トイレの花子さん 4

 昨日の夜のことである。
真っ暗な廊下に這いずり出した空間の歪みは、ゆっくりと学校全体に拡がり、更に暗く冷たい場所に潜んで行った。

カチン。
金属音がタイルの床に響いた。
だが、校舎には誰も居なく、
カチン、カタン、シュー
歪んだ空間が2階の女子トイレに入り込み、ねじ切る様にしてあちこちにあるネジやバルブを破壊していた。

歪んだ空間はトイレのパイプから3階のトイレまで登って行った。
見えるものでは無い。
 ゲル状の透明な空気の塊が
歪んだ空間から幾つも幾つも流れ出していた。
空気のようだが、水のような重さも感じ取れる。
だが、濡れる訳でも触れる訳でもない。
ゲル状の空気の塊としか言いようが無かった。

歪んだ空間からはひっきりなしにゲル状の空気の塊が吐き出されていて、学校の壁や床や柱や机や椅子や。。。ありとあらゆる物と場所に張り付いていった。
 新月の暗闇を味方にして、歪んだ空間は、膨れ上がった欲望を叶える為に、ゆっくりと確実に準備をして行った。
学校は歪んだ空間に完全に取り込まれて行った。


午前中の授業も終え、給食もいつも通り食べ終えて、のどかな昼休みだった。
普段の学校生活そのものだった。
退屈で平和な学校。
行きたくないけど、来てしまう学校。
勉強はあんまり楽しくないけど、友達と遊べるのは好きだ。

「トイレ行こう」春美が実千花と優花を誘った。
いつも使っているトイレが使えないのはやはり不便である。
2時間目の授業の前に3階のトイレに行ってみた春美は、トイレの花子さんの事はだいぶどうでも良くなっていた。

「だってさぁ、午前中行ってみたけど別に何にも無かったし。皆普通に使ってたし。花子さんなんか居ないかもね」
「そうなんだ。ウチらも1階のトイレ行ったけど、別に。。。」
「良かったぁ、やっぱり花子さんなんか居ないンだね、んじゃ1階のトイレで良いよね」と実千花が言った。

3人は1階のトイレに行こうとすると、すれ違った同じクラスの女子生徒が、「今ねぇ、1階のトイレ激混みだよ〜。皆並んでる」
 「えーーー。並ぶのヤダー」
と春美が膨れた。
「3階に行こ!」そう行って優花と実千花の手を引っ張り降りてきた階段を登っていった。

3階のトイレも混んでいた。
が、今更1階に戻るのもめんどくさい。

「なんで2階の女子トイレが壊れちゃったンだろ。不便だよねぇ」
と、自分達の前で並んでいた隣のクラスの子供が口を膨らませて言った。
「トイレの花子さんの呪いだって」と一緒に並んでいた子供が笑いながら言った。
「うふふふ。だとしても、こんなに混んでたら何も起きないよね。」「そうだよね。ただの噂だねぇー」うふふふ。あはは。
そんなふうに話していた。

この子達、隣のクラスだと思うけど、誰だっけ。
こんな髪型の子、居たっけ?
なんで、トイレの花子さんの話なんてするんだろ。
嫌だなぁ。。。

臆病な実千花の心にぷくりと恐怖心が湧き上がってきた。
後ろを振り返ると、春美も優花も聞いて居ないようだった。

春美ちゃん、あんなにトイレの花子さんに会いたいって言ってたのに、聞こえていなかったんだ。

カチャ、とドアが開き1人が出て、また1人がドアをバタンと閉じた。

1人、また1人と交代しながらトイレの中へ出たり入ったりしている。

はーなこさん、あーそーぼ。

もし、言ったらほんとに花子さんは出てくるのかなぁ。。
実千花は、そんな事をぼんやりと考えていた。

花子さんって、どんな子だったんだろ。怖い女の子なのかなぁ。
どうやって入ってきた女の子を殺しちゃうんだろ。
血だらけなんて、嫌だなぁ。
痛いよ、それは。絶対に。。。

考えたくないハズなのに、ぼんやりしながら花子さんの事を考えていた。

実千花、実千花!
と、春美が呼んでいる。

「ほら、実千花の番だよ、空いたよ」
晴美の声にハッとして、目の前で人が出ていったトイレの個室に入ろうとした。
入ろうとした時に、ちゃぷん。と何か雫が垂れたような音がした。
音と言うよりも、空気が震えたような感じだった。
実千花はトイレのドアを見上げたが、何も変わった所はなかった。

花子さんの居場所は、3階のトイレの奥から3番目。
自分が入る場所だった。

少し青ざめた顔で、後ろの2人を見た。
「どうしたの?」優花が心配そうな顔をしている。
「あ、3番目の場所!」と春美が気付いた。
「大丈夫だって!さっきも誰か入ってたんだし。」

「う、うん。そうだよね。」
すっかり怯えながら、個室へ向かう。
コレが家ならドアを開けたままにも出来るが、さすがにそれは出来ない。
それよりも、早く済ませて早く出よう。大丈夫、皆居るし。
昼休みだし。大丈夫。
隣にも誰か居るし。
何度も自分に言い聞かせて、恐怖心が出てこないように自分を奮い立たせてドアを閉めた。。

ザーと水を流し、身支度を整えていると「コンコン」と、ドアをノックする音がした。

「やめなよ、」と優花の声がした。
イヒヒヒと春美の笑う声も聞こえた。
こんなに並んでるんだもの。ノックなんて必要ない。
春美は、花子さんを呼び出す儀式をするつもりだ。。。

実千花は、途端に恐怖に駆られた。
花子さんが来る、花子さんが来る。急いで出なきゃ、急がなきゃ
殺されてしまう、血まみれになってしまう

押さえ込んでいた恐怖心がぶわっと身体中に広がった


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?