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関係各所連絡用です。

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仮想敵②

破綻したシステムの中で上手く振る舞っても,その結果は破綻している。 論理的に正しいのか… A ⇨B の真理値は,前提の真偽にかかわらず,Bが真ならば 命題は「真」 何か違う気がする。何が論理的に矛盾しているのか? ーーーーーーーーーーー前提の真偽に関わらず,私は上手く行っていないが(笑)

    • 開かれた社会とその敵

       我々の理論や立場は誤り得る,あるいは批判されうるが様々な批判やテストによって誤謬の排除を通して真理に接近しうるのである。   健康な人間ならば普段あまり体や健康を意識しない。歯に痛みを感じないときに歯の存在を意識するだろうか?同じ事は法律や制度にも言えるだろう。それらを意識するのは,多くの人は交通違反の時などで法律なり制度の存在に気づくのである。しかし何かの事情でこじれたときにそれは社会的,物理的な抵抗物となって現れてくるのである。法律や制度は人間によって作られたものであり

      • IBM7094-7040DSC〜瞑想〜

         不純な記号を排してそれ自身に現前する声,意味なるものはない。差異があってはじめて意味が生じ,差異をはらみつつ反復される。  生成AIらしき物の登場は表題の通りである。弱いAIの最初のものかどうかは確認できていないが,生成AIは今のところ強いAIではなく弱いAIと言うべきであろう,しかし数値化された膨大なデータ,カルマンフィルタ・隠れマルコフモデルのアルゴリズムの効率化,そして結果の分かり易さから昨年くらいから盛んに喧伝され人々を脅威に感じさせる手法がいかにも宣伝じみている。

        • 命題の完全な分析は,ただひとつ

           時代の細部を哲学的に書き出す「戯画」こそが,肥大化した現代社会に対するゲリラ戦である。そこでは,効果的な誇張や,全体を歪め,全体を揺るがすような侵犯の仕掛けが必要である。  隣国の誘導飛翔体がたびたび話題にあがる。その飛翔体は知能を持っているのか,攻撃目標に対しサイバネティクスを駆使し,それら飛翔体は恐ろしいほど正確に目標に向かっているように飛翔するように見える,しかし冷静に考えれば目標とのズレを修正しているだけである。しかしAIに望む事はもっと高度な知能であり生成AIは現

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        仮想敵②

        マガジン

        • 深く解く。
          2本

        記事

          絵もひとつの事実である

           同一なるものは,他者との差異によってか,あるいは「同じもの」として反復されることによって,同一のものとして構成される。つまり,それは差延の一効果に過ぎない。  生成系AI だと何かと話題になっているが,機械は知能を持ち人間を支配すると言う意見には疑問を持つ。意識的知性は,まったくの自然現象にほかならないと言えよう。意識的知性は適切に組織化された物質の活動にほかならない。少なくともこの惑星においては何十億年もの化学的,生物学的,神経生理学的な進化の結果としてそうした精緻な組織

          絵もひとつの事実である

          無意味の論理学

           神の存在,人生の意味と言った,思考の限界を超えた問を思考しても,このような問には答えようがない。答えのない問は「偽」の問である。  人間以外の動物でもクモや,白アリ,ビーバーのように複雑な造形物を作り出すものは少なくない。すなわち生物は環境を改変する存在なのだ。その改変された環境が,次の生物を選択し,そして進化させていく。  それに対し人間の構造物は,それ自体が生命体であるかのように振る舞う。生物体からも独立度が高い。これは人間の脳が発達したため文字などを使って情報を記録す

          無意味の論理学

          組み立て除法に関する考察②

           教科書から捨てられた組み立て除法を拾い直すと言う話しの続きだが,当然誰かが何かの目的で,考案したものであるので,不要とは考えられない。多項式の除法だけで十分だと思えるし,受験などでは逆にリスクとなり得てしまう。  では,以下の問題を見てみましょう。  どうしますか? 展開したくないね。色々やり方はあるだろうが,気がつかないと膨大なタイムロスだな。  偶然だと言うのなら,入試問題から  まともにやると三元一次連立方程式になってしまう。組み立て除法を実行すれば,さして計算

          組み立て除法に関する考察②

          語れるものついては沈黙してはならない。

           論理的推論は前提の言い直し,つまりトートロジー(恒等命題)にすぎない。真偽両方の可能性があり,且つ何かを擬として排除するとき命題は世界の「事実」について何事かを語る。  映像の時代であるとか,サイバー空間だとか新しいメディアとされる側で,言語は不必要だなどとのたまう者も散見されるが,メディアの役割とは真実の追求ではなく,あくまでも,現在のみにに奉仕する。そして過去を忘れ未来を見据える事無くプレス缶のごとく圧力をかけそれらを現在に全てくっつけてしまう事でしかないのか。  今日

