SS7
吹雪
「いや〜外は酷いねッ!
3月だってのに雪降ってんじゃん!雪!
はい、お土産!」
おまんじゅうをぐいと押し付けられてぎょっとした。頭の整理がついてゆかない。
「ん?いらないの?」
いきなり来た人にびっくりし過ぎて開いた口が塞がらない。4、5秒停止していたと思う。
通報しなきゃと頭の片隅に赤色回転灯がつくが、ここは大人しく応答した方がいい
怖すぎて、やっと、頂きます、と発声した。
「あんだよ、
『これ良かったら召し上がって下さい♡』はって?
言葉の接着剤がないと明日死ぬのか?」
「やれやれ 日本語はなげえよ 大かよ」
事務所を突っ切りトテトテと冷蔵庫まで直行し、ボトルを取り出した。
「だあーペプシ旨い げえっぷ」
チーンとかんだ洟紙をポイッとゴミ箱に突っ込む
そしてぎうぎう詰めながら、見知らぬ人は唐突に語り始めた。
「おじさんな、日本帰ってきて、『ですますございます』が一番時間食ってるのが気に食わねえんだ。
まあ〜文字数食う食う!言いたいことに辿り着くまでにエンヤコラお山を登んなきゃいけない!
いやだよおー
メールでも、手紙でも、わっけの解らん時候のご挨拶って長え前置きをちんたらちんたら並べてよ。Hello!で済むじゃねえか
元気かどうか聞くのに人の時間奪ってんじゃねえよ
元気だったら元気ですって言うわそりゃ
ぬあにが
春寒の折でございます。お体にお気をつけてお過ごしください。
だの
春の気配もようやく整い 心浮き立つ今日この頃 お変わりなくご活躍のこととお喜び申し上げます
だの
カーッやってらんねぇ!!
ぽっぽバスのバスガイドか!
なっがいわ〜おめめ閉じちゃう位なっがいわ〜
そしてペプシのボトルを持ったまま、旗代わりに右に左にフリフリし始めた。
"こちらの御仁は快晴の中本日ご機嫌ななめ、スカイツリーの如く反り返っております。対する両国は隅田川、どんぶらこっこと憂鬱な屋形船が流れております。皆様ご覧ください。
かの御仁はご気分麗しゅうございますか?"
麗しくない。全く麗しくない。
お相手の?メッセージの?
表と裏、清濁合わせて読みゃこんなもんだろ?
あたくしのよ、元気度を測るために長ッッ々と講釈垂れ流してくれるわ ホント。
知ってる?馴染みの取引先は元気?で済んでんの。こちらもありがとう、元気ですよ、で返すわけ。
前置き、それでも欲しいか??
「え…あ…大丈夫です」
なんだか目がぐるぐるして現実なのか頭の中の妄想なのか、靄がかかったように気分が悪い。
そうかッ!黙って食え!じゃあな!
ガラリ、と戸を開けて
若いもんは元気だなーッ!
とおじさんは帰って行った。デカい声がこだまする
「ゔええッ…先輩、あの人誰ですか?」
「いや、オレも初めて会った」
ゾッとした
もらったまんじゅうの箱がグシャリと変形した。
後日社長から電話がかかってきて、ごめん、
アレは兄貴だと説明があった。一応うちの会社の出資者らしい。
そうなのか。あれが。
モラハラ撒いた上に台風のように去って行ったかの人は、飛行機に乗り遅れないように、社長への挨拶代わりの土産を私たちに押し付けて行ったらしい。
人を吃驚させる常習者のようで、さっきのが平常運転。どんな人付き合いしてるんだ。
社長は平謝りしていた。
「申し訳なかった。どうやらホントに蜻蛉帰りだったようで。でも、かわらんね。ハハ」
「大丈夫ですよ。ちょっとだけ吃驚しましたけど。あの、社長、お土産頂いたんですが、皆に配っても構いませんか。社長の机の上にも置いておきますね」
「えー僕にもくれるの?ありがとう。本当にすまなかったね…じゃあ、新幹線乗ったら連絡します。皆から集めた申請書類お願いね。あとでね」
こいつもどうかしている。
豆腐にネギを刺したくらいの安直さで成り立ってやがる。社長が電話を切った後で、沈まない赤いボタンをぎううと押した。
社長が帰ってくるのを待って、棚卸しをし、決裁を確認し、一通り棚卸しも済ませたら夜8時過ぎになった。
ソッコー帰った。
風呂入ってぼんやりしていたら、大事な時間を奪われたことに対して沸々と怒りが湧いてきた。
アレだのコレだのソレ呼ばわりして一通りかの台風爺のおかしな点を挙げてみた。
あげつらっている間、アホくさくなってやめた。
余計に疲れただけだった。
そもそも生きている時空軸が違う。
相手にとっちゃ僕が宇宙人で、みんな宇宙人。
ブキヨーなワレワレハうまくお手手が繋げないまま三途の向こうへ還ってゆく。楽観的な平穏の願いをただ所持したまま、ズタボロのタオルを貴重品庫にしまうのダー。
何を言ってるのかわからなくなってきた。
とっておきの入浴剤も臭う。もうどうでもいい。
ズルズルと頭が斜めになってゆく。
…正しさなんて、曖昧だ…
眠くなって風呂に沈みかけた。
お粗末さまでした。
どうぞ好きなだけ、俺の時間返せーッ!!とお叫び下さい。お読み下さいましてありがとうございました。