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小説「バイクラプソディー」第四章:マスターシリンダー その9(最終回)

無事に北海道旅行から帰った林田は又も仕事がたまりにたまっていた。
旅行中もパソコンを持ち歩いていたのでメールチェック等の仕事は夜中にこなしていた。
しかし、日中に連絡をしないといけないクライアントの場合はなかなかそうもいかないのだ。

そしてある日事件がおこった。
彼のデザインしたキャラクターが商標権侵害だと訴えられたのだ。
訴えた相手はまだ学生だがかなり優秀なデザイナーで既にいくつかのキャラクターを商標登録していたのである。
学生の父親は税理士なだけにやっかいなトラブルだ。

最初にメールで警告が来た時にはそれほど重要な問題になるとは想定していなかったが、二回目のメールでハッキリと裁判で訴えると言ってきた。
それがいやならちゃんと商標権を支払えと言ってきた。
その金額は林田の年収に近かった。
最初はそんなバカなことがあるのかと思っていたがいろいろと調べているうちにこれは大変な事になったと感じてきた。

それでも金額的には安い方らしいのだ。
林田が悪いのは間違いなかった。
彼は商標の確認を怠っていたのである。

痛い勉強代だが仕方ないと諦めかけていた。
そして佐川に相談を持ちかけたのである。

彼は悩んでいた。
妻のひとみにはまだ打ち明けていない。
まだ何かいい解決方法が見つかるかもしれないと思ってのことだ。

そして、林田は気晴らしに佐川と二人で高知の桂浜まで行くことにした。

行って直ぐに解決策が見つかるとは思っていないが今の彼にはそれしかできない。
もちろん弁護士にも相談はしている。
今は弁護士に任せている段階なのでじたばたしても仕方ないのである。
故意ではないので刑事罰が課せられる恐れはない。
ただ、どこで折り合いをつけるかが課題と思われた。

佐川と桂浜まで走ることにした林田はその日だけは何もかも忘れることにした。
道路は混雑することもなく予定よりも早く到着した。

龍馬像の下で林田は海を眺めた。

「ああ、太平洋はやっぱり瀬戸内とは違うな」
気の抜けたような感想が口から出た。

「あたりまえだろ」
佐川が言う。

「これから俺の人生どうなるんだろう。調子に乗り過ぎてたな。まさか商標権であんなべらぼうな賠償金いってくるとは恐ろしい世の中だな」
意気消沈した林田は途方に暮れる思いだ。

「まったくだな。学生相手に振り回されてたらやってらんないぜ。これが個人の会社の弱点だな。持つべきものは優秀な弁護士と税理士だな」
佐川は弁護士には何かとお世話になる機会が多い。

「ああ今回ほど身にしみてわかったことはないぜ」
どうすることも出来ない現実を受け入れるしかないが代償は大きい。

その時林田のスマホが鳴った。

相手はいつものバイクショップ サイレンサー・9(ナイン)からだ。
「何の用事なんだろ。いまんところおやっさんとこに用事はないんだけどな」
そう呟いて電話に出た。
相手は郷戸の妻の美幸だった。

「もしもし林田さん今大丈夫」
「ええ大丈夫です。奥さん何かバイクの用事がありましたっけ」
不思議な面持ちで聞いた。

「いいえ違うわ。今日電話したのはバイクの事じゃないのよ。今林田さん訴訟で大変なんだって」
唐突に聞かれた林田は一瞬びっくりした。

商標権侵害についてはごく一部の人にしか話してなかったからだ。
「なんでそれを知っているんすか」
「だって私のYouTubeのメンバーシップの奥さんが貴方の訴訟相手のお母さんだからよ。彼女から色々聞いたわ。息子さんが貴方を相手取って訴訟を起こしてるってね」

 まさか訴訟の話とは林田は想像だにしていなかっただけに腰が抜けんばかりだ。
「実はそうなんですよ。いま弁護士に対応をお願いしてる最中なんです」
「やっぱりそうなのね。訴訟は面倒よね」

不甲斐ない自分を責めるしかない林田は頭を下げ、腰を丸めて小さくなっている。
「ええ。まったく」

「林田さん多分大丈夫よ」
少し明るいトーンで美幸が答えた。
「大丈夫って」
怪訝な表情の林田は彼女の意図が掴めていない。

「実は佐藤さんにいろいろ話して今回は息子さん訴訟を取り下げて貰えるから安心して」
「取り下げってまさか・・・・」
いったいどういう事か我が耳を疑った。

「そう。彼女は私の大ファンなのよ。だから私たちの大事なお客さんをあんまりいじめないでってお願いしたの。彼女の息子さんは子供のころうちにも来たことがあって旦那が色々とバイクについて話したこともあるのよ。息子さん子供の頃から思いこむと見境がなくなるらしいのよ。たしかに商標権については難しい問題よね。私たちもそれは気を付けてるけど全部が全部チェックすることは不可能に近いわね。だから今回はそこまで侵害していないと私たちも思っていたから可哀そうだなと思っていたの」

一とおり説明した美幸は林田の反応を伺ったが直ぐに返事は帰って来ない。
しばらくして彼のすすり泣きが聞こえて来た。

「奥さんすいません。すいません」
林田はそういうのが精一杯だった。

「林田さんだから落ち着いて頂戴。後は私たちも弁護士さんにお願いしておくから後で林田さんからも頼むわよね」
そういって美幸は電話を切った。

傍らで耳をそばだてて聞いていた佐川が林田の肩を叩いた。
「おう良かったなカズよ。さあ鰹のタタキ食って帰るぞ」

林田は目頭を押さえてうんうんと頷いた。
何もかも郷戸夫婦にお世話になりっぱなしだと思った。
彼らの後姿を追い続けるしかない。

KAWASAKI・エストレヤは桂浜を抜け出して小気味よいサウンドを奏でる。
太陽は真上で輝きを放っている。
水面はキラキラと光り、太平洋のゆっくりとした波がザブンと一定のリズムを刻む。

挑戦者の前に道はない。

どんな苦難、困難が待ち受けているか想像ができない。
バイクショップ サイレンサー9(ナイン)の郷戸夫婦は二人でいろいろな事にチャレンジしてきた。

郷戸はアメリカでのバイクレースに初参加、初優勝を成し遂げた。
妻の美幸もミネアポリスで浮世絵のツアーコンダクターを始めた。

帰国後も子供たちのバイクと英語教室を始めたり新しいジャンルのYouTubeチャンネルを始めたりした。

そこには不屈の精神と大きな夢があった。

林田は二人の足元にも及ばない自分を情けなく思った。
しかし前に進むしかない。
スロットルを回し続けるしか道は開かれないのである。

終わり


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