          語れるものついては沈黙してはならない。

          組み立て除法に関する考察①

           教科書の本編から外れた,組み立て除法について考えることにする。あまり重要性を見出せなかったが,ある失敗から偶然出来てしまった。もちろん,似たようなものがあるのかも知れないので,オリジナルと言う気はない。  これで,計算の簡略化が可能になる。しかしながら,教科書や学習参考書を使う状況であるならば,ゆっくり考察する時間はないのが大方の本音であろう。 組立除法とは組立除法の例題慣れるために使って見る。 2進数⇨10進数ではこんな例はいかがですか 受験問題から 別に不思議と

          組み立て除法に関する考察①

          悲しき温帯

           いかなる「未開」文明も大人の文明であり,一見「非論理的」に見える諸儀礼も,それ固有の論理を備えている。   我々が日常で所属する組織なり社会と言うのは,常に既得権益を守る事が目的となってはいないだろうか。それであるがゆえに外的環境の変化に合わせて適応していく事が出来なくなってはいないだろうか?組織なりの意思決定が一方に偏り時間がやたらとかかるために,時宜にかなった適切な対応が取れず,組織としての行動の連続性や長期的展望よりも,目前の問題の処理が優先され自ずと組織の行動力は低

          悲しき温帯

          偶然は必然の積み重ね

           同一性に縛られない差異は,質的でなく量的な差異でありその量は,外延で量られず,内包で量られる。  人工知能の話題を良く耳にする。メディアでも毎日のように(大げさに)取り上げている。直近の話題の中心は生成AIと言ったところであろう。これを《知能》と呼ぶかと言うことは置いておき,今後は有機物を含め,生物を製造あるいは環境を工業的に生産すると言う問題に遅かれ早かれ直面するだろう。  バイオエタノールがいかにも化石燃料に代替できる能力を持つと喧伝されているがエタノールは本来食糧であ

          偶然は必然の積み重ね

          部分と全体

           共同社会から切り離された諸個人が,独自の人格や個性のない「大衆」として「運動」に動員されるのが全体主義の特徴である。「運動」の目的は,可能な限り多くの人を引き入れ,組織し高揚させる事で一人ひとりを絶えずあらゆる面で支配することである。  大震災とそれに続く発電所の事故をきっかけに,近代化を推進してきたこの社会のありかたが限界に達した事がこれで露呈した。戦後の政治体制がどうであったかはひとまず置いておき,今後科学技術を社会の中でどのように扱っていくのか,そしてその制御と管理に

          部分と全体

          時間がない (Galoisが友に宛てた手紙)

           社会生活をゲームと見れば,多様な戦略と,共通のルールとの矛盾は生じない。およそプレイヤー全員が採択するようなルールとは「正義」である。  時の主流派以外は第一線から排除される。それはどのような社会・時代でも大なり小なり同じ事だと思う。しかし現代社会では,主流でない意見・考え方そして行動パターンまでが,社会の第一線から排除されながらも一定の存在感をもっていられるという許容範囲が非常に狭いと考える。多様な意見が乱立し,そして存在を許容されている社会その多様性が長い目で見れば社会

          時間がない (Galoisが友に宛てた手紙)

          破綻し続ける閉鎖的社会システム

           道具的な理性は,自然を計算ずくで支配しようとする理性と同値である。それが人間の支配と言う野蛮に転じて今現在がある。  それは,震災前の社会はある意味では成功したと言えるだろう。(一般的見解であり,個人的には疑問を持つ。)しかしひとつの環境に適応し成功すると言う事は,それと異なる別の環境でも成功する事を意味しない。否,特定の成功体験は新たな環境への改革を阻害する。成功の慣性力が強ければ強い程,環境が変わった時に戦略を素早く変え新たに適応していく事が難しくなる。  高速で走る車

          破綻し続ける閉鎖的社会システム

          ゼロ記号は構造を循環する

           構造は部分に対し影響を及ぼしながらも決して姿を現さない。効果と言う痕跡を残しつつも,全体としての構造は常に不在である。  人間が生存していく上での社会システムはあまりにも巨大になり過ぎてはいけないと最近になり強く感じる。社会システムへの依存が大きくなり過ぎるならば,突然何かが起こった時代替する物が存在しない。代替えする最低レベルの物は自分たちで持っている事これがこれからの社会システムを構築する上での最低限の出発点であろう。

          ゼロ記号は構造を循環する

          人間は,波打ち際の砂に描かれた顔のように消え去るだろう。

          「見える物」と言う構造は,「見えない物」という差異に構築されており『意味』は見えない物にこそ存在する。  あるシステムがしっかりと確立し,さほど不自由なく作動している場合それを変更することは困難であろう。強固なシステムが構築された社会では人々の価値基準,評価基準が画一化してくる。すると行動様式までもが画一化してくる。  基本原理や内部構造になんら疑問を抱かず,クリック一つでしたい事が可能となる社会では致し方ないか…

          人間は,波打ち際の砂に描かれた顔のように消え去るだろう。