置づけというのは,簡単に言うと,マニュアルの電子化です.梅華会では開業以来,多くのスタッフが業務に携わり,その中で少しずつマニュアルが作られ,そのマニュアルは年々継ぎ足し継ぎ足しされ,今では莫大な量になっています.もちろん,マニュアルは紙媒体で使用することでもいいのですが,実際にその紙媒体の中から必要な項目を探すには,どうしても時間がかかってしまいます.そこで威力を発揮するのがこの電子媒体です.
 例えば,新人スタッフが「禁煙外来」の一酸化炭素のモニタリングの方法がわからないとすると,何百ページもあるマニュアルから探していくのと,グーグルサイトで検索窓に「禁煙外来」と入力して検索するのとは,全くスピードが違うわけです.ある研究によりますと,1人の企業に属する人間が,年間に物を探す時間は何十時間,何百時間も必要と言われています.そのようなもったいない時間を省くためにも,ITの力を活用していくことが必要不可欠です.
 さらにグーグルサイトでは動画も貼りつけることができるので,動画のマニュアルに発展することができます.今まで人に対して教えるには,文章のほか,直接教える方法があったのですが,それに代わり,動画で伝えることも有用な方法であると考えています.最近ではYou Tubeを使って動画をアップすることができますので,検査方法を動画として貼り付けることも簡単です.


 このような形で,梅華会は,グーグルサイトでマニュアルを電子化し,より効率的な情報共有を図っていますが,グーグルドライブについて補足すると,グーグルドライブでは,そのドライブの中でリアルタイムで他者と情報を共有することが可能です.例えば,マイクロソフト社のエクセルに相当するスプレッドシートというものがあります.そのスプレッドシートにおいて管理権限を与えられたユーザーは,そのスプレッドシートをお互いが見ながらリアルタイムで内容を修正してくことが可能です.会議の議題であったり,数値の管理であったり,タスクリストであったり,そういったものをお互いが記入し,その情報がリアルタイムで見られると,仕事のスピードがぐんと速まることが期待できます.


 梅華会ではKPI(Key Performance Indicators)として日々のレセプト枚数であったり,患者さんの数,あるいはその日の天候にいたるまで,スプレッドシートに毎日記載して数値管理を行っています.もしこれがエクセルを使っていれば,Aさんがエクセルに入力したデータを一度メールで送信し,それに対してBさんがファイルを開き,そしてBさんが修正をしてからまたファイルを送信する.それをCさんが見て……といったことの繰り返しとなります.このグーグルサイトのスプレッドシートでは,AさんもBさんもCさんも同時に編集をすることができるのです.
 現在1人当たり月500円のビジネスプランに加入していますが,このツールがしっかりと稼働しており,結果,スタッフの仕事に対する手段が多様化されていると感じています.各クリニックの経営上の数値を逐一追っていくことで日々の経営状況をリアルタイムで把握し,次の一手に反映できます.打つべきポイントを明確にして即座に実行すること,目的を明確にして意思決定を迅速にすること,スピーディーに行動すること──以上3つが経営上において非常に重要であると確信しています.


コラム 忘年会(感謝祭)

 異業種からの学びでも書いたように,梅華会では毎年年末に大阪にあるリッツカールトンホテルで忘年会(感謝祭)を行っています.忘年会についてもその目的や意図をもう一度考える必要があります.
 私は,一流ホテルでいいお食事をして,皆で1年間の労をねぎらうということも大切だと考えてはいますが,ただそれだけではなく,一流のサービスに触れて私たち自身も一流を目指そうという気持ちが芽生えればよいし,忘年会で人の和に触れ合い,普段なかなか会えないメンバーとの交流を深めることでチーム力がさらに発揮されることを願っています.


