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【後編】デルタ型3Dプリンタ FLSUN Q5 高速化セットアップ覚え書き

 というわけで、前編を読んでいただいた方、お疲れさまでした。ここからは後半、実際の速度設定になります。

開始時/終了時速度Jerk、加速度Acceleration、最大速度MaxSpeed設定


 というわけで、速度設定です。……なのですが、まずは実際に動かす時の速度ではなく最大加速度、Accelerationの上限値の設定です。あと、Jerkという、動き始めと停止する直前の速度も一緒に設定します。

 これらの値を高くすればモーターに負荷がかかって脱調しやすくなるし、振動も増えてリギングやゴーストが出やすくなる。低くすれば加減速が滑らかになり印刷も綺麗になりますが、なかなか速度が上がらなくなると、そんな感じです。

 まあ、加速度を3000mm/s^2くらいで運用するのなら、Jerk値はあまり大きな値を設定しなくてもいいとは思います。ただ、0にしてしまうとリニアエンハンスの関係なのかエクストルーダのモーターがかなり忙しく動きます。なので、小さくてもいいから値は設定した方が良いとは思います。

 ここで、加速度と設定速度まで加速するのにかかる時間をざっくり計算してみました。

加速度 3000mm/s^2
 50mm/s 0.06秒 1.5mm
100mm/s 0.12秒 6mm
150mm/s 0.18秒 13.5mm
200mm/s 0.24秒 24mm
250mm/s 0.3秒 37.5mm

加速度 1500mm/s^2
 50mm/s 0.12秒  3mm
100mm/s 0.24秒 12mm
150mm/s 0.36秒 27mm
200mm/s 0.48秒 48mm
250mm/s 0.6秒  75mm

加速度 500mm/s^2
 50mm/s 0.36秒   9mm
100mm/s 0.72秒  36mm
150mm/s 1.08秒  81mm
200mm/s 1.44秒 144mm
250mm/s 1.8秒  225mm

 加速度が500mm/s^2だと、50mm/sに到達する時間は0.36秒、距離にして9mmです。減速も同じだけかかるので2倍、一辺が18mmくらいの物であれば最高速度に到達可能という感じでしょうか。さらに倍の36mmで最高速が全体の半分を超える(かも)と、そんな感じだと思います。

 これが250mmだとどうなるか。最高速を出すだけで450mm、半分以上をその速度で印刷したいのならさらに倍の900mmの大きさが必要ということになります。ウチのFLSUN Q5が印刷可能なサイズは直径200mmですからね。どう頑張ってもそんな速度は出ないということになります。

 これが、加速度3000mm/s^2にすると世界が変わります(と言ってもファームの標準はこの速度ですが)。50mm/sだと1.5mm×2、3mmで到達可能ですし、6mmもあれば大半はその速度で印刷することになる。250mm/sに上げても75mmで最高速に到達、150mmでその半分を最高速度で印刷できる可能性もある。まあ、この辺りが限界になると思いますが。

 これ以上を出したいのなら、加速度をもっと上げるしかない。ただ、ウチのFLSUN Q5だと、加速度を3000mm/s^2よりも上げるのはちょっと怖いんですよ。まあ、海外には10000mm/sで動かしてる動画をアップしている人もいるので不可能ではないと思いますが、なんか見覚えのない形をしてますし。

 デルタ型のプリンタ、XYZ全てのモーターが連動してますからね。脱調すると、Z軸までズレるんですよ。上にずれればモジャるだけだからまだいいんだけど、下にずれると無駄にノズルをベットに叩きつけたりすることもありそうで、ちょっと怖い。なので、あまり危険は犯したくないのが正直なところです。

 というわけで、とりあえず最高速は3000mm/s^2、実質的な最高速度は250mm/sで設定してみました。Jerkはまあ、脱調しないのを優先して8mm/sと少し遅めで。

……と、ここまで加速度Acceleration、Jerkと一口で言ってきましたが、実はその設定もいくつかあって、XYZEの各モーターに対する設定と、座標軸内をヘッドが移動する際の設定と分かれてたりします。
 普通の(XモーターでX軸、YモーターでY軸を動かすような)3Dプリンタだと、そこはあまり意識しなくても良いのですが、デルタ型の場合は複数のモーターが連動してますからね。さらに言えば、各モーターの速度とヘッドが動く速度も一致しない上に、場所によって変化したりします。そこはちょっとした落とし穴なので、意識してあげないといけなかったりします。

……とは言っても、設定としてはXYZ全てに同じ値を設定すればいいだけなのですが。

XYZモーターに対する設定値

  • MAX XYZ Jerk:XYZの各モーターの開始/終了速度

  • MAX XYZ Accel:XYZの各モーターの加速度

  • MAX XYZ Speed:XYZの各モーターの最大速度

ヘッドの移動に対する設定値

  • Accel:印刷時のヘッドの加速度

  • Retract Accel:印刷時のヘッドの加速度(減速時)

