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最新作カンヌ入賞に期待のかかるカウテール・ベン・ハニア監督が、革命後のチュニジアの闇に切り込んだ『マリアムと犬』〜イスラーム映画祭8

 神戸では毎年GWに元町映画館で開催されているイスラーム映画祭。イスラーム圏という切り口で、日本未公開作や日本紹介後公開されない作品などに光を当て、その国の文化や社会問題に向き合う機会を与えてくれるとても貴重な映画祭だ。昨年に続き、2010年代のアラブ諸国における民主化運動(アラブの春)の先陣を切ったチュニジアで活躍する女性監督作品が紹介された。

日本ではカウテール・ベン・ハニアという訳名で紹介されているカウサル・ビン・ハニーヤ監督。前作の『皮膚を売った男』(2020)は日本公開されているが、その前作である『マリアムと犬』(2017)は日本初紹介である。本作はまさに民主化運動直後の、混沌とした時期であった2012年に実際に起きた警察官による性暴行事件をモチーフに、女子大生の悪夢の一夜を9つの章立て(各章はワンカット撮影)で描いた、まさに#Me Too映画だ。2017年自体が#Me Too運動が盛んになるきっかけとなったハーヴェイ・ワインスタインの性加害告発記事が出た年であり、世界中で#Me Too運動がうねりをあげていくわけだが、カウサル監督はそれに先駆けた映画を作ったと言えるだろう。

描写についても、ワインスタイン事件を告発した女性記者たちの手記を映画化した『SHE SAID シー・セッド その名を暴け』に先駆けて性暴行シーンを描かず、主人公、マリアムが心身に受けた深い傷と、告発のための証拠を残すことの困難さをリアルに描き、緊張感を途切れさせない。

犯人の車に身分証明証もスマホもあるため診察すら受けられない。別の病院では、真夜中であっても大勢の患者でごった返し、たらいまわしにされてしまう。被害に遭う直前まで一緒にいた青年ユースクは、ある意味民主化革命を擬人化した存在。父親にバレることを恐れ、被害届けを出すのも躊躇していたマリアムが警察に届け出る決心がついたのはユースクのおかげだが、一方、ユースクもマリアムを利用し、横暴な警察を一喝しようとしていた。警察署で唯一、頼れる相手だった女性警官も、出産間近のお腹を抱えて帰り際に、マリアムから一晩一緒にいてほしいと懇願された挙句、「汚らわしい」と吐き捨てて去っていく。孤立無援のような状態で、右往左往していたマリアムが、泣き寝入りするのではなく、声を上げる決意をするラストは、「社会システムを守るための家父長制をぶちやぶる最大の決断をし、正面突破した」と同映画祭主宰者の藤本さん。家父長制の中の父と娘ではなく、一個人として、父と向き合うことにかけたという”父への電話”が、この映画にとっていかに重要な突破だったか。今年のカンヌで最新作『Four Daughters』がコンペ部門に入選しているカウサル監督。その受賞結果にも期待したいが、本作もぜひ多くの人に見ていただきたい、家父長制の不条理さを如実に示すとともに、汚点を隠そうと躍起になっている権力側の姿を見て、他人事とは思えないと感じることだろう。


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