 ある時,リッツカールトンホテルのスタッフからは温かいメッセージをもらうとともに,クレドカードに基づいた行動とはどういったことを指すのかといったお話を伺う機会もいただきました.皆さん,クレドカードをご存じでしょうか? クレド(Credo)とは,ラテン語で「信念・信条」という意味で,企業にとっては経営理念とも言えます.経営理念がどんなに素晴しくても,従業員をはじめ,株主,取引先など企業の繁栄や存続を支える方々に伝わっていないのでは,無いにも等しいといえます.そこで,既存の企業理念の本質をそのままに,自社の存在意義や仕事への誇り,社会に貢献している意識などを盛り込み,経営の価値観を形にしたのがクレドカードです.企業の経営理念を書いたものを持ち歩きできるカードの形にし,従業員全員に配ります.クレドカードは,従業員が持ち歩くことで,常に一人ひとりが企業の理念を意識し,行動に反映できることを狙っています.成功している組織をモデリングするという意味で,梅華会でもクレドカードを手帳という形で取り入れました.
 また,忘年会を人と人を知るための手段とするとともに,ダンスやクイズなど細かな催しものを行いながらスライドを通したプレゼンを使い,和気あいあいとした雰囲気の中で梅華会のことを学べるような趣向を凝らしています.その中で,今年一年を振り返り,梅華会のミッション・ビジョンに向かって,次の一年はどのように行動していくのかをまとめて「年間の目標」を掲げます.
 スタッフ全員がここまでよくやってきてくれた,ありがとうございますという意味での感謝祭という気持ちもあるのですが,スタッフに感謝されるという成功体験を積み重ねてもらって,個々が自尊心・誇りを持ち,それがプライベートに良い影響を及ぼすのであればこれ以上の幸せはありません.感謝祭は,私にとっても,一年の計をしっかりと立てて次の年に向かって新たに行動を生むモチベーションになっています.
 これから開業を志す先生方,あるいはもうすでに開業されている先生方におきましても,忘年会をやる意図・目的というものを明確にして,単なる忘年会とするのではなく,忘年会をして成功だったと言えるためのにはどうすべきかについて考えてみるのもよいかもしれません.


製薬会社との接し方

 たくさんの医薬品情報をタイムリーに教えてくださる製薬会社のMRさんとの関係にも想い出深いものがあります.赴任した先々の病院には,それぞれ出入りのMRさんがいて,そのMRさんから説明される薬の効果や副作用などのデータを参考にしながら,私たちは治療方針に沿った薬剤を選んでいくのですが,その過程の中で仕事以外のところで,人と人としてお付き合いさせていただいた想い出がたくさんあります.
 特に,私が遠く離れた札幌に転勤した時には,誰も知らないその場所で,まず真っ先に親身になって相談に乗ってくださったのがある製薬会社のMRさんでした.その方とは,仕事だけではなくて仕事が終わってからも一緒に食事に行ったり,スキーに行ったり,テニスをしたり,プライベートでも様々な交流を行いました.札幌を離れる時に最後に頂いた名刺入れは,今でも私の大事な大切な宝物です.
 MRさんの持っている情報は薬効に関するものばかりではありません.例えば,アレルギー性結膜炎の治療薬「アレジオン」という点眼薬は,一般的に医薬品として出ている中で唯一,ソフトコンタクトレンズを装着していても点眼が可能です.MRさんが提供してくれた情報の一つですが,そういう情報は開業しているとなかなか他のドクターから流れてきません.その他,他のドクターの考え方や行動,あるいは医療業界における流れというものも教えていただくことができます.医師としての更なる技術の研鑽を積む過程で,日々のMRさんとの関係性は非常に大切なものになります.
 とはいえ,一部のMRさんの中には,ただ業務日誌にドクターとのアポを取ったという成果を書くためだけに面会を求めているように感じられる方もいらっしゃいます.そこで,MRさんと面会する時間の調節も非常に大切になってきます.アポイントメントを無制限に受けていると,毎日の昼休みがMRさんや医療機器メーカーとの面談に費やされることになって,ややもすると医院経営のために割く時間が少なくなることにもなりかねないので,その点も注意していく必要があるでしょう.


