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架空の人々の日記

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実在しない人たちがしろいこを通して綴った文章です
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記事一覧

部屋と蜘蛛と私たち

「部屋が綺麗になっても人生が整う訳じゃないね」

ユキは笑ってそう言いながら、内側に少し茶渋のついたカップでジャスミンティーを出してくれた。

確かにここはとても綺麗になった。

前に来た時は歩くたびなんかの切れ端のビニールが張り付くし、それを剥がそうと足の裏に目をやると子供の手くらいはある蜘蛛がいて、野菜ジュースのゴミと空き缶の間に巣を張っていた。

私はもはや感心するしかなかった。

「ほんと

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水無月、呼吸

5月が終わった

ここじゃまだクーラーをつけていない

あの部屋はいつも涼しかった

あなたの歳は最後まで知らなかった

私は明日、二十歳になる

歪んだ背骨越しに注ぐブルーライトを光源にして、小難しい小説を読むふりをしている

あなたは1時間に3本タバコを吸って

私は3時間に1度吸い殻を捨てた

あなたとの共通点が増えるなら目が悪くなるのも悪くない気がした

ちらとこちらを見て小さく有難うをく

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ワンデーコンタクト

君は目が悪かった
君は眼鏡をしなかった
君は大事な日にだけコンタクトを入れた
君は、
君に最後まで大事にしてもらえたら
私は、

暖かい日の記憶が概ね良かったことのように思い出されるのは、気温と心情の上下が相対関係にあるのか。それとも単に私が寒がりだからなのか。
彼は冬でも割と薄着で、私が横で震えていても「大袈裟だなぁ」というそぶりをし、気休めに私の背中をさする程度だった。
初夏に行った旅行は幸せ

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ぬるい部屋に

急に来ないでほしい。

こっちだって色々と準備があるんだし、結局それら全部が必要無かったとしても、それでも、急には来ないでほしい。

コンビニにはもう出汁の香りが広がって、コスメブランドがこぞって今季のクリスマスコフレを発表し始める。
まだ自販機にはアイスココアしか置いていないというのに。

あったか〜い 気持ちなんてもう忘れてしまった。

君はなんでいつも二駅前にしか連絡ができないの?
「あと8

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あまじょっぱい

お餅を食べるとき、姉は決まってきな粉
私は絶対砂糖醤油
焼き鳥を食べるとき、姉は決まって塩
私は絶対タレお鍋を食べるとき、姉は決まってしゃぶしゃぶ
私は絶対すきやき
お煎餅を食べるとき、姉は決まって海苔
私は絶対ざらめ

あっさり消えないあまじょっぱい味が好き
食べた後もゆっくり幸せだから

あっさり消えない人間が好き

姉は26歳の誕生日に音信不通になった

私は最初、それほど気にしなかった

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優しい温度の水が飲めない

玄関のドアを開けると昨日の暴風雨で飛んできたらしい汚れた下着が落ちていた。

私の左手はそれを拾う気などさらさらなく、入れたはずの鍵を探してリュックのポケットのメッシュ生地を手で満遍なく撫でる。けれど2周半をすぎてもヒンヤリと固い感触にぶつかることはなかった。

どうやら"通帳を絶対忘れないぞ"、と思って鍵と一緒くたに置き、その両方を置いてきたらしい。

「やっぱ鍵と一緒にしてて正解」

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エイトビートがわからない

共に過ごす時間が生活のほとんどを占める学生時代において、好みが殆ど被らないことはある種好都合だった。

同時期に発症した厨二病にしても、私は洋楽で彼女はボカロ、私はエセサイコパスで彼女はファッションメンヘラ、私は金髪で彼女は姫カット、と各々方向性の違う黒歴史を残していた。

好きな芸能人も好きなテレビ番組もアニメも、漫画も映画も音楽も、全然違うからこそわたし達は飽きもせず5年も仲良くやってきたのだ

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直射日光及び高温多湿を避けて下さい

「もうだめかもしれないな」

口に出してそう言うと他人事に思えて少し楽になる

好きなバンドの売れてなかった頃の曲と30%引きの食パンをぶら下げた私の毎日を重ねて、その先にさも未来があるかのように錯覚する

賞味期限なら大丈夫、まだ食べられるよ

頑張っている、悩んでいる、悔しがっている、望んでいる、求めている、ようなフリが上手くなっている

もう後には引けないと、引かなかった日々に押されてこんな

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ツツジの蜜

学校は好き
友達もいるし好きな男の子もいるし
先生は2年の頃の方が良かったけど、まぁ今年も嫌いじゃない

だけど今日は無理
別に時間割も悪くない、図工2時間あるし
でも無理今日は学校行けない

お母さんも私が学校好きなこと知ってるから、簡単にうそ風邪を信じてくれた
学校用の高くて整った声をベットで聞きながら私はちょっとの罪悪感とたっぷりの安心感で満足する

今までうそ風邪を使ったのは2回で、1回目

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恋したら可愛くなるんじゃなくて可愛いから恋するんでしょ

私の方が可愛かった

ママの友達の娘より
好きな男子の好きな女子より
彼氏の元カノより

いつも私の方が可愛かった

ママはよく
「さなちゃんのお顔はママとパパのいいとこ取りで良かった」
と言った
ママの綺麗なアーモンド型の目に、パパの高いけど大きすぎない鼻と薄く形のいい唇。
それが丁度良い配置でママの卵型の輪郭に収まった私の顔は本当にいいとこ取りだった。

クラスで一番だとか学年で一番だとか、男

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無知の知のち恥

物事になんでも名前を付いているのはある点ですこし迷惑なことだ

花粉でどうしようもなくかゆい目に目薬を染み込ませながら思う。
だって花粉症なんて言葉なかったら、毎年来るかくるかと朝のニュースを見て身構えることもなかっただろうし、どうせ外でたらマスクしなきゃいけないんだからって化粧を疎かにする事もなかった筈だ。
ご丁寧に分類された私たちは「〇〇だから□□なんだ」とあらかじめ決まっているかのような同じ

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短くて甘い夢

今10分寝るか、空いてる電車で座って25分寝るか、、、。
そう考えながらしつこくアラームを鳴らす携帯を掴み、慣れた手つきで7:40にセットし直す。

寒くなり始めた朝、少し捲れた毛布から飛び出て冷えてしまった足先を温め直す時間が一番幸せなのではないかと思う。
私は10分後にやってくる冷たい現実から目を瞑り眠ることに集中した。

この時間の睡眠は夢を見ることが多い。
どれだけ全神経を寝ることに注いで

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ロンリーロングヘア

長い髪が好きな人と別れてから、髪を伸ばし始めた。

後悔させたいとかじゃなくって自分が自分を肯定できるように、私の髪が短かったから終わってしまったんだと勘違いできるように。

あの人は、私が髪を伸ばそうか悩む度
「短い髪でも君のこと好きなんだから、これって本当に君が好きってことだよ」
と言った
だから私は彼とお付き合いをしている間一度も美容院で「毛先を揃えるくらいで」と言わなかった

彼は好きな人

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どうやらナチュラルメイクの女の子が好きみたい

今日もどうせいない
いない
いない

先頭車両の二番ドアは統計上1番いい場所だった
それでも朝からわざわざ落ち込みたくないからいないと思って電車に乗り込む

いない
いない

今日もどうせ

いない



いた

今日はいた
いた
いたいた

心臓は大きくリズムを崩した後、今までより遥かに速いスピードで全身に血を送る
前髪とおでこの間がジワリと湿って、指先の神経が異常なほど冴え渡った

いないと

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