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中東のリスクについて

1.ハマスの奇襲にイスラエルが混乱

この週末に中東で地政学リスクが発生してしまった。パレスチナ自治区ガザを実効支配するハマスが、奇襲の形でイスラエルに対して、大規模な軍事作戦を展開したのだ。イスラエル領内には数千発のロケット弾が撃ち込まれて、流石のアイアンドームでも全ては迎撃できずに、火の手が上がっている。そして、今回の驚くべき点は、ハマスの戦闘員がグライダーやブルドーザーを使用して、イスラエルが防衛のために構築したフェンスを突破して、イスラエル側に実際に侵入し、イスラエルの民間人を殺害し、更には人質として数百人がガザ地区に連行されていることである。イスラエルでは、ユダヤ教の3大祭りの1つである仮庵の祭り(スコットの祭り)の最終日であったようだ。早くもイスラエルの安全保障面やインテリジェンスの対応が批判されている。
私は、中東の専門家ではないが、それなりに中東情勢はウオッチしてきた。市場への影響という点で、今後の展開を想定しておきたい。
まず、今回のハマスの奇襲攻撃に対して、イスラエルが大規模な報復攻撃を行うことは確実だ。イスラエルのネタニヤフ首相は、既に戦争状態に入ったことを宣言するとともに、イスラエル国防軍は「鉄の剣」作戦を展開し、空爆を行っている。また、同盟国のアメリカに対して、「ハマスとの戦争が長期戦になる」との見解を伝えているようだ。この後は、ガザ地区に軍隊が実際に送り込まれ、地上戦となる。パレスチナ側の死者は膨れ上がるだろう。恐らく、相当な犠牲者を出さないと、ネタニヤフ首相としては強硬派としての自分の立場が危うくなることを認識している。但し、多数の人質がガザ地区にいることから、この問題にどのように対応するか、この辺がネタニヤフ首相が長期戦になる可能性を示唆している理由だろう。
市場にとってのポイントは、今後の展開が「2014年のガザ侵攻」のケースになるのか、50年前の「ヨム・キプール戦争」のケースになるのかである。

2.2014年のイスラエルによるガザ侵攻

イスラエルとハマスの戦いは永遠と継続している。そもそもハマスとは何か?ハマスは「イスラム抵抗運動」であり、源流はエジプトのムスリム同胞団である。1987年にガザ地区で創設され、最終目標は「イスラム原理主義国家の樹立」だ。そして、ハマスはイスラエルの生存権そのものを認めていない。この地上から消し去ろうとしているのだ。こうしたハマスを、米国はテロ組織として認定している。日本政府もテロ組織として認定している。
ガザ地区は東京23区の6割程度の面積。2007年からはイスラエルにより、陸も海も空も封鎖され、「天井なき牢獄」と呼ばれ、その劣悪な人権問題が何度も取り上げられながらも、結果として世界から見捨てられてきた。こんな状況なので、農業や漁業も厳しく、サービス業が中心で、経済は絶望的に低迷している。そのガザ地区で、ハマスはガザ地区の200万人のパレスチナ人の指導的な立場で政府の役割を担ってきた。ハマスの現在の指導者は、カタールに亡命中のイスマイル・ハニヤ氏だ。ハマスにはイランの後ろ盾があるとよく言われるが、カタールも有力な支援者だ。

2014年にはイスラエルの少年3人が殺害されたこと等から、色々と状況が悪化し、イスラエル国防軍は「境界防衛作戦」として、ガザ地区に侵攻した。この時に2千人以上のパレスチナ人が死亡している。ちなみに、この時のイスラエルの首相もネタニヤフ氏である。
さて、その時に市場はどのように反応したのか?
下のチャートは2014年のS&P500の推移である。2014年は実に色々なことが発生した国際情勢の重要な年である。3月にロシアがクリミアを併合した。そして、今では忘れられてきたが、中東ではISISなるものが台頭し、後にカリフ国のISを宣言する。これが6月だ。7月にはイスラエル軍がガザに侵攻した。そして、ウクライナではクリミア併合後にドネツク州等で戦闘が継続していたが、マレーシア航空MH17便が、オランダからマレーシアへ向かう途上で、ウクライナ上空で撃墜され、乗客約300人が全員犠牲になる痛ましい事件が起こる。8月には米国がIS掃討のためにイラクへの空爆を開始し、地政学リスクが高まった。しかし、株価の動向を見ると、このISへの空爆までは、あまり動じていない。むしろ、10月には米国でエボラ出血熱の感染者が出ると、米国株は急落していく。このように、マーケットは、中東の混乱や、特にイスラエルとハマスの問題には、極めて関心が低く、米国内のことにはとても神経質だ。これが現実だ。
市場がガザ地区への関心が低いには、理由がある。それは、イスラエルもガザ地区も原油の産出がなく、エネルギー価格に影響がないことや、そもそもイスラエル軍とハマスでは戦闘能力に圧倒的な格差があり、大きな戦争にはならないと分かっていることが背景だろう。

下のチャートは、2014年の原油価格の動向だ。水準自体は100㌦超で高いものの、ガザ侵攻で影響を受けているわけではない。しかも、この当時はISがパイプライン等を破壊していても、この程度である。

(2014年の原油価格)

下のチャートは、イスラエルのCDSの推移だ、ガザ地区侵攻のあたりは、赤丸であるが、ほとんど「さざ波」程度である。

(イスラエル5年CDS)

今回のハマスの攻撃は、これまでとは規模感や、イスラエルに及ぼした恐怖の度合いが大きく異なるため、2014年のケースになるかどうかは分からない。しかし、基本的にはこの路線で考えておくべきだろう。
しかし、あまりにイスラエルの報復が激しく、パレスチナ人に多大な犠牲者が出る場合に、他のアラブ諸国がどのように動くかは分からない。ここがリスク要因だ。

仮に1973年のヨム・キプール戦争のような中東の大規模戦争になるなら、原油価格の急騰を引き起こしかねない。今回の奇襲は、ハマスの蛮行から開始された。中国やロシアが正面からハマスを支持することは想定できない。イランは既にハマスを支持しているものの、だからと言って、イランがこのイスラエルの混乱をついてイスラエルに攻撃することも想定できない。問題は、イスラエル北部のレバノンのヒズボラの動向であろう。最近は大人しいのだが、その動向は予測不能だ。
月曜日は米国が祝日(マーケットはオープン)、日本が休場だ。やや心配なのが欧州株の動向だ。2014年のケースでは、欧州株はかなり大きく変動している。もちろん、この急落もイスラエルのガザ侵攻が理由ではなく、マレーシア航空事件に反応したものだが、月曜日の欧州株の動向は、地理的に中東に近いこともあり、やや要注意だ。ちなみに、2014年のケースでは、ドイツ国債は質への逃避から、かなり買われて、ドイツ金利は急低下している。

(2014年STOXX600)

今回取り上げたのは、あくまで短期的な市場への影響である。私は2014年のケースをベースに考えているので、あまり米国や日本の市場には影響を及ぼさないと考えている。しかし、状況は変化していくので、どうなることか。
また、中期的には中東和平の状況や、ウクライナ戦争にも影響していくかもしれない。イランとイスラエルがガチで戦争になるような兆候が出た時には、とりあえずリスクは全面的に落とした方がいいだろう。

さて、最後に2014年に書いたコラムがあったので、掲載しておく。
このコラムの題は「狂気の世界」である。

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