卸業者との折衝

 医薬品の納入をお願いする卸業者とは,勤務医の頃にはほとんど接点がなかったかもしれません.有名な卸業者には,メディセオさん,ケーエスケーさん,スズケンさんなどがあります.日々私たちが院内で使用する薬品は,卸業者から仕入れていくわけですが,仕入れ価格は会社によって差があります.噂では,カルテルのように地域の中で共謀して同じ値段で設定しているという話も聞いたことがありますが,真偽のほどはわかりません.
 しかしながら,薬品として仕入れている以上,クリニックの経営上,企業努力として仕入れ単価を下げて諸経費を下げるという行動を続けていく必要があります.
 梅華会では,医薬品の選択や採用は,看護師が行っています.定期的に仕入れ金額を見直したり,ロットによる発注で金額面を下げるような交渉をしたり,あるいはインフルエンザの予防接種のように時期に応じて大量に発注するようなケースの場合も看護師が事前に交渉します.
 また,今まで卸業者だけにお願いしていた梅華会ですが,最近は通販のアスクル・メデトモでも医薬品の販売をしているので,ちょっとしたガーゼやシーツ,注射器などは,いろいろ見ながら一番安いところ,あるいは一番効果が高いと思われるものを選択するようにしています.また,梅華会には現在4つのクリニックがありますので,大量仕入れというスケールメリットを享受することも考えに入れながら発注するようにしています.
 ところで,卸業者との折衝を看護師がすることに驚いた方がいらっしゃるでしょうが,院長が全てをやろうとすると,もっと重要なことができなくなってしまいます.できるけれどもやらないというのが院長としての理想の姿であると思っています.つまり,やらないということは信頼できるスタッフの誰かにしてもらうことになります.
 そのためには,やはりチーム医療とエンパワメントが必要不可欠であり,院長の考えや理念を常にスタッフに伝え続け,意識を共有していることが大切です.


医療機器メーカーとのお付き合い

 診療科目によって異なりますが,医療機器は,開院時の初期投資額の半分あるいは半分以上を占めるのではないでしょうか.それほど医療機器は高価なものですし,経過によって故障や不具合を起こしたりするケースもあります.耳鼻咽喉科である梅華会での医療機器は何といってもファイバーがその代表ですが,ファイバーは頻繁に使ううえに先端が細くなっていますので,患者さんとの接触で先端が傷んだり,ゴムが劣化することが少なくありません.
 そのような場合に,いかに迅速に対応してもらえるかが重要です.極端な例ですが,診察時間内にファイバーが故障してしまうということになると,診療に多大なる影響が生じてしまう可能性があります.そういった時に迅速に対応してもらうためには,普段から,保守契約をしっかりと意識しておく必要があります.
 また,医療機器メーカーは医師の動向にも詳しく,現在の梅華会阪神西宮の院長である南野尚也さんをご紹介くださったのも,ある医療機器メーカーでした.私は,そういったご縁というものを大切にし,人と人として誠意を持ってメーカーとお付き合いすることで,お互いがWin-Winになれるような関係性を築き上げ続けたいと考えています.


取引銀行との融資交渉

 融資に関しては,私自身の経験をお話しすることがなによりと思います.
 クリニックを開業するときは,診療科によって差はありますが,おおよそ数千万円から1億円が必要になります.テナントとしてでなく土地や建物も所有してということになればさらにかかるでしょう.ドクターは世間一般では高所得者に分類されるのでしょうが,人間の性(さが)なのか,収入が増えた分支出も増えるものですから,なかなか貯金はできないのが現状のようです.周りのドクターを見回してみましても,融資を受けずに自己資金だけで開業したドクターはほとんどいません.かくいう私もその例外に漏れず,融資を受ける必要に迫られました.
 しかし,融資を受けると言っても,銀行なんて預金通帳を作るときやお金を引き出す時にしか行かなかったものですから,実際にお金を借りるという時には,どれくらい親身に相談に乗ってもらえるのか見当もつかず,先輩の情報を頼りにするしかありませんでした.
 最初に日本政策金融公庫,いわゆる国金に相談に行きました.融資には担保を必要とする銀行が多い中,国金は担保不要ということでしたが,保証人が必要ということで,私は,自分自身の力で何とかやってみたいという思いもあった手前,断念しました.
 そして次に選択肢の一つに挙がったのが,今はもうなくなりましたが,当時三井住友銀行にあった開業医向けのローンパッケージでした.身元の保証人も必要なく担保も不要でした.
 その時融資を受けた額は約5,000万円(金利は2.6%),自己資金2,000万円,計約7,000万円からのスタートでした.その中から内装費を支払い,医療機器を準備し,一部はリースで計上し,残りを運転資金に充てたのです.
 その時は,ただ銀行に言われるがままにするしかなかったのですが,今にして思えば,もっと交渉の余地があったのでないかと思います.銀行もビジネスですので,他行と比較したり,あるいは自分の独自性,自分なりの事業計画というものを明確にしたうえで,クリニックをその場所で開業する狙いやクリニックの今後の展開,地域に対する貢献度などを銀行に伝えることによってクリニックの信用が増し,金利にも影響したかもしれないと思えるのです.説明用の書類を細かい数値を用いてパワーポイントできれいに示すということでなはなく,自分自身の原点であるクリニックをどうして開業したのかという熱い想いを伝えていくことで人と人との関係性が上向き,よりよい結果を手に入れられたのではないかと思っています.
 現在,複数の銀行と取引していますが,こうした自分の熱い想い,あるいはクリニックとしての業績を高く評価してもらった結果,最近での金利は変動でおよそ0.6%まで下がってきています.近年の金利は低いので,時代の流れと言われればそれまでかもしれませんが,クリニック経営において診療報酬が高止まりしている中,融資コストも敏感に考えていく必要があります.


