愛してるって最近
最近も何も、欧米家庭並みにウチでは飛び交うやりとり。
つーか、こちとら昭和男子でバチバチの大和男なわけで以前はそんなこと口にしたら安くなるわーってなもんだったのは事実。
しかし環境、そして習慣というのは強いモノで…家人が二言目にはどころか一言目には「ねぇ愛してる?」ってなもんだからすぐに習慣化が出来てしまった。
愛を伝える。
しかも言葉にして、というのはもちろん照れくさいし、なんなら抵抗感も未だにあるかもしれない。
でも、その抵抗感の正体ってなんだろう?って考えると実はちょっとした格好付けみたいなもんで大した理由も無い。
スカした感じの方がかっこいいとかそんなんもあるかもしれないけど、
やっぱり男女七歳にして席を同じゅうせず。的な保守的な教えからしてそんな雰囲気が醸し出されているんじゃなかろうか。
沈黙は金みたいな。
全く最初に言ったやつ出てこいと。
責任者出てこーいと。
とは言え根深くそういうモラルというのは重層的に心に膜を張っていて、
軽々しくそのような言葉を発してはいけない。
だって安くなってしまうでしょ。
みたいなね。
なんというか思ったことは言えば良いし、それで変な空気なるならそっちの空気感の方があっちいけってなもんだ。
そうやって自己主張や思いのたけをしっかり表現することがこれからの日本人じゃん。とか思う。
そう思うのは習慣化によってすでにハードルを超えてしまったから言えることなのかもしれないけど…
愛だの恋だの口にするのはもってのほか。っていう世界線から離れてかれこれ10年くらいだけど離れてみると結構ノンストレスというか心地良くなってくる。
そういう思いがよぎる瞬間というのは特別なシチュエーションというよりも日常の何気ない気使いを受けた時や感謝の気持ちが沸いた時とかな訳でそういう瞬間に、「愛してるよ」とかいうのは至って普通のことというか、精神衛生上好ましいのだと思うわけ。
なんか我慢したり、気取ったり、斜に構えることにあまり意味を感じないというか、歳をとった分だけシンプルに生きた方が良いと思うのだよ。
ホントだよ。
ちなみに嫌な気分の時も「あー、嫌な気分」とかこれからどんどん言えるようになりそうで、それはそれでちょっと怖い気もする。
さてさて
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