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来週の相場見通し(10/30~11/3)②

1.日本のミニトリプル安について

① 岸田政権の実績と評価

岸田政権が誕生したのが21年10月だ。まずは就任前の21年9月末と足元の状況を対比してみよう。岸田政権の1つの成績表である。株は円ベースでは小幅高であるが、ドル建て、ユーロ建てでは大きく下落している。際立つのは為替相場の円安と、円金利の上昇であろう。特に円安はドル円だけでなく、クロス円も含めて広範囲に下落している。円金利の0.8%台というのは、水準としては低いものの、久しぶりのレベルである。

為替相場がこれだけ変動すると、株式市場の円ベースと、ドルベースのチャートの見え方も変わってくる。下の図は、TOPIXの円ベースの時価総額の推移であり、今年は史上最高額に達している。

(TOPIX 時価総額円ベース)

下のチャートはTOPIXの時価総額のUSDベースである。コロナ前の水準で頭打ちとなっている。

(TOPIX時価総額ドルベース)

私は「日本株の上昇は、単に円安によるものだ!」というつもりはない。株式は現地通貨で見るべきものだ。円ベースで上昇していることは、それなりに意味がある。しかし、為替の変動が激しいのも事実で、同じTOPIXもチャートの見え方は、全く変わってくることは否定のしようがない。

次のチャートは、岸田政権が発足してから足元までの海外投資家の日本株の売買動向だ。21年10月から翌年の22年末までの現物と先物のネットの資金流入額が赤い棒グラフであり、23年1月から足元までが青い棒グラフだ。

岸田政権が発足直後は、「この政権は株式市場にフレンドリーではない」との評価が沸き起こり、5兆円超のネット売り越しとなった(赤い棒グラフ)。岸田政権は当初「新しい資本主義」を掲げ、成長よりも分配を優先するような方針に見えた。就任直後から、金融所得課税やら、四半期決算開示の見直しの可能性に言及したので、株式市場が警戒したのは当然だろう。増税のイメージがある宏池会出身の総理であることも影響している。
しかし、2022年の春頃から、岸田政権は完全に方向転換し、成長戦略重視を打ち出し、資産所得倍増計画、そして新NISAなどが目玉政策になっていく。そして、今年に入ると東証のPBR1倍割れ企業への資本政策要請や、プライム市場への移行、バフェット効果、円安進行などが重なり、日本株に対する海外投資家の関心が高まった。その結果、今年は一時は8兆円もの買い越し額となったのだ。しかし、その後は売りが拡大し、5兆円超の買い越しまで縮小している(青い棒グラフ)。その結果として、岸田政権が発足以降では、ほぼフラットというのが現在の状況だ。
下のチャートは、アベノミクスの2013年と、今年の海外投資家のネット売買状況を比較したものだ。夏くらいまでは、2013年と同じペースまで資金流入は増加していたが、アベノミクスが夏場以降に加速したのに対して、今年は既に息切れしている状況だ。

(海外投資家のネット売買動向)

ところで、岸田政権の支持率は低迷している。よく、岸田政権って、いったい何をしたのか?と聞かれる。国民には、「何もしない総理」とか、「検討します」ばかり口にする優柔不断な総理として見えているようだ。しかし、実際には岸田政権は、色々なことを実現している。以下に、この2年で実現したことを羅列する。

・防衛費増額(5年で43兆円!)
・少子化対策(年間3兆円半ば)
・グリーン・トランスフォーメーション(10年で20兆円)
・半導体など先端分野への産業保護政策、TSMC誘致
・30年ぶりの大幅賃上げ
・コロナの5類への引き下げ
・韓国との関係改善、広島G7での議長国
・リスキリングに1兆円
・黒田日銀総裁から、植田総裁の任命(円滑な移行に成功)
・物流革新緊急パッケージ
・GDPギャップのプラス化
・税収は3年連続で過去最大、ついに70兆円超え
・原子力発電と再エネの推進
・原発処理水の海洋放出
・LGBT関連法案
・22年度の財政支出39兆円もの巨額の補正予算実現

こうして、眺めると、2年の成果としては、政策の良し悪しはともかくとして、上出来ではないだろうか?それでも、一向に支持率は上がらない。それどころか、誰もその成果にも目を向けない。これは、どういうことなのだろうか?最近では、減税まですると言っているのに、ネットでは「増税メガネ」とか揶揄されているようだ。私が思うに、1つは政治家としての、これを成し遂げるという具体的なものが一向に見えず、場当たり的に課題に対応している点に問題があると思われる。むしろ、よく検討や議論をせずに、政権与党が数の論理で押し通すため、成果が多いようにする見えるのかもしれない。唯一、広島G7の実施が岸田政権の最大の目標で、これが終わってしまったことで、目標がなくなってしまったのではないだろうか。これでは、何を成し遂げても、支持率が上がることはないだろう。
海外投資家の日本株投資が加速した時期は、小泉政権と安倍政権時である。小泉元首相の政策は、郵政改革であり、「民間にできることは民間へ」というフレーズは、日本の規制緩和をイメージさせた。更に「自民党をぶっ壊す」という乱暴なフレーズも、対抗勢力に一歩も引かない強さを感じさせたものだ。第二次安倍政権では、アベノミクスが打ち出された。「3本の矢」という表現は、国民にも分かりやすかったことだろう。これに対して、岸田政権の「新しい資本主義」というのは、最初から難しかったほか、途中で軌道修正され、最近では「経済、経済、経済」と繰り返すばかり、これでは何をしたいのか分からないのだ。