顧問税理士からのアドバイス

 個人であれ法人であれ,クリニックを運営するに当たって欠かせないパートナーが顧問税理士です.
 税理士は,もちろん適正な納税を推進するという役割を担っていますが,クリニックの顧問として,運営に率先して関与するパートナーとなってもらうことが大切です.いわゆるPL =損益計算表,あるいはBS =貸借対照表,そういった数字の羅列が税理士から提示されます.今まで縁がなかった数字ばかりが並んでいるので,意味が良く理解できないと会計嫌いになってしまって,月々の会計帳簿をあまり見ないという開業医の先生方もいらっしゃるかもしれません.
 しかし,経営者となったからには嫌でも会計帳簿の数字と向き合っていかなければなりません.「I love numbers, numbers love me」私と数字は相思相愛だと,自分の中で思い込むぐらいの覚悟をしていかないと,管理次第で大きな損失を招いてしまう可能性があります.
 数字は正直で,計測でき,管理できます.そして,管理をすることによって次の戦略を立てやすくなります.クリニックの人件費は売り上げの何%を占めているのか,前年度に購入した資産に対する減価償却はどのように推移しているのか,仕入れ額は売り上げ額の何%ぐらいになるのかや,当期における長期の借入額と返済額との関係まで管理していかなければなりません.
 クリニックには繁忙期と閑散期が必ずあります.繁忙期の保険収入が2カ月遅れで入ってくるのがわかっても,閑散期にスタッフのボーナス時期が重なったりすると,短期的には資金繰りがショートしかねません.そういった時に備えて,銀行の当座貸越といった制度を利用し,必要に応じてスピーディに融資が下りるような体制を構築していくことも重要になります.