  • Travel Accel:移動時のヘッドの加速度

 場所によって速度が変わるということは、例えばベッドの中央ではうまくいくけど端の方だと失敗するということが起きる可能性もあるわけです。特にJerkは速度0から設定した速度まで「一瞬で」その値にまで加速させるという設定なので、大きい数字にすると一瞬で大きな負荷がかかって脱調したりする元になったりします。真ん中でうまくいったからといって端も大丈夫だとは思わないようにしましょう。

 と、最大速度設定に関しては以上でしょうか。

……と、そうそう。3Dプリンタ側の設定を変更した場合は保存するのを忘れないようにしましょう。

印刷速度設定、冷却設定


 ここまでやって、ようやく実際の速度設定です。といっても、一つ前ですでに最高速度の設定は終わっています。なので、それをスライサ側の印刷速度にも反映するだけです。……が、高速に設定すれば品質に影響する(印刷が乱れる)のは事実です。なので、見た目に影響する所は速度を落として、速くできる所は速くするみたいな考え方が必要になると思います。

 高速化による影響と言えば、まずはゴーストやリギング。高速で動かすことによる振動で少し離れたところに残像みたいな模様(?)が浮き出てしまうアレです。実はmarlinの最新版にはInput Shapingという、リギングを打ち消す機能がソースコード上には存在してるのですが、今回使っているカスタムファームでは無効になっています。……機能を有効にして再コンパイルすれば綺麗に印刷できるのかもしれませんが、この機能がデルタ型プリンタでどこまで機能するのかが不明です。あと、ファームのリビルドは未知の領域だから怖かったり(爆

 とりあえず、影響が出るのは壁の部分なので、そこを遅くすれば目立たなくすることはできそうです。速度設定の中には「最外周」なんて、まるでリギングを隠すためにあるような項目もありますからね。コレを使って、一番外側の壁を印刷する時だけ速度を落として、ゴーストが出ないくらいの速度で印刷すればいいということになります。

……と、言いたいのですが。実のところどうなんでしょうね。試しに印刷したシルクPLAだと、最外周を遅くしただけだと不完全で、壁全体を遅くしてあげないとリギングが結構目立ったりしました。が、マットフィラメントだとリギング自体が目立たなくて、最外周を少し遅めに(80mm/sくらいに)するだけで十分に隠せたりと、使うフィラメントで結構差が出たりもします。なのでまあ、必要に応じてという感じになるかと思います。

 最上部、トップソリッドインフィルも乱れた時は目立つ部分になります。乱れていなければ最高速でもそのまま行けたりしますが、まあ、できるだけ乱れないよう、速度や加速度を落とした方が無難だと思います。
 あと、ここはライン幅を狭めたりするのも結構有効です。速度は程々に、あとはライン幅で調整するみたいな考え方もアリだと思います。

――と、高速化に伴う印刷の乱れはこんな感じの対策になるになると思いますが。もう一点、考えないといけないのが冷却です。

 これまで、せいぜい50mm/sで印刷していたのを250mm/sで印刷しようとしている訳です。冷却って単に風を当ててるだけですからね。5倍速で動かせば冷却時間は五分の一です。単純に考えれば100%が20%になる訳で、ぶっちゃけ、どうやったって冷却が追いつきません。
 なので、今まで軽く冷やしてた(ファンの回転寿を20%にしていた)ところは全力(100%)で冷やすようにして、それ以上冷やしたい時は速度を落とすことで冷やす時間を稼ぐしかないと、そう考えておいた方が間違いがないと思います。

 あと、PLAだと何も考えずに全力で冷やした方が上手くいったりすることもあるのですが、そういうやり方は(外から扇風機で風でも当てない限りは)できなくなります。まあ、とりあえず垂れない程度に冷やせれれば造形できるので致命的では無いとは思います。が、選択肢が減るのは間違いないのかなと。

……と、いうわけで。実のところ、なんだかんだで速度は落とさないといけなくなったりする感じだと思います。

品質的に速度を落とした方がいい場所

  • 最外周(リギング・ゴースト対策)

  • 外周(リギング・ゴースト対策、必要に応じて)

  • トップソリッドインフィル(高速化による乱れ対策、必要に応じて)

冷却を考えると速度を下げた方かいいかもしれない場所

  • インフィル(密度が低いため、全体をしっかり冷やしたい場合は速度を落とした方がいい場合があるかも?)

 というわけで、安心して最高速が出せるのはソリッドインフィル(目に見えない塗りつぶし)とサポートくらいという結果になってしまいました(爆) ……まあ、ソリッドインフィルを速く印刷できるだけでも結構時間は短縮できるので、無駄ではないと思います。

 あと、ヒートベッドをOFFにすることも検討に入れた方がいいのかな。根本的に冷却が足らない以上、熱源を減らすのも一つの選択肢になると思います。

 ただ、ちょっと乱暴なことを言ってしまうと、PLAで丁寧な冷却が必要なのって、オーバーハングみたいな「ちょっと無理のある成形」くらいだと思うんですよ。そういうのがなければ、第一層をしっかり定着させて、あとはファンを回しっぱなしにしてひたすら高速に印刷するだけでも案外いける気がします。