② 減税政策、円金利、為替相場

岸田政権は9月に5本の経済の柱を打ち出している。
①物価対策、②持続的な賃上げ、③成長力の強化と国内投資の促進、④人口減少対策、⑤国土強靭化である。この中で、①以外の分野は、日本という国の方向性を決めていく分野であり中長期的な課題である。①の物価対策だけが、緊急性があるかどうかは別にして、補正予算で対応しても違和感のないものだ。そして、岸田政権はその物価対策のために、税収の上振れ分を国民に還元するという文脈で、所得税減税及び給付金で対応することを検討している。減税やバラマキ政策は、インフレ促進政策の顔を持つため、物価高対策のために、インフレ政策を採用するのか?という批判は当然出てくる。政府からすると、物価高対策は日銀の仕事という整理になるのだろうか。
ところで、この政策は悪手となる可能性がある。
日本は今、どこまで進むか分からない円安が大きなリスク要因になっている。政府は円安の進行を懸念して、昨年は実弾介入も実施した。この円安は、輸入物価上昇を通じて、インフレを加速させるほか、地政学リスクが高い国際情勢の中で、エネルギー確保のためのコスト上昇(国富の流出)となる。また株式市場においても、ドル建ての日経平均価格を押し下げるし、日本株のドル建ての時価総額の低下により、MSCIワールド指数などからの日本企業の除外に繋がるものだ。既にこのレベルの円安は、日本にとってポジティブな面よりも、ネガティブな面が大きくなっている。ちなみに、通貨安で苦しむのは、新興国特有の現象であり、日本の国力の低下と無関係ではないだろう。
そうした円安がリスクになる中で、政府は自ら2つの大きな円安加速政策を取ってしまった。1つは、議論されている減税である。タイミングが最悪なのだ。昨年は英国でトラス政権の放漫財政政策に対して、英国債が急落する「英国債ショック」が発生した。「債券自警団」という懐かしいワードも復活した。放漫財政には、市場が長期金利の上昇を通じて、警告を発するということだ。そして、今年は米国は債務上限問題で揺れて、フィッチによる格下げに直面した。今も、民主党と共和党で今年度の予算で対立しており、政府閉鎖に陥るリスクが出ている。また、米国債の増発を懸念して、市場では「タームプレミアム」がキーワードだ。ちなみに、下のチャートは、米国の政府債務の対GDP比率だ。財政が懸念されているといっても、この程度である。

(米国の政府債務のGDP比率)

欧州では、EUの定める財政赤字3%以内というルールを無視して、財政拡張的な予算案を検討しているイタリアやフランスの国債が売られている。こんな状況の中で、日本は税収が上振れたら、債務返済に充当するのではなく、国民にばらまくという。世界の投資家の目線からすると、とんでもなく財政に緩い国に見えるだろう。日本の政府債務の対GDP比のチャートは下である。毎年の国債発行の190兆円のうち、借換債が150兆円を超えるという状況だ。

(日本の政府債務の対GDP比)

こうした環境下では、減税政策は円金利の上昇を促す。そして、日本の財政規律の緩みに起因する金利上昇は円高材料ではなく、むしろ、円安材料だ。株安はともかく、債券安と円安はリンクしているのだ。少なくとも、昨年からの世界のムードは、そういう状況なのだ。