 ところで,どの業界,どの業種でもそうですが,私たちクリニック経営にとって一番の経費は何だかご存じですか? 人件費でしょうか? 大方の人は人件費と答えられるかもしれません.確かにクリニックはサービス業であり,サービスを売る,ということですから人件費がかかるのは致し方ありません.しかしそれ以上にかかる経費があります.それは,実は税金なのです.一番かかる税金に対してしっかりとした対策を打たないと税金に翻弄されかねません.もちろん必要な制度に則った納税は必要ですが,しっかりとしたマインドを持った節税が必要です.脱税ではなく節税です.節税対策も含めて安定した病院経営を行うことこそ,患者にも,地域にも,そしてスタッフにもより愛されるクリニックになっていくと考えます.
 このほか,月々の電気,水道などの光熱費や広告・広報費,通信費,コピー用紙やインクなどの消耗品費,販促費,そういった細かい品目まできっちり管理し,前年度との比較を行うことで,どのポイントに効果的に資金を投入していく必要があるのかが見えてきます.
 よく簿記は3級を取得した方がよいとか,複式簿記をある程度理解した方がよいという話も聞きます.もちろんそれに越したことはないのですが,私たち医師にとっての優先順位を考えた時に,やらなければならないことは他にあるはずです.ですから,まずは数字に慣れることが大事です.損益計算書に慣れる,貸借対照表に慣れる,ということです.
 数値に翻弄されながらも,そこから見えてくる課題も多いものです.単なる数字の羅列から,何かしらのイメージを読み取って,クリニックにとってより効果的な戦略・戦術を練るためにはどのようにしたらよいのか? そう考える機会もまた,勤務医の時には想像もできなかったことです.
 私が税理士から指摘されたことに,売り上げに対する福利厚生費の割合があります.当時,売り上げに対して福利厚生費がそれほど高く計上されていなかったのです.福利厚生費というのは,言ってみればスタッフに対するサービスで,そこには税金がかかってきません.支出する法人からすると経費として売り上げから差し引ける,一方,受け取るスタッフからすると給与ではないので所得税がかからない,つまり,双方とも税金がかからないということになります.
 税理士の指摘により,この制度をうまく使っていこうと考えた私は,まず従来から入っていた市の福利厚生制度に加えて,民間が運営している福利厚生倶楽部に加入しました.福利厚生倶楽部は,一定会費を支払うことによって,梅華会のスタッフがそこのカードを用いてホテルや旅館の宿泊,公共交通機関の利用,イベントやコンサートのチケットの割引など,様々なサービスを安く楽しむことができるというものです.このおかげで,スタッフに公私ともにより充実した毎日を送ってもらうことができるようになりました.
 また福利厚生の一環として,スタッフの誕生日には花束を贈呈しています.一人ひとりに感謝のメッセージを添えて,毎回私が渡しています.これも名目では福利厚生に入ります.さらに2015年より,大家族主義という名のもと,スタッフの家族に対しても花束を贈ったり,図書券を送ったりしています.スタッフが元気に働いていてくれるのも,それを支える家族の理解があってこそだと思うようになったからです.このように福利厚生という漠然としたものが,帳簿を管理することで,数値で測って計測し,そして判断する指標となってくるわけです.
 当たり前のことですが,売り上げがどれだけ高くても,実質の利益が出ていない状態では,いずれかの経費を上げるような行動を積極的に行うことはしにくいものです.目先の売り上げ,つまり,レセプト枚数だとか患者さんの数だとかに捉われるのではなく,クリニックにはどれぐらいの売り上げがあって,どれぐらい借金を返して,どれぐらいの減価償却にかかって,そして最終的な実益はいくらになったのかを把握することが必要です.そして,その実益を適切に分配するためには,納税および節税という意識をしっかりと頭に入れていく必要があります.


社会保険労務士との就業規則策定

 就業規則という名称には皆さん聞き覚えがあると思いますし,開業されている方は既に導入されているかもしれません.私は勤務医として十数年勤めてきましたが,当時は就業規則の存在も場所もよく把握しておらず,医局の片隅においてあったような気がするものの,きちんと読んだ記憶もないしそれについて特段何か感じたこともありませんでした.あくまでも形だけの,本当に形だけの雇用業務の規則,といったイメージしかありませんでした.
 しかし,開業していざ採用する側になると,就業規則がないとその都度こまごまとした相談事が生じてきます.常勤の有休の付与というのはいつから始まるのでしょうか,有休の計画的付与というのはいったい何なのですか,私は残業が週に何時間ついているんでしょうか……などなど.開業して初めて,私はパートさんにも有休休暇があるという事実を知りました.しかし,社会保険労務士から,かなり多くのクリニックにおいてパートさんには有休が支払われていないとも耳にしました.
 中小企業だから仕方ないか,といった気分で就業規則を作らないでいると,雇用者と被雇用者の双方にとって不幸な結末になりかねません.就業にあたってお互いに気持ちよく雇用し,勤務できるよう,一定の決まりを明文化したものが就業規則です.就業規則を作ったからといって,売り上げが上がるとか,信頼関係が上がるといったことはないかもしれませんが,規則があることによって院長へ直接相談があがってくる事例は各段に減りました.もしあったとしても「その質問に関しては就業規則に書いてあるから後で読んでみて」と済ませることもできます.
 採用する側のドクター自身は,勤務医時代に就業規則に則った勤務をしていたことはなかったでしょう.残業手当が25%増しという話も聞いたこともなかったし,普通に夜遅くまで仕事をして,そのまま当直して,次の日の朝一番にそのまま手術室に入る……,ドクターの誰もがそれを当たり前のことのようにやってきたと思います.しかし,経営者となったからには,スタッフの仕事と給与のバランスを重要視し,就業規則をないがしろにしてはいけません.就業規則は従業員が5人以上では必要と規定されていますが,クリニックとしてより拡大発展し社会貢献していくためには,従業員が5人未満のクリニックでもぜひ活用されることをお薦めします.
 また,これからはクリニックでも活用できる政府からの助成金にもアンテナをはっておく必要がありそうです.例えば,女性に対するキャリアパスプランを構築したら助成金が下りるとか,前年度よりも人件費が10%上昇すれば助成金を交付するというような制度が,毎年新たに施行されています.
 さらに,そういった助成金を通して国が何に対して援助したいのか,どういった事業に対してサポートしたいのか,といった政策が見えてきます.手続きが面倒なのでやりたがらない社会保険務労士さんも多いと聞きますが,政府からの助成金は積極的に活用するべきと考えます.


