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#1 ぶんぶん公園と近田家とサクラ(1)

#0 東京 調布 陥没発生から3年

2023年1月、霧雨まじりの寒い朝。調布市東つつじが丘の「入間川ぶんぶん公園」は、戸建てや低層の集合住宅に囲まれた静かな場所にある。
普段は犬を連れたひとや子ども連れのひとが、ベンチに腰掛けるなどしてゆったりと過ごしているが、そんな光景はこの日を境に、少なくとも2年程度はみられなくなることが決まっていた。外環道の大深度地下トンネル掘削工事で陥没や空洞の発見が相次いだ問題で、緩んだ地盤を補修する工事のためだ。

朝8時過ぎ、小学校に向かう子どもたちが道を急ぐ。と、ひとりの男の子が公園の一角に入った。ランドセルを置き、地べたに座り込むや否や、ノートや鉛筆か何かを取り出し、手を動かし始めた。

公園の最後の利用者(画像は一部加工しています)

必死さが伝わるその姿に、思わず吹き出しそうになった。忘れていた宿題か、それとも確信犯的にいつもここでつじつまを合わせていたのか。最後の利用者である彼は、明日からどこでこの作業をするのだろう。

彼が去って30分ほど。今度は数人の工事関係者が訪れた。入り口にゲートを手際よく設置して公園を閉め、トラックから小型の重機をおろして作業が始まった。
この公園には、地盤に注入するセメント系の固化材や地中から出た排土を圧送するための大型の設備などが設置される予定だ。

「最後の利用者」を送り出し作業に着手

「おはようございます」
近田眞代さん(当時75)が向かいの家から姿を見せた。背の高い白い壁。縦に入ったブルーの線と、とがった屋根が特徴的なこの家も、地盤補修の対象エリアにあるため取り壊されることが決まっている。

近田眞代さん

長年、都立病院で放射線技師の夫とともに自らも検査技師として働いた近田さん。15年前に夫婦の退職金を使って家を新築した。草木を育てる庭をつくるためコの字型に設計。2階のリビングは眞代さんの希望で窓を多くし、風呂場からも外を眺められた。幼い孫と追いかけっこをした竹製の床。三和土のタイルは、孫が滑ってけがをしないようにと滑りにくい材質に変更した。建築会社への度重なる注文に「またですか」とあきれられながら出来上がったこの家を、終の棲家にするつもりだった。

明るい部屋が好きという眞代さん 窓が多い設計だ(2023年4月撮影)

近田眞代さん:「40年共働きをして、子ども3人をどうにか育て上げて、おじいちゃんおばあちゃんを看取って、自分たちもここで死のうと思っていたんですけれど」

重機で掘り起こされる樹木

公園では樹木の撤去作業が始まった。周囲に植えられていた胸ほどの高さの木の根元に、重機のバケットが差し込まれ、次々と掘り返していく。眞代さんはその様子を写真を撮りながら、じっと見つめていた。

近田眞代さん:「明日は我が身じゃないけれど、植木ってあんな風に抜かれるんだと思うとかわいそう」

夫・太郎さんが買ってきた苗が大樹に(2022年4月撮影)

近田さん宅の庭には、45年ほど前、長女の誕生祝に植えたサクラが屋根よりも高く育っている。まだ小さかった子どもたちと、こちらもまだ小さかったサクラを囲んでお花見をした思い出を、以前、楽しそうに話してくれたことがある。

事業者側から言われた言葉は、
「家を逆さにしても何も落ちてこない状態で引き渡して下さい」
家族の思い出が染みついた家は取り壊され、3人の子どもの成長を見守ったソメイヨシノも撤去される。

不気味な振動と陥没、空洞、そして立ち退き。不安や恐怖におののいた日々からわずか2年あまりの、怒涛の日々を振り返る。

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