もう一つの円安政策は、新NISAである。貯蓄から投資という流れが進む場合、まず間違いなく、投資の一定割合は国外に向かうだろう。それは、米国株やインド株投資などが盛んにアピールされていることもあるが、日本に住んでいる若者が海外に投資することは、長い人生のヘッジ戦略としては有効だからだ。日本で暮らしているということは、日本のリスクを取っていることになる。日本に暮らして、日本の企業に勤め、日本の円で給与を貰っているとしたら、海外の資産に投資することは、若い人にとっては、それだけで人生のリスクヘッジになるため、合理的な投資行動と言える。ゆえに、自然な流れとして、円預金の一定割合は海外投資に向かうだろう。日本の個人の金融資産は2000兆円、預金は1,100兆円もある。数%動くだけでも、それは相応のインパクトがある。日本の金融資産は高齢者に遍在しているから、そんな心配は不要だとの指摘もある。しかし、日本はこれから大相続時代を迎えようとしている。昨年は1年間で過去最高の約156万人が死亡しているのだ。いつまでも金融資産に占める預金比率が50%を超える国であると思うのは間違いだろう。この新NISA政策を円高の局面で実施すれば、強力な円高防止策になったはずだ。それを円安局面の中で行うというのは、タイミングとしては最悪だ。しかも積み立てNISAのような投資スタイルが多くなれば、為替の水準が160円だろうと、170円だろうと、自動的にドル買いフローとなる。これは脅威だ。新NISAの制度は非常に良いと考えているが、まずは税制優遇の対象は国内投資に限定し、徐々に海外投資に拡大するなど、この新NISAによる資金フローの変化を確認するための段階的措置が必要だったかもしれない。また、日本の円金利が安定しているのは、円債市場における海外投資家の比率が小さいからだ。これは、日本国債は日本の投資家のマネーで支えられているということだ。そして、その日本の投資家のマネーとは、国内の金融機関に預けられている預金である。すなわち、預金から投資商品に移行していくと、銀行への預金が減ることになるため、結果として金融機関の円債の有価証券投資も減っていく流れになる。長期的な話ではあるが、円債の消化は、国内投資家だけでは不足し、海外投資家のマネーを必要とする。そうなると、円金利は今よりも高い「タームプレミアム」を要求されて、円金利上昇要因となるだろう。
このように、政府は円安を止めたいはずなのに、減税政策と新NISAという強力な円安政策を同時に行っているため、米金利がこの先に低下しても、大きな円高にはならず、むしろ円安が一段と進行してしまうリスクが高いと思われる。

円安という点では、政府の政策とは関係ないが、「その他サービス収支の赤字額の増加」も無視できない。下の図は、その他サービス収支の赤字が拡大している様子を示している。今年は8月までだが、既に5兆円に迫っている。通年では、過去最高を更新するだろう。

この「その他サービス収支」の大半は、コンピューター、情報サービス、コンサルティングなどであり、通称で「デジタル赤字」と呼ばれている。経産省の新機軸部会は、2030年までには、このデジタル赤字は、日本の原油輸入の赤字を超えてくる可能性を指摘している。確かに生成AIでChatGPTの有料版に毎月20ドル払う、マイクロソフトのAIサービスにフィーを払うなど、この種の新たなサービスへの支出はどんどん増加しそうだ。日本のインバウンドが成功し、政府の目標である2030年の6千万人の訪日外国人数が仮に実現すると、約10兆円のインバウンドによる黒字となるだろう。しかし、その時にはデジタル収支の赤字は15兆円を超えているかもしれない。そういう新たな構造的な赤字要因が、じわじわと円安に効いてくるはずだ。

③ 日銀金融政策決定会合

来週の市場の1つの注目は、日銀金融政策決定会合だ。本来、この10月の決定会合は無風となるはずだった。しかし、10月に連合が来年の春闘で今年の「5%」という賃上げ目標を、24年は「5%以上」に引き上げる基本構想を示した。12月にも具体的な闘争方針が決定される。この週末には、日経新聞が、経団連からも来年の春闘におけるベースアップの必要性が示されると報じられている。すなわち、日銀のマイナス金利解除の1つの条件である、賃上げの持続性が見えてきている。そして、為替市場では150円という円安水準にあることや、円金利がじわじわと1%の節目に向かっていることもあり、来週の決定会合では、「マイナス金利解除は見送られるが、何かはある。ゼロ回答はないのでは?」というムードが広がっている。私は、フォワードガイダンスの修正等はあっても、今回の会合でYCCの変動幅を1%から1.5%に引き上げるなどの大きな政策変更は見送られると考えているが、どうなることだろう?日本の円金利上昇は、もはや為替相場の円高要因ではなくなっているが、株式相場にはネガティブ要因となっている。更に、円金利上昇が海外金利上昇を誘導して、欧州株や米国株の下落に繋がり、再び日本株下落という構図にもなりやすいため、決定会合は注目しておきたい。

2.来週のポイント

来週はイベントが盛りだくさんだ。日銀の決定会合、FOMCなどの中央銀行イベントもあるし、日本では半導体から、トヨタ、商社なども含めて500社を超える決算発表がある。米国でもアップルやマクドナルド、スターバックスなど含めて、多くの決算発表が予定されている。30日はバイデン大統領がAIに関する大統領令を発表するようだ。アップルは30日に「Scary Fast(恐ろしく早い)」というタイトルのイベント開催する。新たなMacコンピューターが発表されるとの見通しもある。米国の中東情勢も株式市場の重しとなる可能性がある。ネタニヤフ首相は「戦争の第二段階に入った」宣言している。今のところ、イスラエル軍の地上戦開始と同時に、ヒズボラやイランが参戦するという状況にはなっていないが、戦線が拡大するような事態になれば、リスクオフの流れが強まりそうだ。私は、FOMCは先般のECB理事会に続き、ハト派的なイベントになると見込んでいる。その結果として、米国の長期金利はやや低下に向かうだろう。11月1日の四半期定例入札も、予想通りの増額なら、金利上昇イベントにはならない。イベントが多いので、なんとも言えないが、米国株が下げ止まりから反発することで、日本株も3万円前半で底固めして、3万1千円台に回復していくイメージを持っている。来週はお休みとなるかもしれません。良い週末を。


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