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言葉、アート、世界

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#日記

秋夜の缶ビール #2

夏なのか秋なのかわからない。昨年の今頃も同じようなことを言っていた。そう言い続けているうち、すぐ十年とかの月日が経つのだ。加速してほしいものほどすぐ減速するというのに。 一年前に始めた真夜中の散歩コースは、概ね決まっている。家を出てすぐにイヤホンを付け、お屋敷の庭から伸びる背の高い木々の上に浮かぶ月を眺める。月が見えないときも空を見る。いつだって、空は知らないどこかに連れて行ってくれる。空は途方もなく広くて、果てしなく遠い。 幹線道路を越えてすぐのコンビニでビールを買う。

秋夜の缶ビール

金麦が早くも秋の味に変わっていた。季節はいつだって誰よりも生き急いでいて、たまに、呆れるほど怠惰だったりする。 毎年、夏になるとベランダで大葉を育てている。千切りにした緑をゆるくほぐすのが好きだったのに、昨夜、水をあげようとしたら花が咲いていた。ざらりとした葉はもうしなやかであろうとしない。彼もまた、季節の境目をくぐろうとしていた。取り残されているのは、誰だろう。 台風の雨の合間を縫って近所を歩いている。当然といえば当然の時間、天候で、家を出てしばらく経つというのに、人影

夜涼みの缶ビール

考えごとをしていて、いつもどおり散歩へ出た。療養期間が明けて久しぶりに吸い込んだ夏の空気は、早くもどこか秋めいている。 季節ごとにタイトルを付けはじめて一年。この時期はどんな言葉があるのだろうと思って少し調べたら、良さげなのが見つかった。よすずみ。二文字で「やりょう」でもいいらしいが、夜道の足取りに関わるので夜涼みの散文とする。 整理、という言葉がある。 仕事をしているとよく出くわす。記録の曖昧な情報、数字の合わない根拠、部署間での意見の対立。少々都合の悪いことに一旦の

春夜の缶ビール #2

窓を開けると雨が止んでいた。冷えきった空気が、風呂上がりの火照った頬をかすめる。スマホで調べたら今の時期に降るのを穀雨と呼ぶらしかったが、こんな住宅街には似つかわしくない名だと思った。 春とは何だったか忘れるほどの陽気と冷気にかき混ぜられるのと同じくして、言葉が何だったかを忘れそうになっている。 言葉にすることで、思考と感情に形を与えてきた。言葉にすれば、思考と感情を捉えられると思っていた。だから必死に言葉を探した。でも見つからなかった。そこに間違いなくあったにもかかわら

春夜の缶ビール

考えごとをしていると、決まって夜長に散歩をしたくなるらしい。半年前もこうして夜な夜な近所を散歩していた。寒くなったらパタリとやめた。寒いのは苦手だ。 今、微かな夜風を受けながら歩いている。秋には吹いてなかった、暖かいけど涼しい、包み込まれるような風。心の持ちようで空気のやわらかさも変わるのだとしたら、今自分は何を感じているのだろう。 見慣れた近所の住宅街。人の気配はない。通りすがった草むらから干し草の匂いが流れてきた以外、今のところ取り立てて書き留める話もない。点滅した信

秋夜の缶ビール #4

夏はおろか、秋はいずこへと騒ぎ立てる一日だった。懲りずに歩きながら片手で握る缶が驚くほど冷たい。 お前、ついこないだまで花火の絵柄じゃなかったっけ。そんな無言の会話をする今宵の相手は金麦。冬の味。スマホで輪郭を捉えたはずの月は相変わらず下手くそで、安っぽい輝きのマークみたいになった。 重い腰を上げるという表現がある。仕事だったり仕事じゃなかったり。一生かかっても上がらないんじゃないかと思ってるときほど、上げるとその軽さに驚く。むしろ加速度的に浮き上がっていくこともある。そ

秋夜の缶ビール #3

丸くなるな星になれ。そんな言葉を思い出して買ったサッポロ黒ラベルは、コンビニを出て間もなく汗をかき始めた。虫の音の騒がしい夜から、夏の余韻はまだ消えそうにない。 最近、失ったものばかり数えている。本を読む気力だったり、人と話すときに共有していた空気だったり。得ているはずのものは目を凝らさないと見えなくて、両手から何かがすり抜けていく感覚にだけやたら敏感でいる。 今を生きろ、と思う。選んできた道のりの正しさは、祈るものではなく信じるものだ。他ならぬ自分で。誰かに信じてもらい

秋夜の缶ビール #2

淡麗グリーンラベルを飲みながら歩いている。前と味が変わったような気がするけど、こういうとき、変わったのは大抵自分だ。 この頃、虫の音が賑やかになってきた。角を曲がるたびに違う音色に包まれる。風のない夜道。街灯が落とす自分の影を見つめながら、当てもなく歩き続けている。なんだか、足を止めてはいけない気がして。 小さい頃よく行った公園に着いた。あんなに大きかったアスレチックがおもちゃみたいになっている。こればかりは自分が変わったせいだろうと思ったけれど、本当に小さくなっていた。

秋夜の缶ビール

季節が変わろうとしている。仕事終わり、ベランダに出て感じる風は思っていたより肌寒い。 プルタブを開ける。プシュッと、小気味の良い音が夜風に乗って響いた。見上げた空には青さが残っていて、月明りをさえぎるように夏の雲が伸びている。喉元を過ぎるビールの納涼感が心地よい。正確には、金麦だけど。 在宅勤務続きで、画面ばかり見ている。出社はほとんどしていない。画面の向こう側には会社の仲間がたくさんいて、この数カ月は、本当に色々な人のお世話になった。でも、その繋がりはどこか寂しい。