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さよならの向こう側


実は元のおうちに家財道具などがまだ残っている。もうほぼ全部処分する予定なんだけど、今日はもう1回、使いそうなものがないか見に行って来た。きっとこれがこのおうちを見に来る最後になるだろうなぁと思いながら、部屋の中を見てまわった。ちょっと迷って、使用頻度の低かったグラスのセット、アイロン、冷凍庫用のトレー、小さな壁掛け時計を選んだ。
かつての自分の部屋に入ると、ふわっとここにいたイメージが湧いてきた。確かにここで過ごしていた自分のにおいがした。何の感情もなく、ただ、そうだったんだなぁ、と思った。
手で持って帰れる分だけ、これで良いかなとカバンにつめて、ポストの郵便物を確認してから家を出た。
私はどうしてこの町にいたんだろう、生まれてからずっと。50年もいたなんて、長すぎるよね。引っ越しは何度かしたけど、ごくごく狭い範囲で、同じ町内を移動しただけの引っ越しもあった。
 小さめのフライパンがやっぱり必要だなぁと思ったので、通い慣れた大型スーパーで買って帰る事にした。今使っている同じシリーズのものを迷わず選んで、レジでお金を払った。袋に詰めようと台に移動してゴソゴソしていたら、初老の女性が勢いよくババっと同じ台に寄ってきた。その勢いで台の上の筒に突っ込まれた大量のチラシたちが、ぶわっと倒れて床に散らばった。
おぉ・・やったなぁ・・と思いながら、自分の方にも散らばってきたので拾っていると、その女性は私に「あらあら、大丈夫?」と衝撃のにっこり笑顔を向けてきた。どうやら、自分の勢いでこのチラシたちが散らばったと微塵たりとも思ってないらしい。んー・・私じゃないのに、私がやらかした事になってしまっている。しかも、そのタイミングで店員さんも近寄ってきた。非常に残念だ。決して拾いたくないわけではない。むしろ、これくらいの手助けは喜んでするよ。でも、私がやらかした事にしないでほしい。
すごく不満に思いながら、私はその衝撃の発言に対して、ニッコリ困った笑顔だけ返しておいた。店員さんも拾うのを手伝ってくれたので、もういいや、と思ってさっとその場を去った。
帰りは、一番遠いけど、一番安い交通費ですむ電車の駅まで向かった。手に持てるだけぱんぱんに詰め込んだカバンを、2つ抱えながらゆっくりと歩いた。
かつて自分が通った幼稚園の前を通り、何度も本を借りに行った図書館を横切った。それから、中学の卒業式のあと、皆で写真をたくさん撮った噴水広場を歩いた。何十年も前だけど、その時の事を鮮明に覚えている。希望にあふれ、皆が笑顔だった瞬間。
ゆっくりと、知っている人には会わないような道を選んで歩いた。とっても狭い町内では、知っている人に見られたり、会ったりする確率がとても高いのだ。
わざと大きく迂回して、馴染んだ神社の裏側の道を歩いた。ここなら、ほぼ誰にも会わないから安心。そう思いながら、次に引っ越す時は、県外になるかもなぁとぼんやりと思った。1つの場所に居続けるのも自由。あちこち移動するのもその人の自由なんだね。だから、人は、その時の自分に一番合った場所を探し、自然と見つけるものなのかもしれない。
私はこの町が好きだったけど、段々と相性が合わなくなったのかもなぁ。好きなんだけど、相性が悪い。好きなんだけど、しっくりこない。好きなんだけど、離れちゃう。なんか、恋愛みたいだね。
私は、今の自分に一番合っている居場所を見つける事ができたんだ。
だから、次もきっと見つけられる。
これで重い荷物を持って移動するのも最後。何度もそう思いつつ、新しい自分の町へ行く電車に乗った。
たくさん歩いたからか、新しい居場所に戻ったあと、とろけるように夜まで眠った。
あぁ、よく寝れたなぁ。目が覚めて、ぼんやりと、こんなに深く眠れたのは久しぶりかもなぁと考えながら、携帯の画面を見た。
まだ籍を抜いていない相手からのメッセージがあり、
不動産に売出し中の家の問い合わせがあった、また連絡する。
と書いてあった。

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