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来週の相場見通し(10/23~10/27)②

1.米国経済の状況

パート1では、米金利を中心に取り上げた。ちょっと最近の米国経済についても触れておきたい。米国経済は、基本的にはシンプルだ。結局は、個人消費が経済を決める。そして、米国の人々の消費行動は、労働市場が堅調で職がある場合には、貯金が乏しくても、それなりに消費活動は強い。クレジットカードなどの借り入れによる消費も気にしない。そして、株式市場と住宅市場による資産効果も大きい。そういう観点から、いくつかのデータを取り上げながら、米国経済の状況を確認しておこう。

今のところ、米国の労働市場は堅調である。速報性が高く、市場の注目度の高い新規失業保険申請者数も、相変わらず異変が見られない。労働市場が景気減速を示すためには、少なくとも30万件以上に増加する必要があると言われているが、今のところまだまだ距離があるようだ。

(新規失業保険申請者数)

但し、失業保険の継続受給者数は、下のチャートのように増加してきている。この点は労働市場のスラックが出てきている可能性があり、今後は注目されるかもしれない。

(継続受給者)

また、ADPは転職した人と、同じ職に留まっている人の賃金上昇率を分けて発表しているが、下のチャートはその差である。コロナ禍の人手不足により、転職者の賃金上昇率は、22年6月には16.4%まで上昇した。その際の非転職者の賃金上昇率は8.7%だった。そのように大きな開きがあったのだが、直近では3.1%まで縮小している。明らかに転職市場の状況は変化してきている。労働市場の異常な状況は、既に修正されたと思われる。

(転職者と非転職者の賃金上昇率の差)

個人の消費行動はどうだろうか?先般の米国小売売上高は、強烈に強かった。ここで改めて取り上げる必要はないだろう。市場の関心は、コロナ禍の強制貯蓄の枯渇である。財政政策は即効性があるが、その財政効果は継続しない。特に公共投資などの財政政策の場合、お金が使われた年は経済をサポートするものの、翌年はその効果が剥落して、経済は落ちてしまう。いわゆる「財政の崖」と呼ばれる現象だ。ところが、コロナ対策やインフレ対策としてバラまかれた手厚い対策は、あまりに巨額であったほか、個人に現金給付という形で行われたことから、使う人もいれば、貯蓄する人もいるため、その効果は未だに継続している。しかし、全体として見ると、年内には枯渇するとの予想が多い。
下のチャートは、ミシガン大学の調査における、1年前の個人の財務状況と現在を比較した場合のセンチメントである。要するに1年前よりも、お財布事情が良好なら、チャートは上向きに、悪くなっていれば下向きになる。下のチャートを見ると、余裕はなくなってきているように見える。

(ミシガン大学 1年前比較の財務状況)

下のチャートは、可処分所得に占める貯蓄率である。コロナの給付金が入るたびに、跳ね上がってきたのだが、直近では3%台まで低下している。少なくとも、ストックではなく、フローの面では個人の財務状況に余裕は見られない

(貯蓄率)

そうした状況と整合するように、クレジットカードの債務残高は急増している。(下図)

(商業銀行、クレジットカード残高)

市場の関心の高い学生ローン返済再開はどうだろうか?
返済が再開される債務者は2500万人以上と見積もられており、FRBによれば一般的な家庭の返済額は月額200ドル~300ドル程度とのことだ。決して小さい額ではない。バイデン政権がSAVEプランなどの緩和策を導入したこともあり、実際の影響は分からないが、エコノミストの予測では、個人消費を0.4%~0.8%程度押し下げると言われている。
但し、ニューヨーク連銀が、つい最近、学生ローンの影響に関するレポートを出している。下にリンクをつけておくので、興味のある人は見てほしい。これによると、学生ローンの米国経済への影響はエコノミスト予測よりも、かなり限定的なようだ。多くの借り手が、既に返済に備えた行動を取っていることや、これまでの返済猶予期間中に相当な余裕ができたことが指摘されている。特に43か月間の返済免除期間に、ローン保有者は2600億ドルを蓄えたとのことだ。学生ローンの返済再開でも、案外、米国消費は悪化しないことも念頭に置いておこう。

Borrower Expectations for the Return of Student Loan Repayment - Liberty Street Economics (newyorkfed.org)

次に住宅市場であるが、米国住宅市場は歪んでいる。FRBの急激な利上げにより、住宅ローン金利は急上昇した。こんな住宅ローンで借りる人はいない。フィラデルフィア連銀のハーカー総裁は、住宅市場について次の7つの単語で説明できると言っている。
There are no first-time home buyers.」初めて住宅を買う人がいないということだ。

(住宅ローン金利)

米国人はコロナ禍の超低金利下で住宅ローンを積極的に借り換えることに成功した。米銀の既存の住宅ローン残高の平均金利を見ると3%台のところが多い。30年固定の住宅ローンが中心であるため、既存の住宅ローン保有者は、足元の金利上昇の影響をほとんど受けていない。それどころか、預金金利のほうが、住宅ローン金利よりも高いという恩恵さえ受けることも可能だ。これは短期の変動金利が中心の英国とは状況が大きく異なる点だ。
しかし、米国の住宅市場は中古住宅が9割、新築住宅が1割という構造であり、低金利の住宅ローンの恩恵を受けている住宅保有者は、この高金利下では住宅を売却しない。ゆえに中古住宅市場で在庫不足が深刻化している。下のチャートは中古住宅販売在庫であるが、歴史的な在庫不足なのだ。

(中古住宅販売在庫)

在庫が不足するから、中古住宅価格は上昇する。9月の中間価格は394千㌦を超えて、9月としては過去最高を記録している。下のチャートは、全米不動産協会が、「購入環境を指数化」したものだ。直近が8月の統計だが、なんと過去最低である。

