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「違いのわかる女」になりたかった

この題名を見て「ダバダー♪」という曲が脳内再生された方は、同年代以上ですね!ごきげんよう。
(と思ったら、最近このCM復活してるらしいですね。知らんかった。)

若い頃から「かわいい」「好みのタイプ」など、容姿を褒められてもあんまり嬉しいと思わなかったわたし(ひねくれ者)は、
「わかってる」
と言われることを至上の悦びとしていました。

こういう人ってヤダよね、とか
こんな人がかっこいい、とか
あのお菓子がおいしい、とか

ワイワイ盛り上がっているときに何か発言して、イケてる(死語?)グループの、めちゃ×2イケてる(死語?)人々に

「ほんとそれ。やっぱあんた、わかってるわー」

なんて言われると、本当に嬉しかった。

今、田辺聖子さんが様々な資料を元に、清少納言になりきって書いたエッセイ風小説『むかし・あけぼの』という本を読んでいるのですが(年明けから読み始めて、まだ読んでる…)

清少納言が、お仕えしている中宮の定子様や素敵なボーイフレンドたちに「さすが、わかってる」「あなたならわかってくださると思った」的な評価をされてめっちゃ喜んでるのを見て、あ、わたしもそうだったわ…と思い出したのです。

と、
そんなことは過去の出来事で今はそうでもないわ、わたしはわたしに承認されれば欲求は満たされるの、他者からの評価なんてどうでもよくなった、あの頃は若かったわ…
みたいな感じで書き進めようかと思ったのですが、

わたし、今でも「わかってる」って思われたいわ…。

だってnoteでスキをもらって嬉しいのってそういうことですよね。
フォローしてもらって嬉しいのって、書いたコメントに返信貰って嬉しいのって、「先週特にスキを集めました」とか言われて嬉しいのって、そういうことですよね。

わかってる!という評価は、何故だか分かりませんがわたしにとって最も心ときめくお言葉なのです。

かしこいでも、頭いいでも、物知りでもなく、
「わかってる」。
前からだけど、今もそう。

noteを書いていて面白いのはこういうときです。

書き始めるときに何となく、この書き出しであの話も書いて話を膨らませて、最終的にこういう結論にしよう、という構想を浮かべていたのに、いざ書いてみると思ってもみなかったところに帰着するとき。

…ということを、崇(たかし)さんが書かれていてとても共感し、僭越ながら「崇(たかし)さん、わかってらっしゃる」と思ったことを、このnoteを書きながら思い出しました。

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