それだけ

随分日が長くなってきた。書類をまとめていた手を思わず止め、眺めた窓の外は微かな輝きを孕んでいた。
忙しない人の波に乗り、地下鉄に乗り込む。窓の外に延々と広がる暗闇と、点々とする明り。変わらない光景だ、至極当然のことを思う自分に苦笑する。

窓に映る自分と視線が交わる。鏡の中の自分は笑っていなかった。握ったスマホが震えたことにも気が付かなかった。

二人で眺めた春の桜、夏の終わりの線香花火、色めく秋の街路樹たち、寒い冬のイルミネーション、貴方は見とれていた。その横顔に恋をしていた。

家に帰ってひとりで飲むようになったのは、いつからだろう。飲めなかったウイスキー、貴方が好きだったウイスキー、今は趣味の一つだ。見上げた天井は変わらないまま私を静かに見つめ返す。無機質に光る画面の中で輝きを放つ二つのダイヤモンド。速まる鼓動も揺らぐ景色も、全部お酒のせいだ。

見ていて欲しかった。それだけのこと。

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