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陰謀論と医療情報リテラシー

日本で働いていた頃の話だ。手遅れのがんが見つかった患者さんを担当した。まだ若かった彼は、先進的な医療を求めて私の病院に転院してきたのだが、もう緩和治療以外できることはなかった。その患者さんのお母さんが、インターネットで見つけてきたある健康食品を示して「これを使ってもらえないだろうか?」と申し出た。一読したところ、基礎研究においては抗がん効果は認められるらしいが、まだサプリメントの域を出ていないものであった。ただ、宣伝ではいかにもがんに効果があるように書かれている。ご家族は藁にもすがる思いだったに違いない。私は、なんともいえない腹立たしい気持ちと悲しい気持ちになったものだ。

有名なタレントさんなどでも、標準治療ではなく代替治療を選択する方もいたが、私の病棟では標準治療に賛同した患者さんばかりだったので例は知らない。しかし、難病患者さんの中には、私達医療従事者から見たらありえないような民間療法を実践し続けて、効果が得られず結果的に悪化してしまった方もいた。

新型コロナのパンデミックが起きて、ネットやマスコミでは情報が錯綜した。陰謀論や様々な荒唐無稽な話、エビデンスもないのにまことしやかに持論を展開する学者や医師。コロナワクチン不妊説は未だに根強いようだ。
医師が率先して怪しい話を発信しているのだから、一般人が信じ込むのは無理もない。そして、日本の学会や識者も珍説や誤った情報を否定することもない。

自分は一応専門教育も受けてきたので、標準治療が100%ではないにしろ、ごくわずかな人に奇跡が起きる民間療法よりも多くの人に効果があった治療法のほうが信頼性が高いのでおすすめする立場だ。ワクチンも、研究により一定の予防効果や症状の悪化を抑制するということが明らかになっているので、自分は率先して受けている。残念ながら、副作用があるのも事実だ。ワクチンを受ける受けないは、個人の自由だが、胡散臭い情報を信じて標準治療を受けない、ワクチンを打たないという判断になるのは残念だ。

ではなぜ、人は怪しい情報を信じてしまうのか?

例の健康食品のとき、調べてみた。
まず、人は自分に都合のいい情報を集めてしまう傾向にあるらしい
たとえば、もう手遅れのがんに対して、ある食品を使用したらがんが消えた!という記事があるとする。その記事には、一体何名の末期がんの人が使って何名が助かったかは書かれていない。1000人使って1名しか効果がなかったのかもしれない。でも、人はその助かった1名に着目する。残りの999人に効果がなかったという結果は見なかったことになるのだ。

ワクチンデマもそうだ。ある人は、ワクチンに不安があるとする。すると、ネット上で「ワクチンを打ったら死亡率が上昇」「ワクチンの副作用で心筋炎が発症」といった記事に目が行きがちになる。コロナやワクチンに関しては、センセーショナルな見出しが多いから余計目につく。ネットの特性として、ある記事を検索したり読んだりしたりすると、似たような記事が上がってくる仕様がある。すると、ますます反ワクチン的な記事が多く表示されるようになる。ワクチンの効果やエビデンスの記事よりも、ワクチンによる弊害の情報ばかり頭に入ってくるのだ。

さらに、デマや信憑性に乏しい記事は読みやすく書かれている。文章の端切れも良い。逆に、信頼性が高い記事は、根拠やデータを掲載するから長くてとても読みづらい。さらに科学的な文章のほとんどが「100%正確です」「間違いありません」とは書かない。科学者というものは、つねに物事を疑って見る癖があるし科学の進歩によって常識が覆る可能性もあるから「確からしい。」「可能性が高い。」といった言い方をする。散々、データや根拠、長々とした前提や例外などの説明をした挙げ句「現在のところここまでは言えるが、100%確かとは言えない」などと結ぶものなら、読者は「?」となる。(こんな歯切れの悪い学者は、ワイドショーには呼ばれない)なので、ネット上では非科学的な記事のほうが人気となる。

かくして、デマや怪しげな民間療法、サプリメントなどが世の中に広まっていくのであった・・・

*ヘルスリテラシーについて、北米、南米との比較がないところがまたバイアスっぽくて面白い。北米は低そうなんだが・・・



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