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寄せられた声をきっかけに取材。「こちら編集局です」ができるまで

 「こちら編集局です あなたの声から」は、皆さんからの「なぜ?」「おかしい」という疑問や困りごとを基に、記者が取材し、記事として発信する試みです。声が届いてからどのように記事になるのでしょう。「打ち上げ花火を楽しむ場所がない」という声から始まった事例で、「こち編」を具体的にご紹介します。(江頭香暖)

「あなたの声」がスタート

 「こちら編集局」には、専用のLINEがあります。友達登録をして参加している人は現在1万人余り。毎日さまざまな声が寄せられています。2021年9月8日、広島市安佐南区の尾首涼子さん(38)から「ホームセンターで花火セットを買ったら、うっかり打ち上げ花火が入っていました。近くの公園は打ち上げ禁止だし、捨て方も分かりません」と困惑する投稿がありました。

尾首さんが寄せたLINEのメール

 尾首さんは、「返事がなくてもいいや」くらいの気軽な気持ちで友達登録し、初めて投稿したそうです。このときは編集局の記者がすぐ返信しました。「確かに…打ち上げ花火をするところって悩みますよね。しかも、捨て方、私も知りません。調べてみたいと思います」

 尾首さんに電話してあらためて疑問点を確認しました。尾首さんは「本当に調べてくれるんですね」と驚いた様子。長男の光太郎さん(9)は、花火が大好き。手持ち花火は簡単に楽しむことができても、「打ち上げ」となると制限が多い実情があるようです。

記者が取材

 早速、取材に取りかかりました。まず広島市役所のホームページを開くと、「よくある質問と回答」の欄に「打ち上げ花火については、広島市内の全ての公園で禁止」とありました。手持ちの花火については、平和記念公園と中央公園(広島城周辺の区域)を除き「可能」とあります。

 市街地から離れた川や海の周辺だったらどうだろう。思い付く限り、花火ができそうな場所を管理する市内の行政窓口に尋ねることにしました。公園や河川敷を管理する市緑政課、尾首さんが住む安佐南区の維持管理課、太田川の河川敷を管理する太田川河川事務所、海岸を管理する県港湾振興課、国土交通省中国地方整備局や消防署…。

 電話や面会で話を聞きましたが、打ち上げ花火をどこなら上げてもいいのか、なかなかすっきりした回答は得られません。市公園条例の禁止行為に該当する可能性があったり、港湾法や関連条例で禁止されていたり。「手持ち花火に比べて音が大きく、高く打ち上がる」という特性があるため、行政の立場からすると周辺住民への迷惑にならないよう「配慮」が先立つようでした。

さらに取材

 コロナ禍の中で、ただでさえ花火大会などの行事が中止となる中、せめて子どもが安全に遊べる場所を探したい。目先を変えて、花火の専門家に聞いてみることにしました。インターネットで調べた公益社団法人日本煙火協会(東京都中央区)に電話すると、「騒音などを理由に、実施可能な場所を具体的に提示しない自治体が多い」とのことでした。
 では、行政以外が管理する場所だったら? キャンプ場ならできるかもしれない。そう考え、市内外の複数のキャンプ場に聞いてみました。でも、「打ち上げ花火は危険なので許可できない」。やはりお墨付きが得られる場所は見つかりません。明快な答えが出ないという取材結果こそ、市販の花火も遊びにくい現代の環境を示しているのではないかと感じました。

記事で発信

 この一連の取材と、市環境局に聞いた花火の捨て方を記事にまとめました。最後にこうつづりました。

 「結局、騒音に配慮し、木々など燃え移るもののない広い場所を探すしかなさそうだ。昔のように、打ち上げ花火を家庭で楽しむのは難しい。時代とともに騒音への配慮がより求められているからだろう。だからこそコロナ禍が収束し、皆で夜空の大輪を眺められる花火大会が待ち遠しくなる」
 記事は2021年9月16日付の中国新聞朝刊「広島都市圏版」に掲載しました。尾首さんからの声をキャッチしてから8日目。このときは比較的スピーディーに、発信することができました。

 記事になるまでに長い時間がかかることもありますし、取材しても記事にならないこともあります。記者の数も限られていて、全ての声にお応えするのは難しいのが現実です。でも、できる限り、皆さんの「?」の答えを探せたらと考えています。

記事掲載その後

 その後、尾首さんから後日談を電話で聞きました。尾首さんは記事を読んで「すっきりした」とうれしかったそうです。庭で打ち上げ花火を上げても違反ではないと知り、近所の祖父の家の庭で3本ほど試しましたが、やっぱり近隣の目が気になってやめたそうです。残りの花火は記事を参考に、一晩水につけて処分しましたといいます。

 長男の光太郎さんは習い事の教室に新聞記事を持って行き、友人や先生に見せるなど喜んでいたといいます。ママ友同士でも「花火する場所って困るよね」「どこに聞いたらいいか分からなかったけど、参考になった」と話題になったそうです。
 「(こち編は)ちょっとした疑問を気軽に送ることができるツール」と尾首さん。新聞掲載を通じて不明点が分かるようになり、共感の輪が広がったことに喜びを感じたそうです。

社会が変わる?

  このほかに、記事で発信した後に、「変化」が生まれた事例もあります。
 例えば、広島市は2019年5月、マツダスタジアム(南区)の電光式スコアボードに表示されるボール(B)カウントの色を、その年3月のオープン戦から使っていた緑から水色に変更しました。色覚異常のあるファンの男性が、「こち編」の記事を通じて、「緑だと見えづらい」という声を上げていました。その声が「社会を変えた」事例です。

 皆さんも日々の素朴な疑問や困りごと、ぜひお寄せください。お待ちしています。
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