近隣薬局との付き合い方

 最近のクリニックでは院外処方が主流になりつつあります.国の方針のもと,医薬分業ということで院外処方を促進するような政策が推し進められてきました.私の4つのクリニックでも全て院外処方ですが,メリットとして調剤の手間が省ける,薬剤の在庫負担をなくすことができるといったことが挙げられます.一方患者さんにとっては,クリニックで受診し処方箋を受けとった後さらに薬局に薬を取りに行くという,いわば二度手間になってしまうというデメリットがあるのも事実です.
 また,クリニックの隣に調剤薬局があったとすると,経営母体は異なっても,来られる患者さんから見れば,クリニックと調剤薬局とは一心同体と思われがちです.そこで,たとえクリニックでよい接遇ができたとしても,その次に行く薬局で長時間待たせるなど,対応方法がいまいちであった場合には,患者さんの受ける印象はどうでしょう? 終わりよければ全てよしとよく言いますが,最後の最後で印象を悪くするようなことがあれば,患者さんにとってのクリニックに対するイメージも悪くなるでしょう.クリニックの評判は,クリニックのみならず,隣接する調剤薬局の在り方にも大きく左右されるものなのです.
 私は調剤薬局にもしっかりとした待ち時間対策を施してほしいと考えています.患者さんの心理としては,同じ時間でも診察を待つまでの時間は比較的短く感じると思いますが,それに比べ薬局で待たされる時間は長く感じられると思っています.言うならば,行列のできるラーメン屋さんでラーメンを食べるまでに待っている時間はまだ待てますが,ラーメンを食べ終わったものの会計の時点で混んで待たされると,その時間はものすごく長く感じられるのと同じような感覚でしょう.
 私たちのクリニックでは,近隣の調剤薬局さんとの連携を密に図るため定期的にミーティングを行っています.
 前述の待ち時間対策のように当方からの提案などもありますが,逆に患者さんが薬局で話したことなどもフィードバックしてくれます.患者さんにとってドクターには言いにくいことでも,調剤薬局では案外話してくれるものです.例えば,処方の内容について,私はこう希望しているけれどドクターの処方はこれだったとか,本当は漢方薬を処方してもらいたかったのに普通の薬を出されたとか,本来ならばドクターに直接話してもらっても何てことはない話なのですが,患者さんからすると,直接ドクターには言いにくいことが多々あるようです.そういった意見も,薬局さんの方で拾い上げて適宜クリニックの方へ戻してもらうと,クリニックにとっても,薬局にとっても,患者さんのことを真に考え,親身に対応ができる,いわばオーダーメード治療ができることに繋がるのではないでしょうか.
 昨今ではジェネリック医薬品の流通量が増し,当たり前のようにジェネリック医薬品を処方していますが,これも国の政策です.ジェネリックではない方がよいと考える患者さんもいます.私たち医療人は,お互いに密に連携を取りながら,情報を共有し,最適な医療を目指していくべきではないでしょうか.