……と、強い風で一気に冷やせない以上、こんな感じでだましだましやってくしかないと思います。

 結局ね、低速な3Dプリンタは低速で印刷するように設計されているんですよね。発売後にソフトが進化してかなり高速でヘッドを動かせるようにはなった。でも、ソフトではどうにもならないとこだってあるわけで。そういうところがボトルネックになるから、結局はそこまで速くすることはできないと、そんな感じになってしまうのかなと思います。

 まあ、オーバーハングさえ無ければ、ゴーストやリギングが目立たないフィラメントなら、PLAなら、ABSならと、条件は多種多様です。うまくはまればかなり高速に印刷できることも十分にあると思います。……それを自分で判断して対応しないといけないのはなかなかに大変ですが。

……うん、3Dプリンタ、結構アナログな機械だなぁと(笑)

 と、そうそう。最終的な設定値を載せ忘れるところでした。まあちょっと面倒なのでスクショをペタリと。

 といっても、条件でいろいろ変えたりしてるのですけどね(爆)
 うん、締まらないなぁ。

最後に


 私が使っているPlusa Slicerには「体積押し速度」という便利な設定項目があります。フィラメントごとにホットエンドから吐き出すフィラメントの最大速度が設定されていてそれ以上の速さにならないように制限をかけてくれるという設定で、デフォルトは大体 8〜10mm^3/s に設定されているのですが。
 これがホットエンドの性能と直結していて、体積押し速度がホットエンドの性能を超えると色々な不都合が出たりする訳です。で、結局のところ、最高速度はこの設定値で決まってしまいます。

体積押し出し速度/(ライン幅×積層厚)=最大速度

 で、上記の式に出てくる「ライン幅」や「積層厚さ」も、大体はノズルで決まってくる数字です。大体は上記の式を、ノズル積層厚さをライン幅の1/2に設定すると仮定すると、以下のようになります。

  • 0.6mm:10/(0.6*0.3)=56mm/s

  • 0.5mm:10/(0.5*0.25)=80mm/s

  • 0.4mm:10/(0.4*0.2)=125mm/s

  • 0.3mm:10/(0.3*0.15)=222mm/s

  • 0.2mm:10/(0.2*0.1)=500mm/s

 0.6mmノズルを使って積層ピッチ0.3mm、速度56mm/sで印刷した場合と、0.3mmノズルを使って積層ピッチ0.15mm、速度222mm/sで印刷した場合とでは、フィラメントの吐出量は実は変わりません。なので、どんなノズル使っても同じ物を作るのに必要なフィラメントはだいたい同じだと仮定すると、両者はあまり変わらないということになります。

……まあ、現実にはノズル径で体積押し速度も結構変化するし、細かくなればなるほど加減速を繰り返すことになるので、結構な差は出てくることになるのですが。ただ、ヘッドの速度が体積押し出し速度に追いつかなければ、そこで一気に時間が伸びてしまうのも事実です。

 ノズル径を大きくすればするほどより速い体積押し出し速度が求められ、ノズル径を小さくすれば、今度はより大きな冷却性能が求められる。例えばウチのFLSUN Q5の場合だと、0.6mmのノズルにすると、体積押し出し速度の限界が見えてきます。これをさらに大きくして印刷の解像度を落とすよりは速度を上げた方が現実的に見えるし、ノズル径を0.5mmくらいに抑えて速度を上げた方が、速度と精度と両立できて良さげな感じもします。

 これはノズルを小さくする方にも言えることで、0.2mmノズルまで小さくすると、250mm/sあたりに上限があるウチのFLSUN Q5だと、どうしたって時間がかかります。まあ、それでしか得られない精度があって楽しいのですが、常用するには厳しいかなという感じもします。(特にkaika 0.2mmノズルは、いい結果が出るだけに消耗させたくない、けどこれを使いたいという矛盾した想いが働いてしまって……

 でも、0.3mmノズル(と、多分0.5mmノズルも)、ライン幅0.4mm、積層ピッチ0.2mmに設定して印刷とかできたりするんですよね。その場合、0.4mmのノズルで普通に印刷した場合と、そこまで扱いも変わらない。(もちろん完全に同じ訳でもないですが……)

 まあ、3Dプリンタを潤沢に所有している人なら「これは精密印刷用」「これは実用品用」みたいな感じでセットアップしておくのもいいのかもしれませんが。そうでない人は、こういう「0.4mmと同じ感覚で使えるんだけど、ちょっとだけ精密/高速に寄せておく」みたいな感じで0.3mmや0.5mmのノズルを付けてみるのもいいかも、なんて思います。

……実際、私も0.3mm径のノズルに付け替えたところですし(笑)

 安価な機種を購入して改造して高性能化、まあ一種のロマンだと思います。が、やっぱり現実としては厳しくて、どうやっても「それなり」の域は超えないと、そんな感じではあります。ままなりまらないなぁと思います。

 同時に、ウチのFLSun Q5という機種が、発売当初では色々と無理だったことができるようになったのもまた事実で、こういうところが何というか、3Dプリンタの沼なところだと思います。

――まあ楽しいし、楽しければいいよねと(笑)


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