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お遊戯会の拍手が足りない件。

「できましたら、発表が終わった後には、みなさん盛大な拍手をお願いします」

そうなんだよね。運動会もそうだが、スマホやビデオカメラで手がふさがっているから、盛大な拍手というものができない。僕は、これが嫌だ。挨拶と一緒で、演技が投げかけられたら、それを拍手で返すというのが、正しい摂理だと思う。

さらに、スマホで撮影すると、せっかく生で観ている本来の画角で迫力を味わうことができない。すぐそこで演技をしているのに、なぜこんな小さな画面越しに見なくてはいけないのか。さらに撮影することに必死になってしまうから、どうも作品に没入できない。幼稚園のほうで、記録用に撮影してくれているんだし、もう撮影に必死になるのは本当に嫌だ。

って思いながらスマホ撮影しているから、お遊戯発表会は嫌なんだよね。結局、拍手も中途半端だしね。あと5年もしたら、小さな虫みたいなドローンカメラが飛んで、全ての児童ごとに、全ての児童が主役の撮影が可能になると思うけどね。そういう意味では、この時代のタイミングは中途半端だったかな。

でも、この自分のクラスのときに、前に移動するシステムは素晴らしいと思うね。イチイチ移動するんかい面倒くさいな!って最初は思うけど、慣れるとそれが快適だと気付く。割とストレスなく、自分の子供の演技を前3列以内ぐらいで見ることができる。席の奪い合いみたいなのもないし。

昔は、そうやって混雑する中で必死になって観るというのが当たり前だったんだもんな。そう考えると、この世界はずいぶんと余裕が生まれたものだ。見渡すと、お父さんお母さんのペアで来ている方は、6割を超えているように思える。リモートワークも普及しているし、こうやってお父さんがお遊戯会に来れる時代になったのは、素晴らしい事だと思う。

とはいえ、この幼稚園でも、ママ友ネットワークの力強さは垣間見える。このお遊戯会の衣装をつくったり、何かと幼稚園の企画運営を支えているのは、ママたちのサポートである。保育士さんだって当然のごとく女性のみ。やはり「保育」の世界に於いて女性の存在はどうしても大きい。

どうなんですかね。「男性の育児参加を促す」というのは、あくまで第一段階だと僕は思うんですよね。あまりに女性に偏りすぎた、育児や保育の世界に対して、その作業負担を女性にばかり押し付けてはいけない、という。

その次の段階は、やっぱり多様性だと思うんですよ。それを経て、やっぱり子供を育てることが楽しいとか、こうやってお遊戯会で子供の成長をみることが嬉しいとか、そんなことを考える時に、イチイチ男女の垣根の話がでてこないのが理想、という感じ。女性ばかりなら女性ばかりでいいし、男性なら男性。もう、その平面的な議論から脱出するところにいけたらいいな、と。

その新しい段階では、自分自身の「性」に関する特徴とか、肉体とか心の持ちようというものを受け入れていて、イチイチ男だから女だからという観念にとらわれないで、好きか嫌いか、得意か不得意か、やりたいかやりたくないか、を自由に受けいれて、それらが正当に評価され、自然と子供たちを包み込み、愛を育んでいけるような、もっと優しい空間になればいいのにな、と僕はお遊戯会の観客席で思ったりしたわけで。

なんだか、みんながカメラを一斉にむけて、我が子を撮影する姿というのが、何か風刺的というか。それによって、本来子供たちに送るべき「拍手」というものが損なわれている世の中は、やっぱりまだ発達途中なんだろうと思う。みんなが多種多様な関わり方で、「性」を意識することなく、あたたかく子供を包んで育てていける環境、それがつまり「育業」ということなんじゃないでしょうか。


#育休から育業へ

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