地域の方々とのお付き合い

 梅華会では,時期ごとに様々なイベントに取り組んできました.きっかけは,他のクリニックさんを見学した際に,病気ではない健康な時の患者さんと接している雰囲気を感じ,すごく楽しそうだなあと思ったためです.
 病院やクリニックというところは,残念ながら皆が行きたいと思うところではなく,熱が出たり,咳が出たり,体調を崩してやむなく行くようなところです.ですから,患者さんと不安な状況,しんどい状況の時にのみお会いするのではなく健康な時にお会いしたい,何かしらのコミュニケーションのきっかけにしたいと想い,イベント開催を始めました.
 まずは,2011年に始めた「ハロウィーンパーティ」です.大道芸人さんを呼んだり,簡単なクイズをしたり,あるいは趣向を凝らした衣装を着用し,皆さんに喜んでもらえたので,非常に有意義なイベントだったと思います.また,元気なお子さんと触れ合い,すごく喜んでもらえたことがクリニックで働く私たちの喜び,自信の源ともなりました.


 こうしたイベントは,もちろん患者さんとの交流も深まるとは思いますが,それ以上に,その準備の段階でスタッフ皆が関わり,知恵を出し合い,考え,行動し,そして成功に至るそのプロセスにより,スタッフ一人ひとりが成長し,自信に繋がるというメリットがあります.自信は自尊心に繋がり,自分を肯定的に愛することに繋がります.自分を愛することができなければ,他人を愛することもできません.クリニックにおいて他人を愛し,共感し,想いやりをもつということは最も重要なことだと考えています.
 その他,開院5周年記念のイベント,あるいは,外部から講師を招いての講演会なども行いました.これらのイベントを通してスタッフの健全な成長を目の当たりにしたことで,これからも様々なイベントを開催し,地域住民の方々との診療以外のところでの触れ合いを大切にしていきたいと考えます.


 また,地域のお祭りの一つに,芦屋サマーカーニバルという花火大会があります.その中に地域枠として屋台の出店募集があったので,私たち梅華会は2013年と2014年にその屋台に出店しました.もちろん営利目的ではありません.実際2年連続で赤字でしたが,新しいことに挑戦し,スタッフみんなに達成感を味わってほしいと思ったから出店したのです.


 出店するにあたり,何を商品として売るのか,仕入れはどこからするのか,どのような人員体制で販売を行うのか,入金の管理はどうするのか──といったことを全て新卒スタッフに任せました.新卒スタッフに物を売ることの大変さを感じ取ってほしかったのです.私たち医療業界は,得手して売るという行為,セールスに対してどこか躊躇するようなところがあるのではないかと思っています.これは私の考えですが,本来,セールスは非常に高尚なものであって,相手に納得していただいて商品やサービスを買っていただくのですから,非常に高い知識や技術が要求されるものだと思っています.医療というサービスは,性質上どうしても押し売り的に医療の提供側から前に前にプッシュするような売り方はできないかもしれません.しかし,もし相手である顧客,つまり患者さんにとって本当によいサービス,よい医療行為があるのであれば,それは患者さんにしっかりと伝えるべきです.もちろんその前提として,そのサービスがその患者さんに合ったものであるという確固たる確信があればの話ですが,患者さんと面と向かった時にどれだけ相手に対して自分の信じるところをセールスできるかということも重要です.
 イベントといってもいろいろありますが,たとえイベント自体は失敗に終わっても,何か新しいことをやることによって,何かしら学びを得ることができると感じています.人はやったことの後悔よりも,やらなかったことの後悔の方が大きいという話も聞いたことがあります.私自身,全くそのとおりだと感じていますから,常に新しいことを探して,常に変化できるような組織であるよう心がけています.
 ダーウィンも「強いものが生き残るのではなく,変化できるものが生き残る」と言っていますが,過去20年が劇的な変化であったように,これからの20年もさらに劇的な変化が社会全体に起きると思っています.そのための事前準備を今からしっかりしておく,『備えあれば憂いなし』です.
 なお,皆さん方が初めてイベントを開催する場合は,閑散期に準備し行動できるような規模の小さいものから始めるのがよいと思います.いきなり大がかりなものだと準備も大変ですし,スタッフも混乱します.梅華会でも最初は院長自らが率先して行動する必要がありましたが,現在では,大変有り難いことに,スタッフ自らが主体性をもって自分で考えて行動を起こしてくれています.ですが,最初は院長先生がほとんどを1人で行わなければなりません.時間的なもの,あるいは金銭的なものを含めて開催のタイミングを見計らうことが重要です.
 最初は手間暇かかるイベントですが,普段と状況が違う中での患者さんや地域の方々との触れ合いが,想いがけない気づきを得ることができる絶好の機会になることは間違いありません.

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