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〈94〉元教師は学童保育にどう向き合うか

放課後児童支援員が教師だった人と保育士だった人とでは、運営する学童保育所や放課後児童クラブの雰囲気がまるで違います。

放課後児童クラブが発行する手紙のタイトルが「◯◯通信」と「なかよし」とで感じるものは全く違いますよね。そういうことです。


元校長や元教頭、元教師が放課後児童支援員有資格者として主任に就いている学童保育所や放課後児童クラブも多いのではないでしょうか。

国や自治体は、学童期の子どもの面倒をみるのだから放課後児童支援員に相応しいのは、教員免許や保育士資格のある者だと思っているのかもしれませんが、学童保育の現場は紛れもなく保育です。

かといって、学童期の子ども達を相手にするわけですから、保育士の本業である乳幼児期のような保育でも困ります。

学習のサポートや倫理道徳観といった教育的側面もありますし、必要とされています。

しかし、発達障害者支援法ができ、神経発達症(発達障がい)が医療として診断することが増えた今、学童保育の現場の子ども達に必要とされている技術は、圧倒的に療育です。

教師は教育のプロです。保育療育のプロではありません。

もちろん保育士は教育のプロではないし、何なら無資格者に至っては何のプロでもありませんからね。

筆者も看護師と保健師の免許を持ったそこらの親でしかありません。

学童保育所や放課後児童クラブに通う児童が皆、所謂定型発達児なら、まさに教師の出番!と思いますが、現実の現場は定型発達児こそ早期に退所していき、手のかかる児童が残る傾向があります。

支援級の担任をやったことがあるからといって、神経発達症(発達障がい)やその他の障がいについて理解が十分かといえば、全くそうではない者もいます。

「昔からこういう生徒はたくさんいました。」とか「この子はそういう子ですから。」とか、そう言って支援のあり方をうやむやにする先生もいます。

もちろんそのように言う先生も本人への声かけもするし、集団から外れる子どもの側にいたりはしています。

でも本質から目を背けているのだから"その場しのぎ"にしか見えないんですけどね。

"今この空間にいられればいい"ような。

それを積み重ねて、特性を個性と捉えられるようにしているようで。

特性が成長と共に本人の努力などで見えづらくなるまで凌いで、見えづらくなったら「成長しましたね。」と言う。

そんな先生が多いのは事実でしょう。理解ある先生も多いと信じたいですけど。

学童の分野に身を置く先生も同じです。


…まずは無知であることに気付きましょう。そして無知をやめましょう。本当にここからです。知ったかぶりは物事の真理を見失います。

教育者として一流であったとしても、保育者としては最初から。

筆者も医療者ではあった。小児看護で発達は学んだ。でも保育者じゃない、ましてや療育者じゃない。

親ではある。保育者ではある。でも他者の子どもの保育者じゃない。

まずはそこに気付く。

そして学ぶ。

児童の心と身体の発達、性教育、児童精神学、児童福祉を学び続けるしかない。

立場が違う他の支援員や外部機関の専門職とよく話し合うことがとても大切なのです。

間違っても椅子にふんぞり返ってはいけません。

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