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佐藤の傷は佐藤で癒す【映画 THE 有頂天ホテル】

 2022年4月17日、日本全国のお茶の間を重苦しい空気が支配した。大河ドラマ「鎌倉殿の13人」第15話「足固めの儀式」にて、坂東で最も頼りになる男にしてちょっぴりお茶目な一面も合わせ持ち、そして何より圧倒的カッコよさで視聴者に愛された上総介広常が謀殺されたのである。
 私は「鎌倉殿」を1話から楽しく拝見しているが、今の所一番腹を抱えて笑ったのは上総介の「武衛どうし飲もうぜ!」のシーンであるし、自身のTwitterでも「義経はサイコパスだし、頼朝は『なんとかしろ!』つってキレてるだけだし、やっぱ推せるのは上総介殿だわ。上総介殿しか勝たん」な〜んて呟いていた。その矢先にこれである。

 どうして………………。

 いやまあ大河なので誰がどこで死ぬのかとかは事前にわかるのだろうが、私は日本史クラスタでもなけりゃ古典クラスタでもないので上総介の死はまさに晴天の霹靂、降って湧いた災難であった。頼朝と大江が話しているシーンで「は?」となり、御家人たちのせいで罪を着せられ斬られるシーンの佐藤浩市の演技が凄まじくてウワーーーーとなり、最後の書簡のシーンではもう……も〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜…………。とにかく「鎌倉殿」を見てほしい。

 当然彼の死にショックを受けたのは私だけではなく、Twitterでは「頼朝嫌い」がトレンド入りし、#上総介を偲ぶ会 なんてタグまで生まれた。私自身、上総介の理不尽すぎる死からなかなか立ち直れず、特に死ぬ間際の絶望の表情と「武衛」が焼き付いて離れない。だめだ……上書きしなければ……。

元気な佐藤浩市が見たい……

 というわけで、前置きが長くなったが、映画「THE 有頂天ホテル」を見た。選んだ基準は佐藤浩市が出ていてかつ三谷幸喜脚本だからというくらいのもので、ストーリーなどは全く知らない。あとなんか間違っても鬱展開にならなそうなタイトルだったから。

 この作品の感想を一言で表すと、「超気持ちい〜〜〜」である。舞台は大晦日の高級ホテル“ホテルアバンティ”。この日は毎年恒例のカウントダウンパーティと「マンオブザイヤー」というよくわからない賞の授賞式があり、さらに汚職の疑惑がかけられている議員が宿泊しているためマスコミ関係者まで押しかけ、ホテルマンたちはまさにてんてこ舞い状態。ホテルの中では鹿の研究者やら忍者並みの侵入能力を持つコールガールやら白塗りの支配人やら凶暴なアヒルやら、魑魅魍魎の類がうろつき、副支配人である新堂(役所広司)をはじめホテルスタッフたちにトラブルが次々と降りかかる。が、最後には全員がなんかいい感じに収まり年越しを迎えるのである。このカオスが綺麗に一点に収束していく感じがまさに脚本の巧さであり、掃除機のコードが高速でシュルシュルと巻き取られ勝手に収納されるのを見ている時と同種の快感がある。ここで重要なのが、主人公の新堂が超有能で八面六臂の活躍で全てを解決していくわけではないという点だ。まあ新堂は基本的にはデキる奴なのだが、元妻の登場にテンパってトラブルを増やしたりもしているのだ。登場人物たちのピースが、偶然の力も大いに借りながら一つ一つハマっていき、最終的には一枚の絵になる。冷静になると一人一人の抱える問題は根本的な解決には至っていない場合の方が多いのだが、みんななんとなく前を向いている。これは映画という存在自体もそうで、人生に絶望した人が映画を見たところで絶望的な状況は何も変わらないのだが、うまくピースがハマれば観終わる頃にはなんとなく前を向いているものだと思う。

 さて、肝心の佐藤浩市の役柄だが、結論から言ってあんまり元気じゃなかった。さらに言えばカッコよくもなかった。それもそのはず、佐藤演じる武藤田は汚職事件に巻き込まれ政治生命の危機に瀕した議員であり、元気どころか自ら命を絶とうかというところまで追い詰められている。彼はホテルの部屋に籠り、拳銃を自らの頭に突きつけるのだが、隣室から偶然聞こえた歌に励まされて思いとどまり、記者たちの前で全てを説明することを決意する。……が、偶然再会した元愛人に本当は逃げてしまいたい胸中を看破され、結局だんまりを決め込み遁走するのである。
 率直な感想としては、「めちゃくちゃコロコロ意志変わるじゃん」である。自死を思いとどまったのはもちろん良かったのだが、記者会見をするという決断すら他人の一声であっさり翻してしまうのは正直カッコ悪いと思わざるを得ない。しかし、その考えは少し違うのではないかと思い始めた。おそらく彼は初めから何も決めていない。死ぬつもりもなかったし政治生命を棒に振るつもりもない。初めから選びたい道は決まっていて、それを支持する最後のひと押しが欲しかっただけなのではないか。それは確かに英雄的ではないが、非常に人間的である。肉体的な意味でも社会的な意味でも、命あっての物種なのだから。

 派手に転んでも、無様でも生にしがみつく武藤田というキャラクターはカッコよくはなかったが、そんな人物を渋く演じ切った佐藤浩市はやはりカッコよかった。生きていればいいのだ。無様でも、生きていれば……。

はぁ…………。



頼朝許せねぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜…………。


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