軒下猫が、軒下猫´になった日
子猫を捨てることができなくなった軒下猫は、ときどき、子猫をうちの縁側に預けて、どこかへ出かけるようになりました。あぁ、一時間でもいいから、どこか静かなところへ行って、心を鎮めてきたいなぁ。子育て中のお母さんがときどき思うアレでしょうか。それとも、縁側を子猫の幼稚園、わたしを園長先生と見立てたのでしょうか。
結構、不安になった子猫たちが鳴き立てるのですが、軒下猫はさっさとしっぽを後ろに伸ばして行ってしまいます。4-1ちゃんと4-2ちゃん、特に4-1ちゃんは、大声で鳴き叫びます。4-3ちゃんはすでに鍛えられているので、この大騒ぎを冷静な顔で見ています。
そのうちに、不在時間が長くなったなあ、と、思っていた頃。
実家の姉が突然やって来て言いました。
雲子の猫(わたしの猫にされてる……)、避妊しようと思うから、今から檻を持って迎えに行くから連れてきて。
ええっ、まだ子猫に授乳したりしてるけど、大丈夫なん?
と、怯むわたし。
ああ、もうあのぐらいになったら大丈夫よ。
と、言い放つ姉。
人間基準では正しい判断なのでしょうけど……ねぇ。
姉も好きでやってるわけじゃないんでしょうけど……ねぇ。
お姉ちゃん、あなたは妹の気持ちを考えたこと、ある?
病院から帰ってきた軒下猫は、ほとんど食べずに、何日も、縁側の隅にうずくまっていた……。
母親を見つけて寄ってくる子猫をうっとうしがって遠のけた。
何日か経って、だんだん回復して、
餌をくれ~ 餌をくれ~
が、始まった。いつもと同じ、何食わないような顔をして、軒下で要求する。
でも、あんた、おそろしいことには、もう以前のあんたではないんだよね?分かってる?
わたしは思い出す。
昔の軒下猫は引く手あまたで、軒下猫を彼女にしようと、たくさんの雄猫たちがやって来ては喧嘩をしていた。
片目を怪我していたヤクザな黒猫「海賊」、狸親父のような笑顔を浮かべた白猫「ホワイトキング」、白い毛皮に青い目の「ホワイトプリンス」、ちょっと貧相な「うさぎねこ」、若くてかっこいい「箪笥」、大きくて強そうな「トラ」、灰色の縞模様の背中と白い靴下が目印のおしゃれな「セロリ」などなど、かっこよさげな異名をつけてもらった、そうそうたるメンバーが、軒下猫をめぐって争った。
軒下猫は、縁側の手すりに座って、その雄猫たちの乱闘を、気高く、興味津々で見物していたっけ。それはそれは目を輝かせて、美しき王女さまのように……。
とある若者がプロ野球を見るのが大好きなのより一層、軒下猫は、雄猫喧嘩を見るのが大好きだった。でも、軒下猫は、突如、もうそれを見られなくなくなったのだ。
子猫たちのことも、より一層うっとうしくなったらしく、子猫たちが縁側にいるときは、山か散歩に行って、顔を合わせないようになった。(それは、時期の問題だろうけど。)
わりと多くの人と同じように、軒下猫にとっても、恋愛→結婚→出産→子育ては、きっと猫生の目的のような、本質的意味のようなものだったのだと思う。
それがなくなったことを、あんたは今、どう思っているの、軒下猫?
これを人間にやったらどうなんだろう?
もし、若い頃のわたしに、巨大なるものがあらわれて、「お前は子どもを産みすぎるから、子どもを産めなくすることにする。迷惑だからだ。それにお前もかわいそうだ。」と捕まえ、無理やりにでも病院に連れて行かれたらどう思うのだろう?
ものすごい恐怖=PTSDなのか、あり得ない人権侵害=アウシュビッツ・優生思想なのか、……それとも、結果的には有り難いことだった、と、思うのか。
自分がしてほしくないことは、ひとにもしてはならない、という孔子の言葉。
むしろ人間基準なら、あれは、わたしたちがしたことは、ウクライナとパレスチナ、ダブルスタンダードだったんだ、と認めるしかない。
時間だってお薬にならないようなことなのだ、と。
とにかく、軒下猫は、猫が増えすぎるといろいろと(物質的・精神的に)迷惑する世界(つまりわたしたち)の圧力により、その内部の構造が変わり、「軒下猫´」となった、ということである。
だけど、どんなものだって、昨日のそれと、今日のそれは、少しずつ違うもので、子どもに関して言えば、どうせいつかは産めなくなるもの。すべてのものは流れ去るのであって、軒下猫も、軒下猫´も、今は教室で高校生として高校生らしくしている高校生も、そして、わたしだって、いつかは流れ去るだけのこと……。
でも、それでも!
あんたはどう思っているの、軒下猫´?
これは、わたしがnoteを始めたきっかけにも通じる話。子育てが終わったわたしは、人間は、その後一体何をするんだろうか……?……?……?
さて、
これはさすがに長すぎるでしょ。
ということで、
続きはまた今度。
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