(Housing affordability index)

この歪みは、住宅ローン金利が下がらないと改善は難しい。FRBの利下げ動向によるが、25年から26年まで時間を要するかもしれない。そうした長引く、住宅市場の歪みが何か別の問題を引き起こすかもしれない。

最後に、米銀の決算発表から、米国経済における示唆をまとめておこう。大手4行の預金は微増であり、中手銀行のように預金が流出していない。しかし、有価証券ポートフォリオは全く拡大していなかった。やはり規制等の関係で、米金利が上昇する中でも、米国債ポートフォリオの積み増しなどに動けていないことが示された。これは米国債の需給という点で心配材料だ。明るい点としては、商業用不動産関連エクスポージャーの貸倒れ損失が現時点では非常に小さかったことだ。やや心配されるのは、中堅銀行においてFHLBからの借り入れが増加していることだ。PNCは20億ドル増加して、360億ドルになった。
直近のFHLBアドバンスは、まだ公表されていないが、6月末時点でも相当に借り入れが増加している。これは、民間銀行が流動性確保に苦慮していることを示すものだ。リーマンショック時の借り入れ額に接近している点は、ちょっと気を付けなければならない。

(FHLB アドバンス)

ちなみに、FRBが3月の金融不安時に導入したBTFP(バンク・ターム・ファシリティ・プログラム)の残高も増加し続けている。24年3月で、この緊急プログラムは終了するはずであったが、中小銀行の資金繰りは大丈夫だろうか?

(BTFP残高推移)

2.円金利の上昇

日本の円金利がじりじり上昇している。5年の円金利は0.35%を超えてきた。2004年の量的緩和解除、2006年のゼロ金利解除→0.25%への引き上げ時の5年金利が赤い丸のあたりである。ひとまず0.5%の節目へ向けて上昇していく流れのようだ。

(JGB 5年金利)

このところ、日銀の政策変更への期待が高まっている。日銀OBなどからも、早期マイナス金利解除の話などが出ていることや、来春の賃上げが大きくなるとの報道もあり、市場では下のチャートのように、24年はマイナス金利解除のみならず、複数回の連続的な利上げが織り込まれている。

ところで、米国債券市場は「買い手不在」と言われるが、円債市場はどうなのか?国債投資家売買動向によれば、超長期債について生損保はややネットの買い越し額が回復してきている。4-6月期は平均で月2000億円ペースだったが、7-9月期は月6,600億円と増加している。但し、グロスの買いはあまり増加していないことから、既存の保有長期債の売却が減ったことが主因のようだ。長期債については、7月以降、地域金融機関が購入している。7月に4,900億円、8月に3,000億円、9月にも2,600億円と金利上昇に合わせて少しづつ押し目買いをしているようだ。ちなみに、外国人は7月に1,3兆円を売り越し、8月も1,4兆円弱を売り越したが、9月は300億円の売り越しに留まっており、積極的な日銀アタックは確認されていない。
円金利は、恐らくは上昇基調を継続するだろう。日銀が無制限で購入すると約束している10年金利の1%を目指す展開が予想される。悩ましいのは、円金利上昇が為替相場で円高材料にはならなくなっている。円高にはならないものの、円金利上昇は株式市場には重しとなる。市場では、今月末の日銀金融政策決定会合でも、大きな政策修正はないものの、フォワードガイダンスの修正等、何らかの動きがあると警戒を強めている。今回も、決定会合の当日は、要注目となりそうだ。

3.来週のポイント

さて、本日は衆院長崎4区と、高知選挙区補欠選挙である。さて、どうなることか?岸田政権は支持率は低いものの、これまで国政選挙では、それなりの結果を残している。今年の4月の衆院千葉5区、和歌山1区、山口2区、4区、参院の大分の5選挙区の補選があり、自民党は和歌山以外の4区で議席を確保したことは記憶に新しい。もっとも、当時は岸田政権は好調な時期であったが。ところが、10月の東京都議会議員補欠選挙では、自民党は負けている。今回の補選で長崎と高知の両方で負けることになれば、年内の衆院解散は困難となるかもしれない。23日の月曜は首相は所信表明演説を行うが、その顔つきをよく見ておきたい。

来週は24日に2年債、25日に5年債、26日に7年債の入札が予定されている。ここ最近は中期ゾーンの金利の変動が激しいため、米金利の波乱要因である。26日にはECB理事会が開催される。9月のユーロ圏のインフレ率は市場予想以上に大きく低下した。市場では10月以降もインフレ率は低下すると見ており、ECBは利上げには動かないだろう。9月の理事会以降、ECBのデビルが、それぞれハト派的な発言をしている。デビルとは、デギンドスECB副総裁、ビルロワドガロー仏中銀総裁、そしてラガルド総裁の日本語の頭文字「デビラ」を「デビル」と呼んでいるだけだ。いずれも主要人物だ。足元では中東情勢も緊迫化しており、ECB理事会は波乱なく、どちらかと言えば、金利低下のイベントになると予想している。
短期的に株式市場は逆風に晒されている。来週は米国は大手ビッグテックが登場する。アルファベッド、マイクロソフト、メタ、アマゾン、インテル・・・こういう個別の決算で市場の流れを変えてほしいものだ。日本でも週後半以降に決算発表が本格化していく。株価については日米ともに大崩れは予想していないが、地合いは悪いことは間違いない。引き続き、米金利の動向、中東情勢、個別決算などの綱引き相場になるのだろう。来週については、あまり強いビューは持っていない。日経平均は3万500円から3万2,000円くらいで上下すると見込んでいる。


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